第二十二話 試練の終わり

蒼殿あおどのやしろけんずる事をゆるそう」

 忍たちの総元締めである伊竹いたけは、何事もなかったかのようにそう言った。
 その伊竹の後ろでは。

「よくそんな物言いができるよな〜。惨敗ざんぱいして、怪我も治してもらっておいてよ?」
しかり」
「こら、二人とも聞こえますよ!」

 十影とかげ九否くいながボヤき、にしきがそれをいさめていた。
 それを蒼が見ていたのに気づいて、錦は伊竹の横まで歩み寄ってきて。

「すみません、蒼様。師匠は負けを認めるのがすこぶる苦手な方なのです。ただ、こうして面と向かって遠回しにでも負けた事を言うのは相手を認めた時なので、気を悪くしないでください」
「錦」
「出過ぎた事を言いました〜」

 わざとらしく頭に手をおいて、ささっと後ろに下がっていった。

「この社へ献ずれば、季喬様ききょうさま御尊顔ごそんがんたまわれる。早く行くがいい、黒狼こくろう
「わかった。椿つばき、行こう」
「はい」

 蒼にうながされた椿は伊竹の横を通り過ぎる時。

「感謝する」

 そう言われ、過ぎた後に振り返ったが、そこにはもう誰も居なかった。

(伊竹さん、なかなか素直になれないかたなんだなぁ〜)
「椿、どうした?」
「伊竹さんにお礼を言われました」
「そうか、良かったな」
「はい!」

 耳も良い蒼にもきっと聞こえていたのだろう。
 口元が少し綻んでいたのを椿は見逃さなかった。

・――・――・

師匠ししょうがあの黒狼に負けたと言うことはオイラ達は今日から『天道虫てんとうむし』だな!」
「然り」
けは私たちの勝ちですね? 師匠!」
「……それはゆずろう」

 三人は顔を見合わせて笑う。
 だが、伊竹はさらに続けた。

「我らは皆、奴に惨敗。修業はこれからより厳しくする。皆、休息を充分に取って修業の準備をしておけ。錦、わかったな?」
「は、はい〜、皆に伝えます〜」

 三人から笑顔は消えて、項垂うなだれたのであった。

・――・――・
 
 二人は忍達のそんなやりとりを知らずに、残り最後の稲荷寿司を石像に供えた。
 社自体は大きく立派だが、石像は小さく他の石像と変わりなかった。
 出てくる狐も他の狐達と変わりなく、供えればすぐに出てきて、稲荷寿司を勢いよく食べ始めた。

「これを見るのも最後だな」
「ですね。私は特に役立つことはありませんでしたが、無事に九つともまわれて良かったです」
「ん? 椿も頑張ってくれたじゃないか。俺の怪我も忍達の怪我も治してくれたし、道に迷わなかったのも助かった」
「それは私ができる事をしただけで……試練を乗り越えれたのは蒼さんの力あってこそでしたから」
「そうだとしても、怪我なく終えられるのは椿のおかげだ。ありがとう」
「……な、なんだか照れくさいですね。少し荷物扱いされましたが、守ってくれてありがとうございます」
「どういたしまして。……荷物扱いしたか?」
「え?」
「え?」

 息があってるのかいないのか、二人してお互いの反応に戸惑とまどっている内に狐が稲荷寿司を食べ終えていた。

『良くぞ、ここまでやってきたの〜。蒼の実力は見定めてもらろうた。これを受け取るがよい』

 狐は行儀良く座り、ぼやけた黄金色の勾玉を椿がさげている勾玉へと飛ばした。
 八つ目の社までは白い勾玉しか受け取ってこなかったことで着物の内側にある勾玉が黄金色に輝き出した。
 勾玉を出すと、その輝きはより一層に輝いて、狐と二人の前に黄金色のモヤのようなものが縦長に出てきた。
 二人がそこから離れると徐々にモヤは大きくなり、二人並んで通れる程の円状になった。

『ここを通って、わらわもとへ来るが良い。試練も無事に終えたし、弓月と変わってくれても良いぞ。では、あまり待たせんときな〜』

 モヤのせいで狐の姿は隠れて見えないが、そこで声は途切れた。

「しゃべったな」
「しゃべりましたね」

 さっきとは打って変わって、お互いに同じ感想を述べ合うと、モヤを見直した。

「通っても大丈夫なんですかね、これ」
「狐の言う通りにしないと季喬という九尾に会えなさそうだから、通るしかないだろ」

 なんの躊躇ためらいもなく、一歩足を踏み出した蒼。
 だが、それは着物を引っ張られさまたげられた。
 もちろん、引っ張ったのは椿でそっちへ振り向いた。

「えっと……怖いんで一緒に入って良いですか?」

 震え声でお願いしてくる椿に蒼は頷いて、椿を小脇こわきに抱えて。

「それが荷物扱いなんですよぉっ!!」
「あ、これが」
 
 椿の思いがけない大声に驚きながらも、さらに、荷物扱いとはこの事かと理解した蒼である。

「じゃあ、どうしよう」
「蒼さんにはおぶるか、小脇に抱えるしかないんですね。普通にこうで良いんですよ!」

 椿は蒼の手を握った。
 手を握られて、目を丸くする蒼は椿の手を握り返した。
 それに椿は少し体をねさせるが。

「これが普通なのか。俺は修行の途中で気を失った時によく姉ちゃんにおぶられたり、小脇に抱えられてたからな。あれが普通だとばかり」
「蒼さんが変わった経験し過ぎなだけですね。というか、意識を失う修行とはいったい……」
「そりゃあ、限界まで身体を酷使して、そこから格上の相手とやり合うっていう地獄の組み手だ。あれは本当に死ぬかと思ったな」
「良くここまで大きく育ちましたね。聞いたこっちからすれば、生きてるのが不思議なくらいですよ」
「全くだ。俺もそう思う」
「それは同感できるんですね」

 感覚がずれているのではなく、考える基準が修行の日々と比べることしかできないんだと改めて思う。
 蒼に手を握られて、少しでもときめいた自分が馬鹿らしくなる程に突拍子もない事を言ってくる。
 改めて、蒼の握られて感じるのは硬い手のひらで。
 でも、こっちが痛くないようになのか優しく握られていた。

「椿の手は柔らかくて気持ちいいな。これならいつも手をつないでもっ! いたたたぁっ!」
「あ、す、すみません! つい力が入っちゃって」
「……ちょっとだけ手を握られるの怖くなった……」

 まさかの握力に痛めつけられた手を思わず引っ込めた。
 椿が力強いのは、ここに来る前に木を倒した事でわかっていたが、これほどとは思っていなかったのだ。
 それもそのはずで、殴る強さは握力に比例することを蒼はまだ知らなかった。
 あわや骨折くらいには蒼の手に痛みが走っていた。

「な、治しますね」

 摩っていた手に椿は手をかざして、治してくれた。
 痛みが引いていくのを感じて安心した。

「ありがとう。椿が治す妖術が使えて良かった」
「私も同じ事を思ってました」

 笑い合う二人だが、出てきていた黒い人魂に二人とも気づいていなかった。
 そんな二人を見て、首を振るように黒い人魂が揺れた。
 
「さ、モヤに入るとしよう」
「はい!」

 少しごたつきはしたものの手を繋いでモヤへと入っていく。
 蒼は呑気のんきに。
 椿は目を固く閉じて。

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