黒狼記 弐 九尾に良いように化かされるようです

第一話 昔話 と 旅路

 

 九つのみねがある山。
 伏見ふしみと呼ばれるその土地にはけがれ知らずの本殿ほんでん
 九つの峰には、九つの社があると言われている。
 この大社には九つの尾を持つ神が住まうとされ、気に入られれば願いを叶えてくれると立札がかかげられた。
 その事もあり、造営された当初は大いに賑わい、我先われさきに願いを叶えてもらおうと多くの人や妖怪の類いが押し寄せたという。
 しかし、その神に出会えた者は今だに居ない。
 人々からも妖怪の類いからも神の存在を怪しまれ、参拝する者は指折り数えるのもはばかられるようになった。
 誰しもがもうすでに願いを叶えてもらったとも考えずに。

・ーー・ーー・
 
「お主がわざわざ本殿に姿を現すとは……何か、あったのかえ?」
「はい、黒狼こくろうが本州に渡って参りました」

 本殿の中にて、垂れまくすだれに映る影が揺れた。
 
「そう……やっと準備ができたという事かえ」
「その様で。次は京へ向かうと」

 報告する者は真っ黒な忍び装束を身に纏っている。
 右膝と右手をついて座り、頭を下げている。
 
「もちろん、わらわの所へ来るんやろうな?」
「はい。恥を忍んで、まずはこちらに来るとのことです。どういたしましょうか?」
「そうやねぇ〜……ちと退屈しとったとこやし、小手調べがてら遊ばせてもらおかな〜」

 ゆったりとした妖艶ようえんな声色は嬉しそうにおどっている。
 やっと待ち望んでいた事が動き出そうとしている事に想いをせた。

「弓月がどんな子と旅しようとしとるのか、楽しみやわ」

 九つの尾を揺らして、妖気をたかぶらせる。
 垂れ幕と簾が妖気の余波で吹き乱されだした。

「恐れながら……少々妖気が、乱れております」
「お〜、すまんすまん。なにせ口惜くちおしい別れ……からの待ちに待った再会が嬉しくて、ついの」
 
 妖気を抑えながら着物の裾を口元に寄せた。
 
「三日程で着くかもしれんし、早急に弓月達をもてなす準備をせい」
御意ぎょい

 忍は一瞬にして本殿から姿を消した。
 九つの尾の両端が白い狐娘きつねむすめに変化した。
 二人にその垂れ幕と簾を目の前だけたくし上げさせる。
 それが終えると元の場所へ向かい煙に巻かれて、尻尾へと戻った。
 
「ついぞ、この時が来たか……これで終わりにせねばな。のぅ、弓月?」

 本殿の中から黄金色こがねいろ芒野原すすきのはらを眺め、そう呟いた。
 
・――・――・

 桜のつぼみふくらみ、さびしげな枯れ木を風情ふぜいある木へと変わろうとしている頃。
 踏み慣らされた街道を行き交う人々が歩いていた。
 その中に三度笠さんどがさを被り、風呂敷で包んだ大きな荷物を背負う二人がいる。
 小柄な女性を先頭に、黒い狼耳おおかみみみと黒い尻尾のある縞合羽しまがっぱを身につけた長身な男がついていく。
 旅立って間もなく、二人の間にはあまり会話はない。
 女性に至っては地図に視線を落とし、歩いている。
 最初こそ、その歩みに違和感を感じていなかった男だったが、次第に心配し始めていた。

「おい、椿つばき。顔を上げないと危ないぞ?」

 その呼びかけにも返事はなかった。
 そんな様子だから、男は余計に心配になり、後ろから椿の見る地図を覗き込もうとした時である。
 前から大荷物を乗せた荷車を引く牛の妖怪が椿へ近づいてきていた。

「おいってば! ……仕方ないっ!」

 また声をかけても返事のない椿を問答無用に持ち上げた。
 おっとっと。
 思っていたよりも椿の背負う荷物が重く、よろめきながら道端へと避けた。

「すまねぇな、にぃちゃん」
「こっちこそすまない」

 申し訳なさそうな牛の妖怪に軽く頭を下げて、通り過ぎるのを見ていた。

「あれ? 進まなくなりました?」
「そりゃ、俺が持ち上げてるからな」
「へ? ……え!? な、なんで?」

 なんで意識を戻したのか、わからない男だが。
 どうして男に抱えられているのか、椿にはわからずに慌てた。
 しかめっ面の男はジタバタとする椿を地面に下ろした。
 椿は赤髪赤目あかがみあかめ折れた角、赤鬼の半妖である。
 小柄でありながら男よりも大きな荷物を背負っている。

「て言うか、さっきから俺が声を掛けても返事がなかったんだが?」
「え、あ。そうだったんですか、それはすみません」
「……まぁ、それはいい。ずっと地図を見てたけど、なんかあったのか?」
「はい! これを見てみてください」

 見せられた地図は旅立つ前に見たよりも全体的に線が薄くなっているように見えた。
 それが些細ささいな事に思うくらいに変な点が他にもあった。

「ここんとこ、妙に線が濃くなってないか?」
「そうなんですよ! 私もなんだろ?って思ってずーっと見てたら、これ私達が歩いてきた道が濃くなるようになってるみたいなんです!」
「おー! すごいな! これなら、俺でもわかりそ……」

 そう言いながら地図に男の手が伸びると、椿はさっと地図を胸元に寄せた。
 地図はお陰様でくしゃりとしわができた。
 椿の眉間にも皺が寄って、男を軽くにらんでいる。

「そんなあからさまに嫌がらなくても」
方向音痴ほうこうおんちあおさんに渡したら、大変な目に遭いそうなので」
「いやいや、流石にそんだけわかりやすい地図があれば、俺だって迷わないはずだ」
「じゃあ、聞きますが。京へ行くにはどっちへ行けばいいですか?」
「そんなの簡単だ、あっちだろ」

 いくら方向音痴と言えど、さっきまで向かっていた方向を間違えるわけはない。
 すぐに牛の妖怪が向かっている方へと指を差した。
 二択をことごとく間違えている男は黒髪に青みがかった眼。
 黒狼妖怪こくろうようかいである蒼。
 その方向音痴は筋金入りに違いなかった。
 指差した方向を見て、椿はため息をついた。

「蒼さんに旅は早すぎましたね」

 そうあきれながら正しい方向へ歩き出した。
 
「あ、おい! そっちじゃなくて、あっちだって! 弓月ゆみづきからもなんか言っ、痛い! やめろって! わかった、黙ってついてくから!」

 その言葉、その態度にむっとした蒼はムキになって、間違った方向をさらに指差す。
 だが、黒い人魂ひとだまが出てきて、蒼の頭に何度も体当たりした。
 痛みと自分の行いの反省をしつつ、椿の後をついていくのだった。
 黒い人魂は魂だけの存在となった蒼のご先祖である弓月。
 とある使命をやり遂げるために子孫の身体を借りながらの旅の最中。
 そんな三人が向かうのは京の都、平穏京へいおんきょう
 生骸大乱せいがいのたいらんの後にきずかれ、天下泰平てんかたいへい
 その名の通り、変わった事が起こらずおだやかな都でございます。
 ただ、それも都の外から見ればのお話。
 内側というものは見るも考えるもおぞましいほどに様々な野心が混沌こんとんが入り混じっているものでございます。
 
 そんな都におもむく三人に待ち受けるものとは!?
 鬼が居れば、邪も出るか!?
 救いの手は狐の招き手か?
 黒狼記、第二章。
 始まり始まり〜。

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