第八話 アタシにまっかせなさい!

 

 スズネが初めて依頼を受けた時もこう言っていた。

「あ〜、疲れた〜」

 こうなってくると口癖のようになってくるのだが、当の本人に自覚はない。
 ただ、本音を言ってカウンターに上半身を預ける。
 この頃からそれがバーで働き終えたスズネのルーティーンとなり始めていた。

「貴方、ここのところ、ずっとバーを手伝ってくれてるけど、いいの?」
「だって、ここの依頼ボード、遠いんだもん。それに良いのは朝一で並んでた人たちに持ってかれてるし、見に行く気にもならないよ」

 この王都にはギルドハウスがある。
 そこには依頼ボードという依頼書を張り出しているものがあるのだが、ハイネの店からは距離がある。
 それにスズネはバーで朝方近くまで働いているため、眠らずに依頼ボードを見に行く気力はない。
 見に行ったとしても、その依頼をこなす体力もない。

「若いのにだらしないわね」
「それ、若者が言われたくないやつだから。若いからってしんどいものはしんどいんですぅ〜! あと、おばさんくさ……いったー!」

 スズネの頭にその頭と同じくらいの岩が降ってきた。
 ハイネは手こそ出さないが、そのかわり魔法で生み出した岩が許してはくれない。

「次言ったら、地面に埋めるわよ?」
「うぇーい」
「何にしても、何でも屋を繁盛はんじょうさせたいなら頑張らないといけないじゃないの。はい、これ」
「え、なに?」

 ハイネから差し出された紙をスズネは受け取った。
 そこには猫の絵が描かれており、特徴もわかりやすく描いてある。
 その絵の下にはこう書いてあった。

『飼い猫がここ最近、帰ってきません。探してくれませんか? 猫の特徴を描いているので見つけたら家まで連れてきてください』

「これって……」
「どう見ても依頼書でしょ? 食材の買い出しついでに見てみたら良さそうなのがあったから取ってきて……ってちょっと!」
「ありがとう! ハイネ!! アタシ、頑張る!! ありがとぉ〜!!」

 喜びのあまり、スズネはカウンターを飛び越えてハイネに抱きついた。
 なんだかんだと手を焼いてくれるハイネに対して感謝こそあったが、素直にはなれないでいたスズネだが、ここまでされては感情も動くものである。

「ちょっと! 離れなさいよ!」
「良いじゃん! ちょっとくらい減るもんじゃないし!」
「貴方の賄いの量が減るかもよ?」

 そう言われて、スズネはすぐさまハイネから離れて、頭を下げた。

「すみません! 喜びすぎました! でも、ありがと、ハイネ」

 すぐさま、お礼を言い直してきたスズネにハイネは少し照れた後に手で軽く払う。

「はいはい。賄い作ってくるから、依頼書の猫の特徴でも覚えておきなさい」
「はーい!」

 照れ隠しだろうとスズネにもわかったのでカウンター席に戻って、依頼書の絵を食い入るように見始めた。
 ハイネはその姿を調理場に入る前に見て、微笑んだ。

「あと、今日は休んで明日から行ってきなさいな」
「あ、そうだね! じゃあ、そうする!」

ーーーーー

 バーの仕事を休んで次の日。
 スズネはハイネの店の休憩室で目を覚ました。
 助けられて以来、この休憩室で暮らしている。
 バーで働いてるとは言え、宿を取れるほどの稼ぎはない。
 三食のご飯はハイネに賄いを食べさせてもらっている事。
 それに加えて借りる形としてこの休憩室で住まわせてもらっている事。
 この二つの事で稼いだとしてもほとんどがハイネの手元に戻っている。
 ただ、宿を取るとなると借金する羽目になるとハイネにも言われていることもあり、スズネ自身は気にしてはいない。
 こうして、住めてご飯に困らないここでの生活は居心地もいいのだ。
 そんなスズネは身支度も程々にして、庭で軽く準備体操をしていた。

「おし! 初めての依頼、しっかりとこなしてみせる!」
「あら、今日はもう起きてるのね」
「ハイネ、おはよ!」
「おはよう。起こしてあげようと思ったけど、必要なかったわね」
「流石のアタシだって、何でも屋の仕事となれば、早く起きるよ!」
「いつもそうだと、依頼書も見に行けるでしょうに」
「そ、それは……話が別というか……」

 わざとらしく視線を逸らすスズネを見て、ハイネはため息をついた。

「まぁ、いいわ。朝ご飯食べるんでしょ? 作ってあげるから店に入りなさい」
「はーい! お弁当もあったりする?」
図々ずうずうしいわね……作ってあげるから早くしない」
「やったー! お客さんからもらった腰巻きポーチを使える!」
「そんなもの、いつの間に」
「へへへ、なんかもらったんだよね。働いてて良かったと思ったよね」
「本当に現金な子ね。ご飯とか物とかもらったからってほいほい付いていっちゃダメよ」
「わかってるって」

 中庭から店の中へと入って、スズネはポーチを、ハイネは調理場へ。
 スズネはポーチを持って、いつものカウンター席に座った。
 革製であろうポーチはベルトと一体化になっている。
 ポーチのフタを開けて、中を覗くと底が見えない。
 いくらでも入るよう魔法がかけられているようで、ポーチの口も異様に伸びる。
 これならなんでもいくらでも入れれそうなものである。

「えへへ、いいもの貰ったなぁ」

 スズネがポーチを持ち上げて、嬉しそうに眺めているとハイネが調理場から出てきた。
 その両手に持たれている皿には、切り分けられたトーストサンドが乗っている。
 トーストにレタスと焼き目のあるベーコンにトマトが挟まり、トーストとベーコンからの熱でチーズが溶け始め、レタスの上からドレッシングのようなソースが垂れてきている。
 美味しそうな見た目だが、目を引くのはその量である。
 そのトーストサンドは何個かに分けてあるにしては、一斤分いっきんぶんくらいは使われていそうな量だった。
 その具もしかりである。
 スズネにとってはこれくらいの量でやっとお腹が膨れるのだ。

「はい、召し上がれ」
「ありがと! でも、そのお客さんは変な感じしたなぁ」
「なに? 私のお客さんにいちゃもんつけるつもり?」

 ハイネは調理場から出てくる時に一緒に引き連れてきたコップとコーヒーカップをそれぞれの手元に置いた。
 スズネのコップにはすでに牛乳が入っていて、ハイネのコーヒーカップからも湯気が立っている。

「そうじゃなくて〜、なんか初めて会った感じがしなかったんだよ、初めて見るお客さんだったのに。それにアタシの好みとか動き回っても外れないし、パタパタ開くことも無いからどうぞってくれたの」
「へぇー」
「え、なにその反応。なんかまずかったかな」
「別に何もないわよ。いいじゃない、貰えるものは貰っておきなさい」
「そうだよね! お客さんのくれたものだし、貰わないとね」
「そんなことより早く食べなさいよ」
「そうだった! いただきまふ!!」

 スズネは大量のトーストサンドを夢中で平らげる。
 ハイネはそれをぼんやりと眺めながら、朝のコーヒーに舌鼓したづつみを打った。

「ふぅー! ご馳走様! これで依頼もバッチリやれるはず」
「お粗末さまでした。そこのお弁当、忘れずに持っていくのよ」

 いつの間にか近くにフタのあるバスケットが置かれていた。
 勝手に開かないように留め具もある。

「はーい! へへ、ハイネのお弁当は初めてだから楽しみだなぁ〜」
「お腹が空いたからって適当な時間に食べるんじゃないわよ?」
「わかってるって! 猫の迷子探しなんてお昼までに終わらせて、ハイネの前で食べちゃうから」
「あっそ。でも、この街の物を壊して探すなんてことはさないようにね。騎士のお縄に付きたければ、別だけど」
「そんなことしないって、アタシを何だと思ってるの?」
「田舎者」

 そう言われたスズネの手は一瞬止まった。

「う、うーん、確かにそうかもだけど……この依頼をこなして、できる事を証明するからね!」

 ハイネのお弁当を底なしポーチに入れて、そんな宣言をした。
 ポーチのベルトを腰につけ、準備万端である。

「はいはい。無茶するんじゃないわよ」
「アタシにまっかせなさい! 行ってきまーす!」

 スズネは何の根拠もないのに自信満々に店を出て行った。
 そんなスズネが出ていった後の扉が静かに閉まるのを見て。

「大丈夫かしら……」

 ハイネは少し心配そうに呟いた。

 ← 前のページ蓮木ましろの書庫 次のページ → 

 

蓮木ましろのオススメ本



コメント

タイトルとURLをコピーしました