サキは風に乗って、猫の居場所へ。
森から歩けば十五分ほどの距離をものの数分で着いた。
サキはゆっくりと地面に近づき、スズネが地面に足をつけ、手を放したのを確認してから自身も地面へと降り立った。
スズネは崩れ落ちるように四つん這いになり、俯いた。
「あー、びっくりした……死ぬかと思った」
「すみません、でも、急がないといけないと思いまして」
「そうだよね、時間が時間だし。で、ミャケちゃんは?」
「え〜っと、ここでございます」
サキが城壁近くに生えている背の高い草をかき分けた。
すると、みーみーと鳴き始めたのが聞こえてきて、スズネも遅れて覗き込んだ。
そこには、ミャケと思われる猫と五匹の子猫が身を寄せ合っていた。
「やっと見つけた! けど、子猫がいるとは予想外かも」
「でも、可愛らしいですね〜」
「そうだね〜」
しばらく眺めていると、目を瞑っていたミャケがスズネ達に気づいて、目を見開いて尻尾を膨らました。
どうも威嚇しているようである。
スズネはふと顔を上げると、城壁に修繕された跡がある事に気づいた。
ミャケ自身もクレハの下へ帰ろうとしていたのかもしれない。
だが、帰り道を塞がれて帰れなくなったのだろう。
「うーん、こうなったら、みんな連れて帰るしかないよね」
「そうですね。家族は一緒の方がいいでしょうから」
「よね! ハイネには悪いけど、このバスケット使わせてもらお」
スズネはポーチからバスケットを取り出し、ついでに何かあった時用にと持ち合わせていた布をバスケットの中へと敷いた。
「はーい、ごめんね〜。おっと、引っ掻いても無駄だよ〜。防御魔法張ってるから痛くな〜い」
ミャケが子猫達を守るためにスズネの手を引っ掻いたが、スズネの手は防御魔法が張られている事で攻撃になっていない。
スズネは子猫達を掴んでバスケットの中へと入れていき、最後にミャケを持ち上げて、バスケットの中へと入れた。
「これでよーし!」
「これは便利ですね〜。こんな事もあろうかと準備されてたのですか?」
「ううん! 偶然! でも、あとはこれでクレハの所に届けるだけ! それでサキに頼みがあるんだけど……」
「ふふ、良いですよ。私も王都で待ち合わせをしておりますから。スズネさん、また肩を掴んでよろしいでしょうか?」
「いいよ! あと、今回は猫達もいるし、危なくない程度に急いで欲しいな」
「わかりました。では、失礼して」
また、スズネの両肩を掴んで、サキは飛び立つ。
小脇に猫達を入れたバスケットを抱えているスズネは左手でサキの左足首を掴んでいる。
辺り一面をオレンジ色に染め上げる夕日へ向かうように飛ぶと、王都の門が見えてきた。
「王都の門はあちらですか?」
「そそ! あそこに向かって飛んじゃって!」
「わかりました!」
サキは少し飛ぶ速度を上げた。
遠目では分かりにくいが門が少しずつ閉まってきているように見えたのだ。
「サキ! ちゃんと掴まってるから早く飛んでいいよ! バスケットもちゃんと持ってるから!」
「わかりました! 落ちないでくださいね!」
サキは何度か羽ばたくと、門へと吹き込んでいく風にのった。
その風のままに翼を羽ばたかせず、サキの前方が緑色に瞬いた。
すると、徐々に過ぎ去る景色が吹き飛んでいくような錯覚に陥っていく。
サキ達は草原に吹く強風のように飛び、もう閉まると門の隙間へと吹き荒んだ。
ギリギリ、十八時の閉門に間に合ったのである。
「なんとか間に合いましたね、スズネさん……スズネさん?」
「う、うん、そうだね……ゔぇ〜」
「あら、大丈夫ですか?」
「大丈夫……ちょっと気分悪くなっただけだから。とりあえず、降ろしてくれる?」
「そうですね」
門が閉まる音を背にサキはスズネを降ろした。
地面に降り立ったスズネは少しよろめきながら座り込んだ。
バスケットも置いて、中を確認する。
そこにはミャケに寄り添う五匹の子猫達がいた。
モゾモゾと動きがあるのが見てとれたので問題なく生きているようだ。
スズネ自身もだが、このバスケットにも防御魔法を施していたおかげだろう。
ミャケはスズネを見ると、じっと見つめて二回瞬きをした後に「みゃっ」と鳴いた。
スズネはその声を聴いて、軽く微笑んだ。
「どういたしまして」
スズネはミャケからお礼を言われた気がして、そっと呟いた。
少しの間、猫の親子の様子を見守っていると後ろが騒がしいことに気づいた。
「姉さん! なんで、こんなに遅いんですか!? 私よりも早く飛べる姉さんがこんなに遅いなんて……何かあったんじゃないかと心配しましたよ!」
「ご、ごめんなさい。早く着き過ぎても退屈そうと思って、王都の周りを飛んでいましたら、スズネさんと出会って、依頼のお手伝いをしていまして」
「ふーん……でも、姉さんの事だからその人に迷惑かけたから罪滅ぼしと称して、暇を潰していたんでしょ」
「えへへへ」
「笑って誤魔化さないでください!」
サキはどうも妹を待たせていたようで怒られているようだった。
おっとりとしているサキと比べて、妹と思われる青い浴衣を着た鳥人はしっかり者のように見てとれる。
そのやりとりを見て、ちょっとだけ羨ましく思うスズネも居たりした。
「おーい、スズネちゃーん」
「あ、常連の門兵さん」
「門が閉まるギリギリに飛び込んでくるんだから、びっくりしたよ。間に合って良かったが、危険な行為はこればっかりにしてくれよ」
「ご、ごめんなさい。でも、見てみて! ちゃんと猫さん見つけてきたんだよ!」
「ん? おー! 親子だったのか! 可愛いじゃないか」
「でしょ〜! あ、クレハに届けてあげないと! サキ、ありがとうね」
「いえいえ、なんとか間に合ったようで何よりでございます。さ、早く届けに行って差し上げて」
「うん! またね。門兵さんもまたバーでね!」
「今日はバーに出てくるのかい?」
「今日は……たぶん休むかな、だから明日!」
「わかった、じゃあ、今日は休肝日にしとくよ。誰かのせいで肝も冷えちまったからな」
「だから、ごめんなさいってば。じゃあね!」
サキと門兵に後ろ手に手を振りながら、スズネはクレハの元へと走る。
もちろん、猫達がいるバスケットを小脇に抱えて。
王都の奥にある城へと続く大通りを進み、五個目の筋を左に曲がり、そのまま真っ直ぐ。
ハイネの店のある筋も過ぎて住宅地へと着いた。
入り組んだ小道を進んで、依頼書にある住所の家のベルを鳴らした。
ベルが鳴る前に明かりのついている家の中は少し騒がしく感じたが、その原因が鍵を開けて、元気よく扉を開けた。
「スズネお姉ちゃん!」
「クレハ! 連れて帰ってきたよ! でも、驚かないでね!」
嬉しそうにスズネに駆け寄るクレハにバスケットを差し出して、鍵を開け、ゆっくりとふたを開けた。
クレハの目は一瞬、戸惑ったが、次の瞬間、目を輝かせながら「わぁ〜!」と口から声が溢れた。
「も、もしかして、この小さい猫って……」
「間違いなくミャケの子供だよ! 見つけた時に一緒に居たから連れて帰ってきたんだ!」
「わぁー! ミャケがママになって帰ってきた!」
「クレハ、あんまり騒がないの」
「ママ! ミャケがママになって帰ってきたよ!」
「え、どれどれ……あらま、ほんと! 無事に帰ってきて良かったわ。こんなに子猫が居るなら帰ってこれなかったわね。何でも屋さん、連れて帰って来てくれてありがとうございます」
「いえいえ、クレハが喜んでくれて良かったです」
「これは報酬になりますので、受け取ってください」
「あ! はい、確かに受け取りました! バスケットは返さないで良いので、使ってください」
「え、でも、良いのかしら」
「ミャケ達もバスケットの中が居心地良さそうなので、このまま使っちゃってください」
「そうですか、なら、お言葉に甘えて」
「スズネお姉ちゃん、ミャケを見つけてくれてありがと!」
「どういたしまして! 次はクレハが子猫達のお姉さんとして、面倒見てあげるんだよ」
「うん! 任せて」
「クレハにできるかな?」
「出来るもん!」
スズネとクレハの母親は顔を見合わせて、少し笑った。
「それじゃ、アタシはこれで」
「ありがとうございました」
「スズネお姉ちゃん、ありがと〜!」
「はーい!」とスズネはまた後ろ手に手を振った。
前に向き変えると、ポーチをぽんぽんと右手で撫でた。
さっき受け取った報酬が嬉しいのだ。
「アタシの初めての報酬!」
左手の握り拳にぐーっと力を込める。
サキの力を借りたが、やり切れた達成感を噛み締めながら歩いて、ハイネの店へと帰った。
「ハイネ! ただいまー!!」
「騒がしいわね、お客さんがいなくて良かったわ。で、どうだったの?」
「見てみて! アタシの初めての報酬!!」
「はいはい、良かったわね。いくらもらったの?」
「待って、今から見てみるね! なかなか入ってそうだし、期待できそう!」
バーカウンターに座って、お金が入っている袋を開けた。
そこには銅貨がみっちりと詰まっていた。
スズネは言葉を失い、ハイネはやっぱりねとコーヒーを啜った。
「なにこれ! もっとくれても良くない!? あ、この中に一枚だけ銀貨が混ざってるとかそういう……」
袋をひっくり返して、カウンターへと中身を出した。
ジャラジャラと銅貨を掻き分けてみるが、銀色に光る貨幣はない。
袋を振っても、覗き込んでも出てきやしない。
今回の依頼の報酬分からするとそれは賄いを二食分と同じ金額である。
ちなみにバーで働くだけで三食分は食べられて、お釣りが来る金額は稼げる。
「えー、一日頑張ってこれだけ? これならバーで働いてる方が良いじゃん……」
「何を期待してたのか、知らないけど。今回の依頼なら妥当よ。少し貰いすぎてるくらいね」
「なんで、そんなことわかるの!? 最初っから言ってよ!」
「言ってたら、貴方の事だから無茶な依頼して、痛い目にあってたでしょ? 今回も昼前には帰ってくるからって言っておいて、もう夕方。なんなら、もうすぐバーが開店する時間。この程度の依頼を数こなせないならバーを手伝ったら?」
「ゔ〜〜〜! いや! アタシは何でも屋でやってくもん!」
カウンターに出していた銅貨を袋に詰め込んで、スズネは店の奥へと入っていった。
ハイネはその姿を見送ってからコーヒーを啜った。
店の奥へと続く扉が再び開き、スズネが顔を覗かせた。
「賄い、食べても良い?」
「今日は休むんでしょ? 部屋に持ってってあげるから、今日はゆっくりしてなさいな」
「ありがと」
スズネはゆっくりと扉を閉めた。
その様子を見て、コーヒーを流し込んで、
「どうなるのやら」と呟いて、ハイネは調理場へと入っていった。

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