第十四話 あと、これも持っていきなさい

 

 日の光が色味を帯びてきた頃に、スズネは目を覚ました。

「よく寝た〜! ギリギリまで寝ちゃったか。すぐに支度しよ!」

 スズネはクローゼット開けて、新しい服に着替える。
 いつも着ているものとあまり変わり映えはしないが、それでも新しい服を着るのは気持ちがいい。
 カッターシャツにスカート、太ももにバンドをつける。
 最後に髪をサイドテールにして、リボンで括れば準備完了。

「あとは、ポーチを腰に。よし!」

 腰につけたポーチを軽く叩いた。
 サイドテールの毛先が外側に跳ねているのに気付かずに、部屋を出て行く。
 その足のままに、店内へと入っていった。
 カフェの営業が終わったようで店内に客は居ない。
 ハイネもカウンターの椅子に座って、のんびりとコーヒーを飲んでいた。

「ハイネ、おはよ!」
「よく寝てたのね、もう日が暮れ始めてるわよ」

 スズネはハイネの横に座って、頬を軽くかいた。

「へへへ、手紙越しだったけど、リン姉とお話しできたからかいっぱい寝ちゃった」
「あっそ。はい、これ、手紙返しておくわね」
「ありがと」

 スズネはハイネから手紙を受け取ると、顔を綻ばせた。
 試しに手紙を開いたが、そこには何も書かれてなく、しばらく経っても書き出されなかった。
 「だよね」と呟いてから手紙を畳んでポーチに入れた。

「ホントにそのお姉ちゃんが好きなのね」
「ふぇ、あ〜……うん」

 スズネはハイネの顔を見たまま固まり、顔を赤くしていき俯いてから頷いた。

「……まぁ、アレに溺愛できあいされてたらこんな感じに育っちゃうのかもね」

 ハイネは苦いはずのコーヒーから甘さを感じて、そっとカップを置いた。

「あ、そっか。ハイネはリン姉に会ってたんだよね! どんな感じだった?」
「さぁーね、あっちは変装してたからよくわからなかったわ」
「なんだ……でも、リン姉のことだからきっと変わりないんだろうなぁ。もっと美人になってたりして、胸とかも」
「……変態ね」
「え! 別に変態じゃないでしょ」

 そう言っている時に厨房からカンカンと音が鳴った。

「はいはい。あと、髪が跳ねてるわよ」

 そう言って、ハイネは立ち上がって厨房ちゅうぼうへと向かい、入っていった。
 スズネは軽くほっぺを膨らませていたのをやめて、軽くサイドテールを触ってみると確かに跳ねている。
 それを手櫛で直そうとするが、直らずにあきらめた。
 そんなことよりもスズネは姉の仕事を手伝える事に心が躍っているようで、体を揺らしながら軽く鼻歌まで歌っている。
 そこへハイネが厨房から出てきた。
 香ばしい匂いを漂わせた賄いと共に。

「ほら。寝起きにはきついかもしれないけど、これでも食べて頑張ってきなさい」
「えぇー!! ステーキ!! なんかお肉の焼けるいい匂いがするなって思ってたけど! なんで!?」
「貴方のお姉さんから臨時収入が得られそうだから、そのお礼よ。それにこの仕事で失敗したら、最後の晩餐かも知れないし」
「やめてよ! 縁起が悪い! でも、頂きま〜すっ!」

 鉄板の上で熱々のステーキにフォークを突き立て、ナイフで切る。
 ステーキの中はほんのり赤みを残したミディアムレア。
 甘辛いタレがかけられていて、お肉の焼ける匂いの中にもその存在感は隠しようがない。
 スズネは切ったステーキにタレをつけてから食べた。
 目を瞑って、お肉を噛み締める事数秒。
 唸りながら、大きく目を見開くと、一緒に持ってこられた大盛りのライスをかき込んだ。
 ステーキとライスの美味しさを味わいながら笑った。
 黙々とどんどん食べ進める。
 スズネの幸せそうな顔にハイネはカウンターのコーヒーを魔法で手元へと持ってきて、バーカウンターで舌鼓したづつみを打った。
 数十分後、分厚いステーキと大盛りのライスはスズネの胃袋に納まっていた。
 スズネは満足そうにいつの間にか出されていた水を飲んで、一息ついた。

「はぁ〜、食べた食べた!」
「お粗末さま、ホントにいい食べっぷりね。寝起きでこれだけ入るなら依頼の方も大丈夫そうね」
「なんなら、もう一枚食べたいな」
「次に食べる時は自腹でどうぞ。割といい肉使ってるから高いのよ?」
「ハイネの気が向いた時になら、食べようかなぁ……」
「気が向いたらね。当分はないでしょうけど」
「美味しかった! ありがとね!」
「はいはい。見てたらわかったわよ。あと、これも持ってきなさい」

 ハイネはバーカウンターから蝋燭ろうそくと小ぶりの燭台しょくだいを出してきた。
 
「え、なんで?」
「きっと裏路地は暗いわ。手元が見えなくなる前に使いなさい」
「でも、アタシ。火打ち石がないと火なんて起こさないよ?」
「その蝋燭は燭台に刺さったら、火がつくように魔法をかけてあるから大丈夫よ」
「そうなんだ! ありがと!」

 カウンターに出された蝋燭と燭台を受け取って、スズネはポーチに入れた。
 皿や鉄板を厨房へと飛ばしながら、適当に返事をするハイネをスズネは眺めていた。
 姉に頼まれたとはいえ、なんだかんだと面倒を見てくれるハイネに感謝しても仕切れないのだ。
 
「ホントにありがと。アタシ頑張るね!」
「……アンタのお姉さんがアドバイスしてくれるとは言え、自分の判断で余計な事をしないようにね。したとしても、ちゃんと先の事も考えてやるの、いいわね?」
「……うん! わかった!」
「本当にわかってるの?」
「わかってるって、アタシに任せなさい!」
「……そろそろ行かないとじゃない?」
「そうだね! ステーキありがと! 美味しかった!」
「わかったから、しっかりやってきなさいよ」

 扉に手をかけたスズネは振り返って、ハイネに笑って見せた。
 ハイネはそれを見て、コーヒーを啜りながら軽く手を振った。
 スズネはそれを見てから、外へと出た。
 外はすっかりオレンジ色に染まり、街の雰囲気も落ち着いてきている。
 早速、ポーチから姉からの手紙を取り出して、開いた。

『ステーキ、いいなぁ。
 お姉ちゃんも食べたい』

 そう書いてあって、クスッと笑った。
 どこからどうやって見ているのかはわからない。
 でも、スズネにとってはどうだっていい事だった。

「お姉ちゃんもハイネのお店に来る時は頼むといいよ。すっごく美味しいから」
『そうね、スズネが言うなら間違いなさそ。頼んでみようかな』
「その時は会って、いっぱいお話ししたいな。リン姉が王都でどう過ごしてたとか、どんな依頼をこなしたとかさ」
『ふふ、楽しそうね。スズネがハイネさんにどれだけ迷惑かけたとかも聞けそうね』
「え〜、それは聞かなくていいよ〜」
『お姉ちゃんとしてはスズネの粗相を聞くのも楽しいのよ』
「絶対、そんな事ないでしょ」
『ふふ、そんな事あるのよ、これが。さて、』
 
 書き出された文章が途切れて、「ここからはお仕事モードでお願いね」と暗に伝えてきた。
 それにスズネは気づいて、足を止めて、深呼吸をした。
 魔力を一度、身体を巡らせて、ゆっくりと身体の奥へと潜ませる。
 魔力が扱える者であれば、無意識に少しずつ魔力を身体から出している。
 その少しの魔力を感じ取れる者もいる事から、敵にバレないために意識的に魔力を抑え込む必要があるからだ。
 魔力が抑えられた後に手紙を見直した。

『これからスズネには、裏路地の調査をしてもらいます。場所はわかる?』
「うん、王都で迷っちゃった所が裏路地だったからなんとなくね」
『一応、道案内するとその大通りを真っ直ぐに行って、小さな小道があるはずだからそこに入って』
「わかった」

 スズネは手紙に書かれている通りに進み、裏路地へと足を踏み入れた。
 何の建物かはわからないが、背が高く、夕日の色が差し込んで来ない。
 何もかもを飲み込むような暗さがそこには漂っていた。

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