第十三話 リン姉……

 

 バーの休憩室。
 今となってはスズネの部屋になっている。
 バーの仕事終わり、スズネはシャワーを浴びて、寝巻きに着替えていた。

「さっぱりした〜。ハイネってば、いつの間にシャワー室なんて作ったんだろ。有難いけど、ちょっと部屋が狭くなっちゃったな〜」

 前までシャワー室はこの建物にはなかったのだが、出来ていた。
 おそらく、スズネが猫探しをしている時にできたのだろう。
 スズネは、あの依頼の後、シャワー室に気づかず、疲れてそのまま寝てしまった。
 その後にバーで仕事をする前にハイネから。
「汗臭いからシャワー浴びてきなさい。あと服も同じようなのを三着ずつと寝巻きも買っておいたから使いなさいね」
 と言われ、よくよく部屋を見ると、シャワー室があって、クローゼットも置いてあったのだ。
 旅費は使い果たし、バーで働いてもほとんどがまかないに消えていく。
 ハイネの厚意で休憩室を自室として使わせてもらっているのは本当にありがたいのにシャワー室もクローゼットに服も。
 なんなら、着た服も洗ってもくれている。
 お金は無いにしても至れり尽くせりである。

「このままじゃいけないのはわかってるんだけどなぁ」

 スズネは髪をタオルで雑に拭く。
 窓の外にスズネの服が風に揺れている。
 猫探しの依頼の後に「何でも屋でやってくもん!」と言ったが、やってる事は依頼前と同じ生活。
 依頼をこなしたところでバーで働くよりも安いのであれば、やっても仕方ない。
 でも、両親から「やめておけ」と言われながらも、姉の応援と修業しゅぎょうがあったのだからなんとしても何でも屋として頑張りたい気持ちはある。

「……ならない方が良かったのかな」

 スズネはぼそっと呟くと、髪をく手が止めた。
 現実というものは甘くは無い。
 二つの事を両立させるのは難しく、辛いことが多い。そして、続けていく事も辛い。
 スズネがバーで働き出して、故郷とは違う生活リズムになっていた。
 夕方から朝方まで働いて、午前中は寝て、昼過ぎくらいから動き出す。
 二度は依頼板を見に行った事はあったが、目ぼしい依頼はなく、何も依頼を受けずに帰った。
 昼過ぎに行っても仕方ない。
 だからといって、バーの仕事終わりに行っても、疲れで受けようとも思えないだろう。
 まして、バーの仕事を休んで依頼をしたところで貰える報酬はバーの給料よりも安い。
 これではお腹一杯にご飯を食べられない。
 なら、賄いを食べずに何処かで食べるか、自分で料理をするという手もあるが、きっと、賄いよりも高くつくだろうし、料理も美味しく作れる自信もない。
 大体、何かを素焼きにしたものを食べるのが関の山でハイネの賄いを知っている今では満足いかないだろう。
 それでも、やるべきなのだろうが。

「うまくいかないだろうなぁ……」

 スズネは頭にタオルをかけたまま、項垂れた。
 今のままでは何でも屋としてやっていけない。
 わかっていても、どうするべきなのかわからない。

「リン姉……アタシ、どうしたらいいのかな」

 王都に来てもなお、出会う事ができていない姉に問いかけてみても、当然返事はない。
 こんな時、頼りになる姉ならどうするだろうか。
 いや、あの姉の事だからこんな事にはなっていないんだろう。
 スズネは鼻をすすり始め、肩も少し揺らして、寝巻きの袖で涙を拭った。
 そんな時に部屋のドアがノックされた。

「スズネ〜、開けるわよ〜……あら、もしかして、泣いてたの?」
「え……あ! いや、泣いてないし! 返事もしてないのに入ってこないでよ!」
「それは悪かったわ。これを貴方に渡そうと思って」
「え、なに、手紙」
「にしては、紙切れだけど。そうみたいよ」

 ハイネは手紙をスズネに渡すと、木箱の上に座った。
 この部屋では木箱は椅子代わりのようだ。
 スズネは鼻を啜りながら、手紙というには粗末な紙切れを開いた。
 だが、そこには何も書いては無かった。
 スズネが小首を傾げた。
 その直後、紙切れが仄かに光った。
 スズネは目を丸くして、光が収まった手紙を眺めているとそこには文字が書き出されていった。
 今、目の前で書いてくれているように文字が並んでいく。そして、
 スズネはその筆跡に心当たりがあった。
 さっき、心から会いたいと思っていた人物の筆跡だ。

『スズネ、元気にしていますか? 
 お姉ちゃんはすこぶる元気です。
 スズネの所まで飛んでいけるくらいに元気!
 けれど、今、お仕事で忙しくて時間が取れないの。
 いっぱいお話ししたいけれど、物凄く残念』

「アタシもリン姉に会いたい」

 また涙が出てきそうになるが、そうならないようになのか、すぐに文字が書き出されていった。

『でも、ひっそりとスズネがこっちでやっていけるようにお手伝いしてたのよ?
 ハイネさんにスズネのことをお願いしたし、迷子の猫ちゃん探しの依頼もお姉ちゃんが渡したものなの。
 ハイネさんには黙っているように言っておいたのもお姉ちゃんだけどね。
 ずっとは難しいけど、ちゃんとスズネの事を見ているから不安にならないでね。
 お姉ちゃんはいつだってスズネの味方です!
 安心して』

「リン姉……」

 あふれそうになった涙を拭って、垂れそうになった鼻水も啜りきった。
 スズネが少しでも元気になったのを見ているかのように必要じゃ無くなった文字が消えて、また新たに書き出される。

『スズネはスズネらしくやっていけばいいと思うの。
 何でも屋をしながら、たまにハイネさんのお手伝いしたり、その逆でハイネさんのお手伝いをしながら、何でも屋をすればいい。
 どっちかを選ぶんじゃなく、どっちもやればいいの。
 そういう何でも屋なんて沢山いるわ。
 ワタシに追いつこうとするのなら、追い抜こうと思うのなら、やれる事をやっていかないとね。
 それに、そうやって落ち込んでるとお姉ちゃんはどんどん先に行っちゃうぞ?
 いいのかな〜?』

「確かに落ち込んでる暇なんてない!」

 リンネはスズネよりも先に何でも屋を始めているので当たり前だが、スズネのずっと先にいる。
 それを追い抜こうとするならば、もっと頑張らなくてはならないのだ。
 
(頑張らないといけない!)

 握り拳を作って、気を取り直したスズネはまた書き出される手紙へ目を向けた。

『さて、ちょっと前置きが長くなったけど、ここからが本題!
 でも、スズネの事を元気付けようとしたのも本題だったけど、これからのスズネのためにも必要な事をお願いしたいの。
 私の代わりにある依頼をこなして欲しい。
 私の一番弟子で、免許皆伝になったスズネなら問題ないお仕事よ。
 猫探しの時みたいに誰かに手伝ってもらうのも良いと思うし』

 誰にも猫探しを先に手伝ってもらった事を話していないのにも関わらず、言い当てられて、スズネは少し焦った。
 間違いなく、リンネはスズネの事を見ていたのだ。
 きっとこうしている今も。

『お願いしたい仕事は、裏路地の調査。
 場所は、スズネがワタシを探して迷い込んだ所ね。
 そこで悪さをしている奴らの情報を集めて欲しいの。
 捕まえてきてもいいし、情報を持っている人から聞くのでもいい。
 情報が手に入れば、なんでもいいの。
 もちろん、スズネが危なくない範囲でだけどね。
 頼めるかしら?』

「うん! やってみる! リン姉の手伝いができるなら問題なし!」

『良かった。
 なら、今はバーのお仕事で疲れているだろうから休みなさいね。
 この仕事は、太陽が沈み始める頃から始めて欲しいの。
 困った事があれば、この手紙を開いて。
 ワタシが頼んだもの、できる範囲でお手伝いするわ』

「でも、リン姉。忙しいんじゃ……」

『大丈夫。
 スズネががちゃんと何でも屋としてもやっていけるようにしてあげたいの。
 今は、甘えて。
 もし、この先、ワタシが危なくなった時は助けてくれればいいから』

 その文字を読んで、スズネは頷いた。
 また文字が消えて、書き出される。

『そうと決まれば、寝てね。
 また夕暮れ時会いましょ。
 おやすみなさい、スズネ。
 あと、この手紙をハイネさんに渡して』

「うん! おやすみなさい、リン姉。ハイネ、ありがと! アタシ寝るね! リン姉がハイネに渡してって」
「はいはい。すっかり元気になったわね」
「へへ、心配かけてごめんね。今日の太陽が沈み始める頃から依頼しに出かけるから、賄いお願いね。あと、その時に手紙返して」
「わかったわよ。ゆっくり寝なさい」
「はーい」

 ハイネはスズネの部屋を出て、手紙を開いた。
 何も書かれていなかったが、少しして書き出された。

『ハイネさん、ありがと。
 報酬ほうしゅうはまた後日で』

 その文面を見て、ハイネは少し笑ってから紙を閉じた。

「報酬は高くつくわよ? 占い師さん」

 そう言って、店内へと入っていった。

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