「ただいま〜!」
「ん? おー! おかえり、スズネちゃん! ヒック」
スズネが声をかけながら入ると、扉に一番近いカウンター席に座った呑んだくれの常連が出迎えてくれた。
その後を釣られるように店の中にいる常連の客達もスズネに声をかけてくれた。
その声に軽く手を振って、返事をした。
「そっか! まだバーは終わってないんだった」
「なんだ、もう仕事終わったのか?」
「まぁ、終わったようなもんかなぁ。あとは人を待つだけだし」
「そりゃ、良かった! なら、バニー姿が拝めるなぁ!」
「えー、今日はもう疲れてるから休むって〜。右手も火傷しちゃって痛いし」
「そいつはいけねぇ! ハイネさん! スズネちゃんの手を治してやってくれよ! ヒック」
ハイネは他の客と話していたが、呼ばれた事で切り上げ、バーカウンター越しにスズネを見た。
「あら、今回は早かったわね。もっとかかると思ってたのに」
「そんなことより、火傷を、ヒック」
「ん? どれ、診せてみなさいよ」
スズネは火傷した右手を差し出した。
ハイネはそれを見て、ため息をついて、左手を添えると右手をスズネの右手にかざした。
『暖かな光よ、傷を癒し給え』
「アンタ、熱くなった蝋燭を鷲掴みにしたでしょ」
「うん……わかるんだ」
「少し皮膚が爛れてたみたいね。そのあと無理に戦って、もっとひどくなってるわ」
「ちょっとバタバタしちゃって、慌てて蝋燭を消そうとしたからこんなことになっちゃった」
「火は吹きかければ、消えたのに……まぁ、言わなかった私も悪かったわね。ほら、治ったわよ」
「わぁ、ありがと! 綺麗に治ってる」
「手首も捻ってたみたいね、それも治しておいたから気をつけなさいよ」
「そだった、それは忘れてた」
スズネが手の痛みが無いかを確かめている間にハイネは辺りを見回した。
変に聴き耳を立てられていないか、いつもと違う客がいないかを気にしたようだ。
「所で、依頼はどうなったの?」
「まだ、仕事中だよ。裏路地に詳しい奴がいたからここで待ち合わせしたの!」
「敵を捕まえてこなかったのね」
「だって、馬鹿そうな奴ばっかだったんだもん。それに情報知ってそうなのがいたからそいつを助けたんだ〜。別にアタシは助けたくなかったけど、リン姉が助けてあげてって言ったから助けた感じ」
スズネは空いているバーカウンターの椅子に座って、頬杖をついた。
少し不服そうにしているのは、よりにもよって自分のパンをダメにした相手を助けなくちゃいけなかったからだ。
「助けた人は信用できるの?」
「わかんない。でも、アイツらの味方ではないから大丈夫だと思う」
「あっそ。あとはその人がこっちを信用してくれるかかしらね」
「え! 助けたのに信用されないって事ある!?」
まさかのハイネの言葉に、スズネはバーカウンターをバンと叩いて、立ち上がった。
「自分のピンチに頼んでもないのに都合よく助けが入るなんて、裏があるとしか思えないでしょ?」
「だから、こっちはアイツらの情報が欲しいって伝えてるじゃん」
「その情報を渡して良いかって事を考えないといけないでしょ。情報を渡した事でより状況が悪化する可能性も考える。得体の知れない人物に何の信頼も無しに教えられないわよ」
「え〜!……もしかしたら、来てくれないかもってこと!?」
「私なら来ないわね。信頼できる確証がない限りはね」
「で、でも、それはハイネならでしょ! 多分来るよ!」
「まぁ、待ってれば来るかもね」
そのあっさりとした返事にスズネは頬膨らまして、座り直した。
「まぁまぁ、スズネちゃん。家宝は寝て待てって言うから酒でも飲んで待とうや」
「そだそだ! 俺たちと一緒に飲もう! ヒック」
「アタシ、お酒は飲まないって決めてるから飲まない!」
そのスズネの言葉に二人の常連客は、寂しそうに離れていく。
元気付けようとしたが、余計なおせっかいだったことに酔いが覚めそうになっていた。
スズネはポーチから手紙を出して開いた。
『大丈夫。来るよ』
「え」
スズネは、もう書かれていたことに驚いた。
さっきは見ても何も書かれなかったのに。
それも自分が言って欲しかった言葉であったから余計である。
そんなスズネの左後ろでバーのドアが開いた。
スズネはゆっくりと振り向くと、バーへと入ってくる人を捉えた。
女性と見間違えるような長い黒髪に整った顔。
頭には誰かのせいで裾を破いたバンダナ。
服装もスーツベストに黒いネクタイを着けた出立ちでありながら、汚れてしまっている。
そんな人物がいきなり入ってきたので、バーの客やハイネも驚いていた。
「リン姉の言う通りだ」
オカマはドアを閉め、その視線に少し驚きはしていたが、気を取り直して辺りを見回した。
スズネを見つけると歩み寄ってきた。
「貴方もなんとか撒けたのね。捕まったんじゃないかと心配になったわ」
「ぜ、全然大丈夫だったよ! オカマも撒いてくるなんてやるじゃん」
「あれくらい、どうって事ないわよ。で? 私の情報は幾らで買ってくれるのかしら?」
「へ? 買う?」
「……貴方、情報が欲しいって言ってたわよね?」
「うん」
「……もしかしてだけど、最初から情報をタダで教えてもらえると思ってたの?」
「だって、助けたし、逃げ場のないアンタをここに招いたんだからそれで良いじゃん!」
「良くないわよ。私は貴方みたいに恵まれてはいないのよ。金になる事ならなんでもする。情報収集はその中でも重要。情報を持っていれば、貴方みたいに私が知っている情報を知りたがる人がいた時に交渉ができるわ。でも、たまにタダと思っているから困っちゃうのよね」
「そ、そうなんだ。でも、アタシ、そんなにお金は持ってないんだよね……」
「話にならないわね。それじゃ」
スズネは椅子から立ち上がり、立ち去ろうとするオカマのベストを掴んだ。
「ちょいちょい! 待って、相談するから」
「誰にするのよ?」
「いいから待ってて」
スズネはまた椅子に座りなおして、ポーチから手紙を出した。
オカマはそれを見て、訝しげに覗き込もうとしたが。
「お客さん、その子の隣でよかったらどうぞ」
「……そうね。貴女とも話してみたかったの、ハイネさん」
「私と?」
「えぇ、この子のお姉さんに頼まれたの」
「え?」
「え! オカマはリン姉に会ったの?」
「貴女のことを頼むと言われたわ」
「それなら!」
「それとこれとは話が別よ。私はあなた自身を信用したわけじゃないんだから」
「むぅ~」
スズネはまた手元の手紙へと視線を落とした。
ハイネは少し考えてから口を開いた。
「貴方の名前を聞いていいかしら?」
「私に名前は……シグでいいわ」
「……なら、シグさんと呼ばせてもらうわ」
「好きに呼んでちょうだい」
「さっきの続きだけど、リンネと話したのね」
「えぇ。ハイネさんと一緒に面倒を見て欲しいって言われたの」
「そう。ったく、この子の姉は何を考えてるんだか」
「私にもわからないわ。スズネの前には出られない理由があるのか、純粋に忙しいのかしらね」
「わかった!」
スズネがいきなり手紙を持ったまま、立ちあがった。
「急にどうしたのよ?」
「リン姉がここに情報を持っている人がいるって、依頼主さんに教えたんだって」
「なんで、そんなタイムリーにやり取りできてるのよ」
「この手紙はリン姉が直接書いたことが書き出されるようになってて、いろいろ教えてくれるの、ほら」
シグはスズネから手紙を受け取った。
すると、スズネに宛てた手紙の内容が書いてあった。
『確かに情報を買うことはあるの
情報は有益だからね
でも、今回はお金を払わなくていいよ
もう依頼主には王都の『インフォマツィーネ』に情報提供者がいるって教えているから着き次第払ってくれるからね
シグくんにもそう伝えて』
その下に追記で書き出されてきた。
『シグくん、これからリビン大臣が来るから失礼のないようにお願いしますね』
「リビン大臣……ってまさか……」
「え? リン姉はなんて?」
スズネがシグの持つ手紙をのぞき込んだ時に店のドアがコンコンとノックされた。

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