迷子の猫探しの依頼の一週間ほど経った頃。
朝焼けに照らされて王都は明るく照らされている。
「口では何でも屋を続けるって言ってたけど、元の生活に戻ったわね」
そんな中、ハイネはバーの仕事帰り。
大通りで思わず呟いた。
迷子の猫探しの依頼以降、スズネは次の依頼を探さずにバーで働いている。
一日かけて依頼をこなした報酬が思いがけず少なかったことで次の依頼をこなそうという気にならないのだろう。
バーを手伝ってくれている手前、文句はないが、それでいいのか?と聞きたくなるのも無理はない。
「初めての仕事で苦労するのは当たり前だっていうのに。しかも、最初にしては報酬も多かった。迷子の猫探しにあれだけ出してくれるなんて、大事に思われてた猫だったのね」
あれくらいの依頼の報酬が銅貨を机に撒き散らす程のものじゃない。
銅貨十枚位が関の山で、ざっと見て銅貨三十枚程貰えているのは多すぎる。
割にいい仕事だったのだが、バーの給料を知っているスズネからしたら今回の報酬は少なく見えてしまったのもあるだろう。
「これは私が働かせたのが悪いのかしら。いや、タダで住わせる訳にはいかないし。家事が出来るようには見えなかったのもあるわね……」
「もしもーし、そこ行くハイネさ〜ん。もしも〜し」
仕事の疲れ、それに加えて、スズネに対しての気苦労もあってだろう。
日頃、独りで愚痴る事のないハイネもついつい口にしてしまった。
そんな時にハイネへ話しかける声が聞こえた。
ゆっくりと振り返ると、道端に見るからに怪しい占い師がいる。
紫紺のベールは目を隠し、同色のローブも全身を覆っている。
紺色の布が敷いてある机の上に水晶が置かれ、椅子に腰掛けた占い師がハイネを見ながら手招きをしている。
ハイネはため息を一つしてから、占い師の前に行った。
実のところ、ハイネはこの占い師と出会うのはこれで三度目で驚きはしない。
怪しいのは間違いないので、怪訝な目は向ける。
「今度は何?」
「あら、話が早いですね。でも、今回はちょっとだけおしゃべりしたい気分なんですよ〜」
「どうせ、スズネのことでしょ? 貴方がくれた猫探しの依頼をこなしたけど、報酬が少なくていじけてバーの手伝いをしてるわよ」
「やっぱり、そうですか。まぁ、あの子には簡単すぎた依頼でしたから仕方ありませんね、うんうん」
「いや、軽く一日かかってたわよ」
「……まぁ、初めての依頼でしたし、仕方ないかと」
この占い師は、どうもスズネを過大評価する節がある。
「それで、次は? また私に渡すものがあるんでしょ?」
「もうそんなに焦らなくてもちゃんと渡しますよ」
占い師は机の引き出しから赤いリボンで括られた筒状の依頼書を取り出した。
赤いリボンの縁には金糸が縫い込まれてある。
依頼書の紙も依頼板に貼り出すような薄くて破れやすいものとは違うことが見てわかる。
「それって……」
「この王都を治めている王。の側近である大臣から私宛ての依頼書です」
「貴方宛に? この王都の未来を占ってほしいとでも書いてあるの?」
「いえいえ、そんなことは書いてませんよ。宜しければ、読んでみてください」
ハイネは占い師から依頼書を受け取った。
やはり、リボンは金糸の刺繍がある。
依頼書自体も紙というよりも獣の皮のような厚みと柔らかさを感じるほどであった。
ハイネはゆっくりとした手つきでリボン解いて、丸まった依頼書を伸ばした。
『貴殿の腕前を見込んで、王都にある裏路地の調査をして頂きたい。
前々から怪しい輩がうろつき、不穏な動きをしている可能性があった。
そこで、騎士達を変装させて調べさせようにも情報が漏れているのか、尻尾が掴めない。
なので、この件は内密で行う事にした。
申し訳ないが、貴殿とは直接会う事ができない。
疑わしいとは思うが、リボンと依頼書を証拠として信じて頂きたい。
報酬に関しては裏路地の有力な情報の量に応じる事とさせてもらう。
仕事が終われば、リボンと共に手紙を城の門兵に渡してくれ。
手紙に場所を記してくれればそこへ向かおう。宜しく頼む。
リビン・フェブリス』
依頼書に達筆な文字でそう書いてあった。
このリボンと依頼書の紙は王城内で使われているものである事はこの王都に住んでいるのならよく知られている。
王城から直々に街へ降りてくる知らせや令状は金糸の刺繍が施されたリボンで括られ、騎士が読み上げるか、張り出す際に目にするからだ。
それに、この『リビン・フェブリス』と言う人物。
王の演説が年に一度開かれる時に側についている側近であり、大臣の中でも一番に偉く、王都の雑務を一手に担っている。
決まり事があれば王へと報告するのは彼の仕事であり、王も大きな信頼を寄せている人物である。
もし、世襲制で無ければ、次の王はこの人物であると街で噂されることもあったくらいだ。
そんな人物からわざわざ、依頼書が届く人物は相当に腕が立ち、信頼も厚いのだろう。
依頼の内容としては、裏路地の調査である事はわかる。
わからない事と言えば、宛先。
この占い師の名前がない。
本当に占い師宛に来たものなのか、もしかすると、誰かに頼まれて、スズネに任せようとしているのか。
占い師を見ると口の端を上げて、笑いかけてきた。
「内容は読んでの通りです。信じてくれました?」
「この依頼書に関してはね。貴方に関しては余計怪しさが増したけど」
「ふふ、そうですよね。ワタシもハイネさんの立場ならそうなりますし。あ、その依頼書返してもらっていいですか?」
「……これをスズネに渡すんじゃなかったの?」
「はい、スズネに渡すのはワタシが複写したこっちの依頼書を。依頼主にはワタシから手紙を書いておきます」
ハイネはリボンで括り直した依頼書を占い師に渡した。
占い師から依頼板に貼り出されているような少し痛んだ紙を渡された。
ただ、その紙から魔力を感じ、ハイネは紙を開こうとした。
「あ、開かないでくださいね。スズネに渡す前に開くのはダメです。魔法が消えてしまうから」
「あっそ。この魔法は危害を加える類のものじゃないのかしら?」
「大丈夫ですよ。ワタシはスズネが大好きですから、そんなことしませんよ。むしろ、応援したくてこうしてますから」
「どうだか……。ほかに目的があるんじゃないの?」
「まぁ、それは否定できませんね。こればっかりは仕方のないことですし、こうする方が最善ですから。ワタシやスズネはもちろん、スズネに良くしてくれる人を不幸にしたくないんです。ハイネさんの悩み事も解決してあげたい」
「……胡散臭いわね。占いの結果通りにはなってないわよ?」
「ふふ、その依頼がうまくいけば、結果通りになります。って言えば、どうします?」
ハイネは机の上にある水晶を見た。
この占い師と初めて出会った時。
それはハイネの店の前でスズネが倒れているのを見つける前だった。
今回みたいに声をかけられ、強引に占いをされた。
その時に出た結果は「生き倒れている人を助けると、長く悩み苦しんできた事が解決するでしょう」というものだったのだ。
その時も胡散臭いと言って、その場を去ったが、店の前でスズネが倒れているのを見つけた。
占いを信じたわけじゃない。
ただ、生き倒れながらもハイネの足を離さなかったスズネの図太さに根負けしたからである。
その後も別に店に住まわせなくても良かったのだが、年端も行かない少女を勝手知らない王都で一人にさせる訳にもいかず、今日に至っている。
ハイネ自身もどこか願っていたのかもしれない。
もし、この想いが解決されるなら。
スズネの面倒を見るくらい安いと思いながら、そうなることを待っていたのかもしれない。
そう思ってか、ハイネは占い師に返事をせずに来た道を戻ることにした。
「お願いしますね〜。あ、そうそう。もう一つ理由があるとしたら、面倒くさいからですよ〜! ワタシがやるには簡単すぎる依頼なので〜!」
「……なら、そのまま占い師でもやってなさいよ」
ハイネが振り返ってそういうと、占い師は微笑みながら手を振っていた。
しばらくすると、パッと光り、跡形もなく消えた。
「確かに転移魔法が使えるなら、この依頼は簡単すぎね。主犯格を生捕にして、大臣の前で拷問でもすればいい話だし」
占い師がいた場所を見ながら呟いた。
ハイネは依頼書をまたゆっくりとバーへと向かう。

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