ちょうどいい倒木があり、空を見上げられる場所だった。
焚き火の後もあるのをみると旅人が野宿でもしたのかもしれない。
その倒木に腰を下ろして、ポーチからハイネのお弁当を取り出した。
「さーて、何が入ってるかな〜? お〜!! 美味しそう!!」
膝の上に置いたバスケットを開けると、中にはハンバーガーが二個入っていた。
トマトや薄くスライスされた玉ねぎにパティ、レタスがバンズで挟まれている。
ハンバーガーが崩れないように、真ん中に串を通してある。
スズネが走ったりした事で、少しタレが中から漏れて出していた。
だが、それがまた食欲に刺激を与えてきている。
「二個も準備してくれるとか、さすがはハイネ! いっただっきまーす!!」
「あら、美味しそう。サキにもお恵みを〜」
「のわぁ! ちょっ! だれだれ!?」
「あ、ごめんなさい。美味しそうな匂いがしたもので……つい。それよりも、あれは大丈夫ですか?」
「へ? あー!! アタシのハンバーガー……」
人が居ないだろうと安心しきっていた所を話しかけられ、驚いた事で事故が起きた。
膝の上に置いていたバスケットを落としてしまったのだ。
スズネがかぶりつこうとしたハンバーガーは無事だが、もう一つはひっくり返ったバスケットの中で地面と頭を突き合わせているだろう。
スズネはハンバーガーを片手に持ち直して、両膝をついてあからさまに落ち込んだ。
そして、ハンバーガーを一口食べた。
「ごめんなさい、そんな驚くとは思わず……」
「人気がいない所で話しかけられたら、驚くよ! ダメになったハンバーガー、どうしてくれるの!? こんなに美味しいのに……って、あれ?」
スズネが声の主へと顔を上げて、指差した。
その先には人間とは言い切れない姿があった。
緑色の浴衣に身を包み、ひっくり返ったバスケットを自慢の鉤爪でひっかけ持ち上げた。
ひっくり返ったハンバーガーも地面にタレを撒き散らかして、バンズには土がついて、食べれたものじゃなくなっていた。
だが、その鉤爪の持ち主はそのハンバーガーを見て、少し喉を鳴らした。
「美味しそう。人は落とした食べ物は食べないらしいですし……お姉さん、これ食べてもよろしいですか?」
「え、うん、良いけど……」
「やったぁ〜。じゃあ、失礼して頂きます」
翼の先を指のように器用に使って、落ちているハンバーガーを拾い上げて、かぶりついた。
美味しそうに嬉しそうに食べる姿に、流石のスズネも呆気に取られたが、とりあえず自分のハンバーガーを食べることにした。
二人はハンバーガーを食べ終えるまで話す事はなかったが、二人して相手の様子を伺っていた。
だが、ハンバーガーが美味しいおかげなのか。
二人は視線を交わしては笑顔を交わし合った。
「うーん、ちょっと足りないけど、いいや。帰ったら、ハイネに夜ご飯作ってもらお」
「ハイネって、どなたですか?」
「このハンバーガーを作ってくれたのがハイネなんだ。カフェとバーの店してる」
「なるほど、だから、こんなに美味しいものを作れるのね」
「そそ。ところで、アンタは誰?」
「あ、ごめんなさい、名乗り遅れてしまって。私はサキって言います。見ての通り、鳥人種です」
「鳥人種は初めてだったから、びっくりしたけど……なるほどこんな感じなんだ〜」
スズネはサキの姿をまじまじと見た。
顔は人と変わりはないが、腕には羽根が生えており、手はないが羽根が指の代わりをするようだ。
足も鳥の足であり、鋭い鉤爪がある。
サキは女の子のようで可愛らしく、毛並みや羽根が柔らかそうに見えるからかおっとりとした雰囲気がする。
「えっと、そうまじまじと見られると恥ずかしいのですが……」
「あ、ごめんごめん。アタシはスズネ。ハーフエルフで何でも屋をしてる!」
「へぇ〜、ハーフエルフの何でも屋さん……じゃあ、今は依頼をしているのですか?」
「そう! ちょっと休憩がてらお昼ご飯を食べようと思ったら、サキが驚かしてくるから台無しになった!」
「それはすみません。なので、そのお詫びとハンバーガーのお礼で私もスズネさんの依頼をお手伝いしま〜す」
「ほんと!? ちょうど困ってたから助かる〜! 夕方の十八時までにはなんとか見つけたいな」
「わかりました。では、私はどこを探せば良いですか?」
「そうよね〜……えーと、ここの森の周りの草原周りをみてくれない? あ、この迷子の猫を探しててね」
「ふむふむ、白くて黒と茶色な猫さんですね。……わかりました。お急ぎのようなので早速、空から探してみますね」
サキはそう言って、翼を広げて、飛び立った。
サキが起こした風で砂埃が立ち、スズネは腕を盾にして、目も瞑っていたおかげで目に入ることはなかった。
スズネが文句の一つでも言おうとして、空を見上げたが、サキはもう大声を張り上げないと聞こえないくらいまで高く飛び上がっていた。
「……鳥人種ってすご」
その出来事に文句よりも感嘆の声を呟いてしまった。
サキはスズネを見下ろすと、手を振るように羽根を振っめ飛び去った。
スズネはしばらく空を見ていると、サキがまた戻ってきて、空から森の周りを見てくれているのが伺えた。
問題なく、猫を探してくれているようだ。
「さ、アタシも探さないと! その前に、バスケットをポーチに入れてっと。よし!」
ポーチにバスケットを入れて、まだ探していない森へと足を伸ばす。
お昼ご飯を食べる前と同様、探したところがわかるように草を踏み慣らしながら進む。
木の根元や上を見て、草が生い茂って、いい感じに隠れられる所を探して行く。
反対側を探し始めた頃は、太陽の位置も高かったが、どんどんと降りてきて、辺りをオレンジ色に染め始めた。
そんな頃にはスズネが探せる範囲はもう見終えて、サキと出会った場所に戻ってきていた。
「居ない……どこにいるのよ、ミャケちゃんは! まさか、偶然にも出会った魔物に食べられちゃったとか、それとも、迷子になりすぎてさらに違うところにいるとか……どうしよ、クレハになんて言えば」
あそこまで見栄を張って、ここまできた以上見つけて帰りたい、なんなら、クレハに喜んでもらいたいとそう思うスズネは頭を抱えた。
「う〜、ハイネにもあー言ったのに。なんでこんなことに」
猫探しなんて一日で終わるだろう、なんなら、半日で終わらしてハイネを驚かしてやろうとも思っていたが、そう甘くはなかった。
人が依頼をしてくるという時点で、そう簡単な事ではない。
迷子の猫探しと一見、簡単そうに思える事でも事によっては解決が難しくなるのだ。
例えば、もう猫は死んでいて生きて連れて帰れないとならば、きっと飼い主は悲しむ事だろう。
最悪の場合を考えずにいると、スズネのように取り返しがつかないような場面に出会してしまうのだ。
「あ、でも、サキが見つけてくれるかも! まだ帰ってこないかな?」
「見つけましたよ、スズネさん」
「わぁー!!! だから、驚かせないでって言ったよね!」
「すみません。でも、さっきよりはわかりやすく近づいたのですが……」
きっと、サキは悪くないだろう。
さっきまで頭を抱えていたスズネは周りの音が聞こえていなかったのだ。
それなりに依頼をこなせない事に危機感を感じていたようだ。
「あ、そ、そうなんだ、ごめんね」
「いえ、そんなことより見つけましたよ、猫さん」
「ほんと!? どこにいたの?」
「王都の城壁の近くの草むらの中です。時間も時間ですから……失礼しますね」
「へ?」
サキはふわりと飛び上がるとスズネの両肩を足で掴んだ。
「スズネさんも私の足を掴んでてくださいね。落ちないように」
「ちょっ、待って! きゃぁーーー!」
スズネを掴んだまま、上空へと一気に上昇した。
あまりの勢いにスズネも叫び声を上げながら、必死にサキの足首を掴んだ。
上昇しただけでなく、このままサキの言っていた城壁へと飛ぶ。

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