第二十四話 企み と 企て

 

「さ、そろそろ、ここに来た理由を聞くとするかの」

 季喬ききょう扇子せんすを広げて、口元を隠した。
 世間話はこれくらいにしてと含みのある言葉に弓月ゆみづきも耳をピクリと跳ねさせた。

「では、御言葉に甘えさせて頂きます。私の一族、主に私の島流しの刑を取り消してほしいのです」
「そないなこと、もうないようなもんやろ。弓月はあおの身体を借りて本州にあがって来れた。それに妾たちが恐れていた事はこの三百年程の間、起こらんかった。それにわらわたちの事を知っておる者は喜ぶべきかはさておき少なくなった。そうなれば、身を隠す必要もない。堂々と旅しなはれ」
「承知しました。ありがとうございます。されど、黒狼のことを知っている者からすれば、口ではなんとでも言えると言ってくるでしょう。であれば、手間ではございますが、季喬様からのお許しが出たあかしが頂きたい。書面でも物でも良いです。もし、言いがかりをつけられた時はそれを見せましょう」
「ふむ。やること、なすこと、乱暴……雑やった弓月にしては謙虚けんきょなものじゃな。昔のように力と暴言で捻じ伏せれば良かろう」
「今や、私一人だけの旅ではありません。それに影がひそんでいるだけとはいえ、昔よりも平和になっております。そんなところで私が暴れるでもすれば、この俗世ぞくせの敵は黒狼になってしまいましょう」
「ちょっとした冗談やのにつれへんわ〜。証な〜、どうしたもんやろか〜」

 退屈そうに目を閉じて、考えてるような考えていないような間を落とした。
 椿つばきは黙って聞いていたのだが、胸元に下げてある黄色い勾玉の事を思い出し、取り出した。

「あの、これは……」
「せや。証はこっちで考えとくから、こっちの頼みも聞いてくれへん?」

 思いついたと言わんばかりに話し出した季喬によって、椿の言葉は遮られてしまった。
 弓月も椿が何か言おうとしたのを聞こえていたが、季喬の言うことを優先した。
 
「わかりました。その頼みとは?」
「なにやら、平穏京へいおんきょうで良からぬ事が起きそうでな。それを阻止してほしいんや」
「良からぬ事……」
「近々、まつりごとがあってな。そこで出てくる貴重な品を狙っとるやからがおる。其奴そやつらを引っ捕えるか、必要とあらば、殺して構わへん」
「敵の数はわからないのですか?」
たくらみがわかっただけやわ〜。それだけわかれば、こっちのもの。ちょうど弓月達が来てくれたおかげでなんとかなりそうやし」

 それか、と扇子をゆっくりと閉じながら季喬は弓月を見据えた。

「弓月達が来たから。なんかもしれんけどな〜」

 その視線の意味を椿は知るよしもないが、弓月にはいやおうでも知り得た。
 力地りきじの中から出てきた黒いきり
 弓月が直接会ったわけでは無い。
 蒼の姿を見て、『仇敵きゅうてき』と言って逃げていった霧を思い出していた。
 霧は東の方角へと逃げていった。
 弓月達よりも先に平穏京へと着いていてもおかしくはない。
 そして、仲間がいてもおかしくはないのだ。
 霧の正体は分かっていないが、十中八九じゅっちゅうはっく
 
「その政はいつ行われるので?」
「今日を含めれば、あと十日やな」
「ならば、急がねば」
「待ち、まだもう一つ頼みを聞いてもらうさかい」

 立ち上がった弓月に季喬は指を差した。
 その時点でもうすでに弓月の左肩、青い人魂へと糸が張り詰めていた。

「なにをっ」
「頼み言うても、拒否権はないんやけどな」

 言い終わると同時に張り詰めていた糸は、青い人魂を弓月から引きがした。
 力が抜けたかのように弓月は膝から崩れ落ち、少しの間、茫然自失ぼうぜんじしつになっていた。
 
「ゆ、弓月さん大丈夫ですか!?」
「あ、ああ」

 椿は弓月に駆け寄ると、少し意識が戻ったのか、弓月は大きく息を吸う。
 
「器用な事をするな〜。自分の体にもう一つ魂を抱え込むなんて正気じゃないやろ〜。おー、こっちの子もびっくりしとるな〜」
「な、なぜ、このような事を……」

 弓月は眉間にしわを寄せた。
 季喬の奇行に困惑しているのは見て取れる程だ。

「さっきも言うたやろ? よくない企みを阻止してほしいって」
「その事と今の行動がどうして、結びつくのでしょう?」
「そのうち、わかるわ。あと、その姿やと悪目立ちしてしまうな〜」

 季喬は二人に向かって人差し指と中指を向けた。
 向けてすぐに指先から糸が出てきている。
 その糸は素早く二人をそれぞれ包み込んでいった。

「えぇ!? 次はなに!?」
「椿、暴れるな。これは大丈夫じゃ」
「そうそう、いい子でじっとしてればええ」
 
 季喬が出す糸に包まれていき、椿はじっとして、目を固く閉じた。
 弓月は成されるがままに軽く目を閉じていた。

「二人ともお利口さんやから、無駄に妖力使わんで良さそうやわ……ほれ、もう目を開けてええで」

 二人とも目を開け、それぞれ手や身なりを見た。

「服が白い着物と袴になってる……」
「どこか変な所はないか?」
「はい、格好が変わっただけで特には……って! 弓月さん、その姿っ!!」
「そう取り乱すな、お主もそうなっておる」
「えぇ!!」

 弓月の姿を見た椿が焦るのもそのはず、弓月の髪や狼耳が白く、尻尾も白く染まっていたからだ。
 それは弓月だけではなく、椿の姿にも言える事で。
 椿に至っては、折れた角はなくなり、白い狐耳と尻尾が生えていた。

「ええとぉー、これってどういうことなんでしょうか〜?」
「そないに取り乱さんでもええ。見た目を変えただけやから、妾の頼みを叶えくれれば、元に戻る」
「ですが、季喬様。この姿の方がかえって目立つのではないでしょうか?」
「大丈夫や。十日後の政は元来がんらい、この伏見九ノ峰大社ふしみくのみねたいしゃの巫女が行うものでな。二人には巫女として参加してもらう」
「政の重要な役どころだからこそ、怪しまれないと」
「そういう事や。まぁ、もう一人はちと時間がほしいから二人は先に平穏京へ向かって〜な」
「で、でも、そんな重要な役どころなら、私なんかよりも相応しい人がいませんか?」
「大丈夫や。弓月が一緒なだけで、問題あらへん。もう一人も腕は立つようやから安心してやってほしい……ええな?」
「は、はい」
「では、今度こそ平穏京に向かうと致します。蒼の事、頼みます」
「わかった。すぐにでも、そっちに行くから安心し〜。あと、『わらべ』が平穏京の門前で待っとると思うさかい、会うんやで」
「……承知しました。行くぞ、椿」
「は、はい。あの、失礼します」

 椿は季喬にお辞儀をして、弓月の後に続いた。

「さてと、二人も行ってもうたし、妾たちも準備しよか〜」

 掌の中にいるしかなかった青い人魂に対して、ニヤリと笑って見せた季喬に少なからず怖さを感じた蒼であった。
 

 ← 前のページ蓮木ましろの書庫 次のページ → 

 

蓮木ましろのオススメ本



コメント

タイトルとURLをコピーしました