「ところで、逃げ場所とかあるの?」
「そんなのないわよ。適当な所で身を隠していればいいでしょ」
「なら、ハイネの店に行こ! カフェとバーをしている店」
「それってもしかして、マキシウェル通りの『インフォマツィーネ』の事かしら……ハイネっていう女店主がやってる」
「知ってるんだ! なら、話が早いね! バラバラに別れて、そこに集合するってのはどう?」
先に進んだ曲がり角で二人とも右に曲がった。
敵の声も聞こえてきているのを察するに確実に追いかけてきている。
「意外と頭が回るのね……でも、私を引き入れて良いの?」
「え? なんで?」
「自分で言うのもなんだけど、得体が知れないじゃない」
「別にいいんじゃない。そもそも、オカマなんだし、得体知らなくても大丈夫。それにアンタは裏路地の情報を知ってるみたいだし、リン姉のお手伝いも終わって、こっちとしてもいい事だから」
「リン姉?」
「うん! アタシのお姉ちゃん! と、こっからはバラバラで行こ!」
裏路地を出ると、マクスウェル通りに出た。
そのまま、真っ直ぐに降れば、ハイネの店『インフォマツィーネ』まで行けるが、馬鹿正直に向かう訳には行かない。
「わかったわ、ひとまずそのお店で」
「絶対、来てよね!」
オカマは王城側へと曲がり、スズネは通りを渡って、小道へと進んだ。
追手達が裏路地から出てくる頃には、二人とも違う道へと走っている所で。
「くそっ! 手分けして追え! 見つけたら、殺してでも連れて来い!」
追手もバラバラに追いかけ始めた。
「この事がバレたら、俺たちもタダじゃすまねぇ。ボスに殺されちまう……」
「何の騒ぎだ?」
「ボ、ボス!」
追手のリーダーの前に敵のボスらしき、黒いローブを身に纏った男が立っていた。
――――――――
「これだけ距離があるなら、逃げるのなんて余裕余裕! さっさと逃げて、依頼を終わらせちゃおっと!」
細い小道へと入ったスズネは、道に置かれている物を避けながら進んでいく。
このまま城壁に突き当たるまで逃げてぐるっと遠回りにハイネのお店へと向かうつもりである。
そして、進む事三十分ほど。
「あれ? なんかおかしくないこの道……もう城壁に突きあたってもおかしくないのに。それに追手も来てない」
どうも様子がおかしい。
そう思ったスズネは足を止めた。
もう城壁までついていてもおかしくないのだが、一向につかないのである。
それに、景色もそこまで変わっていない。
「どうしよ……あ、こんな時のリン姉〜」
ポーチから手紙を出して、しばらく眺めた。
だが、書き出されない。
どうやら、席を立っているのかもしれない。
「あ〜、これは自分で何とかしないとだよね〜。でも、どうすれば……ん?」
手紙を仕舞って、腕を組んだ。
視線を上げた時にある目印を見つけた。
白い三角。
上を指す角が異様に長い三角があった。
それにつられて、スズネは夜空を見上げた。
細い小道の狭い夜空は、星が綺麗に瞬いていた。
「なるほど。上に登れば良いって事だね!」
スズネは足に魔力を溜めて、地面を蹴った。
細い小道から覗く夜空に向かって、屋根へと登った。
今晩は三日月の夜だが、今まで暗い所にいたせいか、明るく感じる。
「良い夜空だね〜。あ、敵はいるかな?」
こっそりと屋根の上から見下ろすと、スズネが入って行った狭い路地の前で追手であろう敵達が屯していた。
「この路地はおかしい!」
「走って入った奴の姿が消えた!」
「お前、行けよ!」
「行く訳ねぇだろ! お前が行け!」
などと言い合っているようだ。
生憎、スズネに気付く者はいなかった。
「何だか知らないけど、ラッキー! このまま屋根伝いにハイネの店に帰ろっと」
スズネは、しめしめと思いながら、屋根から屋根へ飛び移って、ハイネの店へと帰っていくのであった。
――――――――
「奴め、どこに行った……」
「俺はあっちを探してみる」
「頼む、俺はこのまま先を見てくる」
二つの足音が遠のいていくのを聴きながら、息を吐いた。
三又に分かれた曲がり角。
追手が来なかった右側の路地、物陰に隠れていたオカマは座り込んだ。
「……とりあえず、撒いたかしらね」
敵との戦闘は大方、スズネが片付けたから疲れは少なかったが、走った事で息が少し上がっている。
息を整えながら、インフォマツィーネに向かうかを考えていた。
本当に行って大丈夫なのか。
もしかすれば、敵と手を組んでいて、私を確実に捕まえるための罠かもしれない。
でも、そう考えるにはアジトの目の前で戦った時にわざわざ私を助けようとはしない。
そして、敵がセオリーを組み立てたなら「裏路地の情報がほしい」なんてそんな安っぽい理由にはしないはず。
「信じていいのかしら……」
「信じて大丈夫ですよ?」
「ーーーーーっ!!」
耳元で突然の声が聞こえたせいで、身体をびくつかせて、即座に杖を出して、声の主へと向けた。
杖を向けられた本人はゆっくりと立ち上がって、オカマを見下ろした。
どこか覚えのある声と姿にオカマはゆっくりと杖を下ろした。
「……師匠?」
「はーい! ご名答です! 元気にしてましたか?」
スズネと同じ髪の色をした女性が立っていた。
「まぁ、今取り込み中ですが、元気です……所で、なぜ、そんな格好を?」
「ふふ、私にも事情があってね。今はこの格好が一番都合がいいの。着替えるのも面倒だからこのままできちゃった」
濃い紫のローブを着た女性は、顔に手を添えて、微笑んだ。
占い師のような姿にオカマは少し怪訝そうな目を向けるが、すぐにやめた。
考えた所で師匠と慕う女性が考える事は、自分では分からないからだ。
それは魔法や格闘術を教えてもらっていた時からそうだった。
「詳しく聞いた所ではぐらかされるので、理由は聞きません。でも、今、このタイミングで僕に会いに来た理由は聞いていいですか?」
「そんなの言わなくてもシグくんなら大体、予想ついてるんじゃないですか?」
質問に対して質問で返され、シグと呼ばれたオカマは縫い合わされたように口を閉じた。
その顔が面白かったのか、女性は少し笑った。
「貴方が妹のスズネと、ちゃんと出会ったから会いに来ました」
「妹のスズネ?」
シグはさっきまで一緒にいた女性を思い出した。
「リン姉」と言っていたことに引っかかっていたが、そういう事かと合点がいった。
「あれが師匠の妹……あまり似てませんね」
「そうね〜……スズネはどちらかと言えば、お父さん似かもしれない」
「いや、そういうことじゃなく」
「あ、そうだ。これを機に師匠呼びは終わりね」
「え」
「これからはリンネさんって呼んで」
「その、呼び方を変えるのは構いませんが、何か意図が?」
「ちゃんとあります!」
「わ、わかりました。リンネさん……これでいいでしょうか?」
「うん! ばっちり! あと、シグくんにもスズネの事を任せたいんだけど良い?」
「構いません……え?」
「あー、良かった。これでしばらくはスズネの事でヤキモキしなくて済むわ。ありがと」
「いや、僕は……」
「スズネはちょっとお転婆で元気過ぎるけど、悪い子じゃないから信用してほしいの。あ、好きになってくれてもいいけど、オイタはダメよ? ちゃんと交際してからじゃないとお姉さんは許しません。あと、これを渡しておくわね」
リンネはさくらんぼのように紐で結び付けられた二つの鈴を取り出し、シグへと渡した。
「オカマくんが手に負えない事があったら使って、ワタシを問答無用でこっちへ強制転移するように魔法を込めてあるから。あ、普通に鳴らしてもダメだからね。しっかり魔力を込めて鳴らしてね」
「し、師匠、私はまだ了承したわけでは……」
「じゃあ、スズネの事、ハイネさんと協力して面倒見てあげてね。お願いしますね〜」
リンネは言うことだけ言って、オカマの目の前から消えた。
残されたシグは、リンネが居たところをしばらく眺めてから、手元にある鈴を見た。
「強引なやり方は似てるかもしれない……仕方ない。師匠……リンネさんに言われたなら」
鈴をポケットに入れて、ハイネの店であるインフォマツィーネへと向かうのであった。

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