第十三話 ちょっとした一悶着

 

「っ……思ってたより痛いな」
 
 にしき達が去った後に階段に腰掛けた。
 試練の中、ずっと刺さりっぱなしだった手裏剣を抜いた。
 刺し傷から血がにじみ出てきている。

「私からしたらすごく痛そうなんですけど。今すぐ治しますね」

 椿つばきが左足の甲へと手を差し出すと、あおはその手を握り首を振った。

「このままでいい」
「え、でも」
「これも試練の内だ。怪我をしたら毎回椿に治して貰ってたら俺への甘えにもなる。戦いの中で怪我をするのは仕方ない事だが、怪我をしても治してもらえると思いたくない」
「だったら! 怪我しないように戦ってください! 私は戦えないから蒼さんが戦っている所しか見れないし、怪我をする所を何もできずに見るしかないんです……」

 蒼の手を払って、膝をついた足に手を押し当てた。
 顔も俯いて、肩を揺らしている。
 忍にさらわれた時に感じていた感情を吐露とろする。
 自分が足手纏あしでまといになっている不甲斐ふがいなさを。
 
「蒼さんが自分に甘くなるのなんか知りません! それは勝手に自分でどうにかしてください! 怪我をしたなら私は問答無用で治します! 今の私にはそれくらいしかできないですからっ!」

 涙目になりながら蒼の返事を待たずに、足の甲へと手をかざした。
 淡い光が怪我を治していく。

「分かった。怪我をしたら、椿に治してもらうようにする」
「いいえ! もう怪我してたら問答無用なので、蒼さんから言ってこなくても見つけたら勝手に治します!」

 左足の甲の怪我を治すと次は右太ももの怪我に手を伸ばした。

「そんな意地を張らなくても……」
「張ります! 痛いくせに私の手を退けようとする蒼さんなんて知らないです!」
「悪かった」

 椿は溢れそうになった涙を左袖で雑に拭くと、左手も右太ももの怪我へと向けて、治癒を早めた。

「気を抜いて戦ってるわけじゃないが、できるだけ怪我をしないように気をつける」
「勝手にしてください!」

 そこからは二人とも静かに怪我を治し治されとなった。
 手裏剣の切り傷やら軽い打撲やらも問答無用に治された蒼は軽く身体を動かして痛いところがないかの確認をした。

「もう痛む所は無いですか?」
「どこも痛くない。ありがとう」
「別に私は治したくて治しただけなので礼を言われる事はしてませんよ! どういたしまして!」
「まだ意地張ってるのか?」
「しばらくは張ることにしました。蒼さんは痛かったのに我慢する事はない事、少しは身に染みてわかりましたか?」
「はい、わかりました。我慢しようとしてすみませんでした」
「よろしい。妖怪だろうと痛いものは痛いでいいので、無理しようとしないでくださいね! あと、変に意地を張らないでください! こっちも意地を張らないといけなくなるので!」
「はい……」

 と狼耳と尻尾を垂れ下げて、反省する蒼を見て、くすりと笑った。
 忍を蹴散らす蒼が戦えない椿に対して、歯が立たないこの状況が面白くなってしまったのだ。

「なんで笑ってるんだ?」
「いえ、なんでも。さ、御供えしましょ」

 先を歩く椿についていきながら、頭をかいた。
 泣いたり怒ったり笑ったりと表情をコロコロと変える椿に困惑する事はある。
 でも、それも悪くないと思い、軽く尻尾を揺らした。

「次の試練からは、俺から離れといた方がいいな」
「……また私を除け者にするつもりですか?」
「い、いやいや、違う違う」

 調子良く社へと向かう椿は足を止めて振り返ると、そこには般若はんにゃの如き顔が張り付いていた。
 それを見て、蒼は慌てて両手を向けた。

「ほら、十影とかいう忍が言ってただろ。女や子供には手を出さないって。それなら、俺が椿を抱えなければ椿は安全な訳だし、俺としてもわざわざ危ない思いをしてほしくなくてですね? そういう事だから、さ?」

 思いの外、怒っている顔で見られるのは迫力があり、あまり使いもしない言葉も出てきてしまう始末だった。
 それを聞いて、椿も般若の如き顔をおさめた。

「確かに。それなら、お荷物や足手纏いにはなりませんし、良いかも」
「だ、だろ? 俺が戦いにくいとか度外視にして、椿が安全なら俺も怪我をせずに試練を乗り越えられるしさ」
「……なんか、その言い方だと私のせいで怪我したみたいですけど? なんなら、さっきは私、蒼さんに守られてませんでしたが? あれ〜?」
 
 椿にじっとりとした目を向けられ、冷や汗が溢れてきていた。
 今更になって、一言多かったのを後悔しても遅い。
 ただただ目を逸らして両手を上げることしかできない蒼である。

「でも、さっきの試練は相手もかなり本気な気がしました。次の試練からは、二個目までの試練のように簡単には行かなさそうですもんね……言い方は少しどうかと思いましたが、許してあげます」
「ごめんなさい、ありがとうございます……」

 また狼耳と尻尾を垂れ下げ、冷や汗を拭った。
 まさか椿が怒るとこんなにも怖いとは思っていなかった。

(守るだけじゃなくて、椿の事もちゃんと知らないといけないな)

 会ってから弱々しい印象があったが、一緒にいる中で見えてくる一面もある。
 今回は怒られる形になってしまったが、自分を痛ぶった力地の怪我を少しでも治すという優しい一面もある。
 過去の事を思い出して、辛くうつむく一面も。

(旅を続ければ、色んなところを見られるのは楽しみだ……怒られるのは嫌だから気をつけるとして)

「どうかしました? 難しそうな顔してぇっ!?」

 横に並んで歩いている蒼の顔を覗き込むように見たせいであろう。
 椿は石畳の階段につまづいた。
 蒼もそれに気づいたが、少し遅れてしまい、仕方なく椿の襟元を掴んだ。

「あ、危なかった」
「あ、ありがとうございます。ちょっと油断しちゃいました」

 照れ笑いしながら頭を撫でる。
 そんな一面も好ましくて、蒼は尻尾を振った。
 三つ目の社も狐が現れ、稲荷寿司を食べ終えると白い勾玉が渡された。
 その勾玉も椿の下げているものに吸い込まれた。

「今更ですけど、あの狐もですが、この勾玉はどうなってるんですかね?」
「たぶん、あの狐は付喪神つくもがみの類だと思う」
「付喪神」
「物に魂が宿るんだ。大切にしている物やよく使い込まれた物には使ってた人の想いがこもってそれがいつの間にか魂を生み出す。あの石像も大切にされてきた物なのかもしれない」
「なるほど。じゃあ、この勾玉は?」
「うーん、稲荷寿司をくれた感謝の気持ち、とか?」
「ふふ」
「なんか面白かったか?」
「いえ、食べ物もらって喜ぶのをどこかの誰かさんと重ねたら面白くって」
「誰だ、それ」

 そのどこかの誰かさんは先を歩いていった椿について行くのだった。

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