『裏路地に入ったね。アジトまでは普通なら辿り着けないようになっているの。迷路みたいにね』
「それじゃあ、相手はどうやってアジトに帰ってるの?」
『曲がり角に目印があるの。知っているものだけが辿り着けるようにね。曲がり角に着いたら手紙を見て』
「わかった。でも、その前に」
スズネはポーチから蝋燭と燭台を取り出した。
蝋燭を燭台に差し込むと、ハイネの言っていた通り、蝋燭に火がついた。
「魔法って、やっぱり便利。でも、勉強はこりごりだしな〜。ハイネが居るから何か困ったらお願いしよ」
ハイネは今頃、嫌な予感を感じながらバーを開店させている事だろう。
そんな事を言いながら、蝋燭の火を前に暗くなっていく裏路地を進む。
まだ、蝋燭の火を頼りにするほどではないが、身の回りが照らされて見やすくなっている。
ゴミが壁沿いに散乱し、時折、やせ細った人のようなモノがいる。
スズネはそんなモノには目もくらずに道を進んで、突き当たった。
右と左に分かれているT字路。
どちらも暗くなっていて、先は見えなくなっていた。
スズネはポーチから手紙を取り出して、開いた。
『どこかに目印があって、最初の角だから目印は一つだけ。壁を探してみて』
そう書いてある手紙を読んで、スズネは壁を見てみた。
曲がり角の左右の壁。
その見上げたところに、黒い丸が描かれている。
右の壁には二つ。左の壁には一つ。
「という事は、左の道ってことだね!」
『正解! さすが、スズネ! 次は違う目印で二つ。また次も違う目印で三つ。目印は変わるし、数も増えていくの。それをうまく辿って行ってね。わからなくなったら、また手紙を開いてちょうだい。教えるから』
「うん! わかった、やってみる」
スズネは曲がり角に差し掛かっては、壁を調べて正しい道へと進む。
ある時は不用意に置かれた木箱の数、ナイフで切り付けられたような傷の数、返り血が乾いた血痕の数、本物かどうかはわからないが白骨髑髏の数、その先は人骨かどうかわからない骨の数……。
時に三又の曲がり角で真っ直ぐ進むということもありながら、奥に行くにつれて物騒な物が目印になっている。
この先に進めば、お前もこうなると言わんばかりである。
進んでいくにつれ、もう日は沈んで、裏路地は真っ暗になり、蝋燭の火だけが頼りになってきていた。
そして、また曲がり角についた。
でも、妙なことに目印らしいモノが見つからない。
だいぶ進んできたことで、目印になるモノが十個になる程になったのにも関わらず、ただ薄汚い裏路地の曲がり角だ。
目印を探している内にスズネは、今歩いてきた場所に少し既視感を覚えていた。
ここまで裏路地を歩くにつれて、同じような汚い道を歩きすぎたからなのかと思っていたがそうではないと分かった。
この曲がり角には、見覚えがある。
「そっか、ここって……」
さっきまでの裏路地とは違って、広く、曲がり角にある道は真っ直ぐか、右か。
足元を見ると平べったいモノが落ちている。
あのオカマ男とぶつかった時に落としたパンに違いないが、何度も踏みつけられたそれは、パンに見えない。
落とした後に黒いローブの連中と戦った。
その時に踏みに踏まれ、あの時点で食べれたものではなかった。
にしては、あの後よりも余計に平べったい。
もはや、地面と言って良いくらいだった。
「にしても、踏まれすぎじゃない? このパン。ていうか、どうしよ……リン姉なら何かわかるかな〜?」
『右に曲がったら良いと思うわ。相手のアジトが近いから気をつけてね』
「え、なんでわかるの!?」
『しっ、アジトが近いんだから静かに』
「そ、そっか、ごめん」
『スズネがこの王都に入ってからずっと見ていたんだけど、戦った後、真っ直ぐに進んでいたわ。そうすると、裏路地を出ていた。それにそのパンの有様。その道を誰かが使ってる。人数は分からないけど、複数人が使ってそうね。裏路地に出入りする事が必要な人でその人たちが頻繁に使っていると言う事は』
「その人たちのアジトが近いってことなんだね」
『そう言う事。だから、気をつけて。アジトに入って、裏路地の情報を知っていそうな人を捕まえるの。それから、情報を聞き出せばいいわ』
「わかった、やってみる」
『ゆっくり静かに慎重に。気をつけて』
姉の文字に頷いてから、手紙をポーチへと入れる。
もし、戦うことになった時に手紙を落とさないためにポーチの奥へとしまった。
蝋燭の火で暗がりを照らした。
燭台を差し出した先は奥が見えない。
「よし……ゆっくり静かに慎重に……」
スズネは曲がり角を右に曲がり、音を立てない程度にゆっくり歩く。
ハイネの言う通り、アジトが近いのか。
今まで通ってきた道よりもはるかに綺麗で、壁に手を添えながら歩く事ができる。
壁を伝いながら進んでいく。
すると、何度目かのT字路に着いた。
壁を見たところ、また目印はなかった。
壁に背中をくっつけ、身を隠しながら右側の先へと視線を向けた。
その先には、両開きの扉がある。
その扉の両側を松明に照らされているのもあって、よく見える。
そして、その扉を見張っている人が二人。
槍を地面に突き立て、眠そうに立っている。
どうもあそこがアジトの入り口のようだ。
少し出していた頭を引っ込めた。
(リン姉の言う通り、アジトがあったー! でも、どうやって入ればいいの〜? 見張りがしっかりいるし……反対側は〜?)
左側を見ると、暗くなっているが。
右側からの松明のおかげでぼんやりと行き止まりではなく、扉があるのが見える。
左側はどうも片側扉のようだ。
こっちならどうにか侵入できるかもしれない。
ただなんで左側だけ見張りが居ないのかが、不思議である。
(左側からなら入れるかもしれないけど、右側の見張りが気づきそうだよね〜。参ったなぁ。)
「誰かいるのか!?」
っ!!
スズネが振り返ると、後ろで松明がゆらめいていた。
「やばいやばい! 消さないとっ、ふーっ! 火が消えない! 仕方ないっ! あっづ!」
小声でそう呟きながら、火に息を吹きかけたが、消えずに蝋燭を燭台から抜いた。
そのおかげで蝋燭の火は消す事ができた。
が、溶けた蝋のせいで手に火傷を負った。
それを我慢して、ポーチに蝋燭と燭台を入れた。
松明と足音がスズネへと駆け寄ってきている。
足に魔力を溜め、地面を強く蹴って、裏路地の上の方へと飛んだ。
「って、天井あるじゃん!」
吹き抜けていると思ってジャンプしたのだが、天井がある事に気づいて、左手で天井を触った。
そのまま空中で太ももに隠し持っていた持ち手を素早く取り、魔力を流して鋭い刃の形を作り、壁へ突き刺した。
先に右手側を突き刺して、左手側も突き刺す。
突き刺さった音が二回とも路地に軽く響いた。
「ん? なんだ今のは……」
蝋燭の火に気づいた人がスズネのいた所から上の方へと松明をかざして見てきている。
ただ、天井までは高く火の灯りは届かない。
天井近くまでいるスズネの姿は見えなかったようだ。
スズネも目を瞑って、反射しないようにしていた。
すると、また一つ足音が聞こえてきた。
「どうした?」
「いや、さっき灯りと人影があったような気がしてな。そしたら、次は上の方から音がしたようなんだが」
「気のせいだろ。こんなとこに俺らと変人以外、居やしねぇんだから」
「それもそうか……そういや、聞いたか? ここで戦闘部隊がボコボコにやられたってさ」
「らしいな。俺らのことを馬鹿にするからそんなことになんだよ。誰のおかげで今日の飯があると思ってんだっつー話」
「ちげぇーねぇ」
世間話をしながら、スズネの下を通っていく。
それをなんとか息を殺してやり過ごそうとするが。
「手が痛い……あっ、ちょちょー!」
火傷してしまった右手を休ませようとして、トンファーの持ち手を離してしまった。
そのせいで魔力供給が無くなった持ち手は、突き刺さっていた魔力の刃の部分が消えて、落ちていく。
スズネが慌てて取ろうとしたせいで軌道がズレ下を歩く一人に当たりそうになったが、ギリギリの所で当たらず。
カラーン!と二人組の真後ろに落ちた。
「っ!! なんだっ!」
「……これだ! どっから出てきた!」
「やばっ! もう仕方ない!」
スズネはもう片方も魔力供給をやめ、二人組の真上へと落下していく。
「上じゃねぇか!?」
「上!? なんも居ねぇだろ」
「ごめんねぇー、死なないでねぇー!」
「「は?」」
二人組は、天井の暗がりから降ってくる、スズネに呆気に取られたままにスズネの靴裏を顔面で受け止めた。
受け止めた瞬間に「ひでぶ!」「あべし!」と叫んでゆっくりと倒れた。
スズネは二人組が居たおかげで無傷で着地した。
「はぁー、危なかった〜。なんとかなった〜。スカートも押さえてたから見られてないだろうし!」
だが、なんとかなってはいないことにスズネは気づかなかった。
二人の松明が、曲がり角のど真ん中に転がってしまっているのだ。
見張りの二人組が黙っているわけがなかった。

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