第二十一話 すごいすごい!! オカマも見てよ!! 

 

「こ、これ開けて良い?」
「待ちなさい、私もそっちに行くわ」

 ルビラが粗末そまつに置いていった報酬ほうしゅうの入った布袋ぬのぶくろ
 その前に三人は神妙しんみょうな面持ちで眺める。

「開けるからね」
「え、えぇ」
「開けてみなさい」

 スズネが紐を解いて、ゆっくり口を開ける。
 そこからは蝋燭ろうそくの灯りが反射し、金色こんじきの光りで三人の顔を照らした。
 そのまぶしさに三人とも時が止まったようにしばらく固まった。

「こ、これ! この報酬! おかしくない!? 夢でも見てるの? こんなに大量の金貨がここにあって良いの!? ねえ!?」
「王城からの報酬は破額だと聞いてたけど、これ程とは……」
「確かにこれは何か間違いを起こしそうになる大金ね」

 スズネは袋の中の金貨を掬い上げて、手のひらから少しずつ落とす。
 すくい上げては落とし、掬い上げては落とす。
 それを繰り返しながら、ジャラジャラと音を立てながら落ちる金貨を見て「やったー! わー!」と喜んでいる。

「問題は、これをどう分けるかね……」
「そうね……」

 シグとハイネは二人して、手を頭に添えて、悩み出していた。
 この報酬は三人分が合わさっている。
 親切に三等分、それも枚数が一緒であれば、喧嘩や言い争いにならずに済む。
 だが、そうではないとなるなら、穏便に話し合うのが一番。

「これは、私のだから」

 さっきまでジャラジャラと音を立てて喜んでいたスズネが手を止めて、ぼそっとそう呟いた。
 
「それはおかしな話よ」
「全部、あんたのはおかしいわね」

 その言葉を聞き逃す二人ではなく、すぐさまスズネの背中に向き直った。

「だって! そもそも、リン姉に頼まれたのはアタシなんだよ! それを二人は手伝ってくれただけじゃん!」
「手伝ったから貰う権利があるんでしょ? あと、ルビラに渡した手紙はただの手紙じゃない。あれには裏路地を仕切っていた本当の黒幕からの指示書なのよ。安くない情報だったの。わかるかしら?」
「そんなの知らないもん! オカマが勝手にルビラに渡しただけなんだけど!」
「じゃあ、貴女がその報酬で情報代を払ってくれれば良いわ。そうすれば、実質、報酬をもらった事になるんだから。それに、ルビラはしっかりと「報酬を上乗せして」と言っていたわ。なら、私もその報酬からもらう権利があるわよね?」 
「そんなの聴いてません〜! なんと言おうともこれはアタシのだから!!」
「ルビラは三人で分なさいって言ってたでしょ! 離しなさいよ!」
「やだやだ! 全部アタシの〜!!!」

 スズネは布袋を抱きしめて離さない。
 シグは無理やり布袋を奪おうとするがびくともしない。
 なんとか布袋を掴んで、取り上げようとしても、スズネはひきづられようとも離さない。

『飢える木の根よ、この二人をしばりなさい』
「「え!」」

 二人のやりとりを黙って見ていたハイネがこっそりと杖を出して呪文を唱えた。
 すると、床を突き破る勢いで生えてきた木の根が布袋を奪い合う二人に絡みついた。
 シグはすんなりと布袋から手を離したが、スズネは抱きかかえたまま、木の根に持ち上げられた。

「もうまどろっこしい! この報酬は私がアンタ達のために使ってあげるから渡しなさい!」
「とか言って、自分のために使うんでしょ!」
「アンタと一緒にしないでもらえる? 報酬でもらえるであろう額をもらうだけよ!」
「ドア壊れてないから大丈夫でしょ!?」
「場所の提供代と魔法でアンタたちを守ったんだから、もらって当然よ。あと、床も直さないとね!」
「それは自分でやった事だよね!? しかも、ハイネなら魔法で直せるし!」

灼熱しゃくねつの炎よ、布袋以外焼き払い……』

「わー!!! わかった! わかりました〜!! ハイネに預けるから許して! ね、オカマ!」
「もともと、私はハイネさん側なんだけど」

 そうして、金貨の詰まった布袋はスズネから大人しくハイネに渡され、報酬の分配はとどこおりなく決着したのだった。

――――――――

「あ〜ぁ、せっかくの大金だったのになぁ」
「全くよ。なんで、私までとばっちりを受けないといけないのかしら」
「知らなーい……ってなんで、オカマがここに居るのよ!」
「……話、聴いてなかったの? ハイネさんが今日はスズネと一緒で悪いけど、泊まりなさいって言ってくれたのよ」
「よりによってなんで、アタシの部屋〜? あの報酬のお金で宿の一つでも取ればいいじゃん!」
「ハイネさんはこの報酬で足りるか、心配なのよね〜ってひとちりながら出てったわよ?」
「何買うつもり! オカマはオカマで一文無しな訳?」
「訳ありの裏路地に居たんだから、当たり前でしょ」
「えー、オカマと二人で寝るの〜」
「貴女はベッド使いなさいよ。私は屋根とこの布団があればどこでも寝れるわ」

 シャワー上がりのスズネは濡れた髪を拭きながら、ベッドに座る。

「外でも屋根があれば?」
「寝れるわね」
「えー、なんかそれはそれで」
「何よ、思っていたより面倒な性格してるわね」
「アンタに言われたくないんだけど!」
「あら、私は性格は良いと思ってるけど?」
「そんな形って事は、どうせ男の方が好きなんでしょ! 男のくせに!」
「……この状況でその話したとして、女の方が好きって言ったら貴女は寝れるのかしら?」
「……な、なんでもないです。ちなみに、襲わないわよね?」
「襲わないわよ、男の方が好きだから」
「やっぱり、男の方が好きじゃない!?」
「今のは貴女を安心させるために言ってるのよ! 察しなさい」

 言い合ったことで二人は荒げた呼吸を整える。
 オカマは木の箱を三個壁に寄せて、座った。

「貴女のお姉さん……リンネさんに貴女のことをハイネさんと一緒に面倒見て欲しいって言われたのは覚えてるかしら」
「あー、そんなこと言ってたね。ホントなの?」
「信用できないなら、後でリンネさんに聞けば良いわ。私は貴女の何でも屋を手伝う事にするから」
「なに、勝手に決めてるのよ」
「今日の戦い方を見てると危なっかしいし、手負なのに無理して戦ってたでしょ?」
「知ってたの?」
「……明らかに左と右で威力が違ったわ。それに時折顔にも出てた。そんな無理な戦い方をするなら、そばで一緒に戦った方が良いわ。これでもリンネさんに鍛えられたから」
「アンタもリン姉から?」
「そうよ……まさかとは思うけど、貴女も?」
「うん! 妹なんだし、当たり前! アタシの格闘術も魔力の使い方もリン姉直伝! それに免許皆伝なんだから!」
「通りで既視感があったわけね……魔力の使い方は変わってるけど、ハイネさんの考えそうな事ね。何か理由があったのかしら」
「なに、ブツブツ言ってんのよ」
「とにかく、ハイネさんの教えだからと言っても貴女の戦い方は危なっかしいの。この際、下っ端でも良いわ。貴女が何でも屋として依頼を受ける時は私もついていくからそのつもりでいてちょうだい」
「わかりました〜。なら、条件としてお互い隠し事無しでやろ?」
「急にまともな事言うじゃないの」
「別にいっつもふざけてないし! 信用できない相手には背を預けちゃダメだってリン姉に言われてるから一緒にやってくならそれくらいしないとね」
「そうね……私、ある人物を探すために王都で情報を集めているの」

 スズネは髪を拭くのをやめて、タオルを首元にかけた。

「これは私の問題だから、貴女は協力しなくて良いわ。ただ、誰かを探してるって覚えていてくれるとの嬉しいわね」
「人探し……」
「あと、私の長い髪は魔力が込められるの。長くなればなるほど、魔力が込められて、抜けた髪の魔力を使って強い魔法を使う事ができるわ」
「なにそれ、オカマの人ってそういう力でもあるの?」
「もし、そうなら、もっと有名になってるでしょ」
「それもそっか。なら、アンタ特有ってこと? どゆこと?」
「わからないわ。私が探している人なら何か知ってるんじゃないかと思って探しているの」
「そうなんだ。早く見つかると良いね」
「そうね。何でも屋の事を手伝いながら、気長に探させてもらうからよろしく」
「おけ! じゃあ、次はアタシね!」

 スズネはベッドの上で立ち上がった。

「アタシはリン姉より強くなる事と、リン姉よりも有名な何でも屋になる事! それを叶える為に王都に来たの!」

 シグは足をスズネ側に組んで言った。

「リンネさんよりもってなかなか凄いこと言ってるけど、大丈夫なの? あの人は相当強いし、容赦ないから何でも屋でも名が売れてるみたいよ。じゃないと、あの大臣から依頼も来ないわ」
「やっぱり、そうなんだ! リン姉は凄いな〜! アタシも頑張らないと。」
「……まぁ、いいわ。これからよろしく、スズネ」
「うん! リン姉に会いたいんだけど、忙しいみたいだから会えてないんだよね〜。会う事も王都に来た理由だから。オカマがまたリン姉に会ったら何話したとか教えて欲しいな」
「はいはい、わかったわ」
「あ、オカマって名前なんて言うんだっけ?」
「……名前はシグよ。私は幼い頃に両親が亡くなって、一人で生きてきたの。そこでリンネさんに助けられて、生き方や戦い方、魔法の使い方も教わったわ。その頃からは髪の毛の事も知っていた。髪が長ければ長いほど、溜まる魔力の強さも比例して強くなるから髪を長くするようにしたわ。髪の長い男性なんて良いようには見られないし、オカマって事にしているわ」
「そっか……わかった! これからよろしく、オカマ」
「よろしく」

 スズネから差し出された手をシグは握り返した。

「聞いときながら名前で呼ぶつもりはないのね」
「オカマはオカマだからね」
「はいはい」

 その後、二人は寝る事にした。
 スズネはベッド。
 シグは並べた木箱の上で横になった。
 スズネが規則正しい寝息を立てる頃、シグは少し目を覚まして、ベッドへと目を向けた。

(スズネ、ごめんなさいね。師匠の妹を私の問題に巻き込む訳にはいかないの。)

 そう思いながら眠りについたのは、また別のお話。

――――――――

「二人とも起きなさい!」
「うーん……? なに、ハイネ。アタシまだ眠いんだけど……」
「二人に見せたいものがあるから表に出てちょうだい」

 シグは体起こして、ハイネへと首を傾げた。

「えー、やだよ! もう少し寝る!」

 スズネはベッドの上でさらに丸くなる。

「アンタの何でも屋を建てたのにいいの?」
「え!! アタシの!! み、見る見る!!」
「この店の上を見てみなさい」

 ベッドから飛び出して、部屋からも飛び出して行った。

「建てた? 一晩で?」
「ふふ、おかげでこちとら徹夜よ」
「それはご苦労様」

 徹夜のせいか、不敵に笑うハイネの目元にはクマができていた。

「資材とかはどうやって?」
「そこは私のツテを使ったのよ。そのせいでちょっと高くついたけど、目を瞑るわ」
「そのツテ、私にも教えてくれないかしら」
「代金次第ね」

 したり顔のハイネにシグは首をすくめた。
 
「すごいすごい!! オカマも見てよ!!」
「はいはい、今行くわよ」

 外で騒がしいスズネに次いで、シグとハイネが店の表に出て、三人は店の二階を見上げた。
 そこには『何でも屋 スズネ』と書かれた看板が張り出された誰が見ようとも何でも屋の家兼事務所が建っていたのだ。

「ハイネさん、ホントに頑張ったわね」
「ふふ、おかげで報酬の金貨はほとんどパーよ」
「え! その為に使ってくれたの! ありがと、ハイネ! 昨日はごめんね!」
「うるさいわよ。これからは二人ともあっちで寝泊まりしなさい。一部屋ずつ用意してあるから。何でも屋の仕事がない時にこっちの事を手伝ってくれたらいいから。それじゃ、私はしばらく休むわ」
「え! 店はどうするの?」
「ん」

 ハイネはマキシウェル通りを歩きながら店のドアへと指差した。
 そのドアには魔法なのか、光る文字で浮かび上がっていた。

『臨時休業。3日間、お休みさせて頂きます』
「お休みするのね、なるほど。って!! アタシのご飯はどうしたらいいのよ! ねぇ、ハイネ〜!」
「何でも屋の事務所にお金は置いたからそれでなんとかしてちょうだい。私はしばらく家で寝るわ……探さないでよ」

 力のない声で言う割には通る声をしているハイネはゆっくりと大通りを歩いていく。

「なら、いいや! オカマという下っ端も増えたし、何でも屋もできたし、引っ越しやら準備やらして、今日からやってこう! ね、オカマ!」
「そうね……まずは内見かしら」
「そうだね! 部屋はアタシが先に決めるから」
「はいはい。好きにしなさいよ」

 こうして、『何でも屋 スズネ』が誕生したのであった。

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