第四話 茶屋の看板娘

 

「さっきはすみませんでした。かご背負せおってるの忘れてしまって……」
「なんて事ない。中身が重いものじゃなくてよかった」

 あお椿つばき背負篭せおいかごから飛び出した山菜やキノコの山からなんとか抜け出した。
 手分けして篭へと入れ直し、茶屋へと向っていると。

「ここが茶屋です」

 椿が立ち止まった先には、瓦屋根かわらやねのごく平凡でありながら立派な平屋ひらやがあった。
 出会った場所から思いの外、近くに茶屋があったようだ。
 茶屋は山道に面していて、店先の一脚の長椅子だけでなく、入り口の赤い暖簾のれん
 平屋の大半は竹林に囲まれて隠れてしまっているが、生活するための部屋などを隠すには丁度いいかもしれない。
 茶屋の入り口が広い気がする事と、何故か鉄の匂いがするのは気のせいかと思いながら、蒼は軒先のきさきの大きな看板を見上げた。

「こりゃ、立派だ」
「え? あ、こ、これは! その、曽祖父ひいそふが勝手に!」

 その看板には、「椿の茶屋」と堂々と書かれていて、椿は慌てながら言う。
 看板の所々に植物で言うところの椿の花も描かれていた。
 「私が頼んで作ってもらったものじゃなくて、そもそも、勝手に作られてて〜」と呟きながら顔を赤くして、俯いた。
 その曽祖父はきっと、椿の事が可愛くて仕方がなく、自慢の曽孫だと言いたいのがひしひしと伝わってくる。

「良い事じゃないか。ここ座っていいか」
「は、はい、どうぞ」

 店先の赤い布がかけられている長椅子に蒼は腰を下ろした。
 手荷物になっていた三度笠さんどがさ縞合羽しまがっぱも長椅子に置いた。
 長椅子で暢気のんきくつろぎだした蒼とは違って、椿は手をもじもじと落ち着きがない。

「あの! さっきのおびに何か持ってきますね!」
「いや、別にかまわな……行ってしまった……」

 蒼の声が届く前に、椿は篭を背負ったまま、茶屋の奥へと走っていった。
 蒼に迷惑をかけてしまった事を気にしているようだ。
 彼自身はそんな事を気にしておらず、左腰の袋から竹皮たけかわに包まれたおむすびを取り出し、右腰から瓢箪ひゅうたんを外して、先にお昼ご飯を食べ始めた。
 美味しさに変化はないようで、耳も尻尾も振りまくりで大喜びである。
 またも三口で平げ、瓢箪の水を飲んで、手を合わせた。

「ごちそうさま。食べ終えてしまった……美味しいおむすびをありがとう。あと、ここに辿り着けた事にも感謝だな」

 瓢箪も右腰の帯へと結び直した。
 おむすびを包んでいた竹皮を折り畳んで、腰袋に入れ、ついでに地図を取り出して、目の前の景色と照らし合わせる。
 茶屋からの景色は、ぞくたちと取り合った浜辺や自分が通ってきた道が見える。
 ここから見ると、浜辺がちょうど東北東にある。
 もしかすると、地図は村の位置ではなく、この茶屋を指していたのかもしれない。
 道など頼らずにこの山へと歩いていれば迷わずに済んだような気もするが。
 そうしたとしても、きっと林の中で迷っていた事だろう。

「方向音痴だけはどうしても直せなかった……」

 故郷ふるさとの方角、海の向こうへと遠い目で眺めながら、呟いた。
 日の光は暖かいが、山頂近くである茶屋は少し冷える。
 感慨にふける彼に取って、心地の良いものではあった。
 故郷のみんなはどうしているだろう……と思っていると、茶屋の中から控えめな足音が聞こえてきた。

「どうかされました?」

 遠くを見やって、尻尾は長椅子から垂らし、どこか元気がなさそうに見えた蒼に椿は声をかけた。
 つい、顔に出たかもしれないと、蒼は気を取り直すために、頭をいた。

「いや、人に助けてもらったが、良くもここに辿り着けたなと思ってな……あ! それって!」

 茶屋から出てきた椿の手には丸いおぼんがあった。
 その上には串団子と温かいお茶がある。
 蒼の目はそれに釘付けのまま、手探てさぐりで腰袋に地図を入れた。

「あちらで話をしている時に、蒼さんがしょんぼりしてたのは、これが食べれないからじゃないかなって思って……責めてものお侘びという事で、持ってきたんです!」

 椿は彼の横に串団子の乗った皿と、温かいお茶を置いた。
 上から赤、白、緑の順番で串に刺されたの団子が、6本も皿に乗っている。
 湯呑みに入れられたお茶は湯気と共にお茶の香りを漂わせ、気をなごませてくれる。
 それを見て、さっきおむすびを食べたばかりなのにも関わらず、蒼は口を開けて、今にもよだれが落ちそうになっていた。

「で、でも、いいのか? 何も出せないって、さっき……」

 なんとかよだれを引っ込めて、申し訳なさそうな顔で言うが、尻尾はぶんぶんと音が聞こえてきそうなほどに振っている。

「いいんです! 遠慮なく食べてください♪」

 椿はその様子に少し笑った。
 彼女よりも年上であろう彼が建前と本音を素直に見せているのが面白かったのだ。

「そ、それじゃあ、お言葉に甘えて……頂きます!」

 蒼は串団子を持って、口へと運んだ。
 もちもちとした歯応えに、仄かな甘味。
 そして、鼻に抜ける団子の甘い香り。
 椿からした甘い香りの正体は団子のようだ。
 一個食べた後にまた食べたくなる飽きのない後味にニ個三個と頬張って、串を皿に置いた。

「んーっ! これ、椿が作ったのか?」

 蒼はそう言いながら、さらに一本ずつ両手で持った。
 次は両方の赤い団子を交互に食べた。

「はい。簡単なので、不器用な私でもすぐ作れます」

 そう答える椿は、髪をつまんで伸ばすように弄った。
 茶屋を開いているのだから、出来て当たり前で、なんなら、舌の肥えた客からは不味いと言われた事のある椿からすれば、少し身構えてしまうが。

「へぇー! 団子の作り方を知らない俺からすれば、こんだけ美味しいのを作れるんだから上等だと思うぞ」

 蒼は言い終わると、次は白い団子を交互に食べた。
 椿は、自分の顔が赤らんだのがわかったようで、おぼんで顔を隠した。

「そ、そうですか……な、なんだか照れちゃいますね」

 蒼がお世辞を言うような柄ではないのが、わかってきているからこそ、美味しいと言われ、照れてしまった。

「そんな照れる事ないだろ。本当のことなんだから自信持てば良い……むぐっ!?」
「え? わっ! お茶を飲んでください! お茶!」

 蒼は、最後の緑色の団子を交互に食べながら話したせいで、喉を詰まらせてしまった。
 椿が差し出してくれた湯呑みを鷲掴んで、お茶で詰まった団子を流し込む。
 団子を頬張りながら話すというのは危なく、お茶があったことで一命を取り留めた。

「あ、危なかった。あまりのおいしさに死ぬところだった」
「それはちょっと嫌ですね……」

 椿は苦笑いを浮かべるが、明らかに嫌そうである。
 人を喜ばすために作ったもので故意に人を殺めてしまっては、作った彼女自身も浮かばれない。

「すまんすまん、言葉の綾だ。一個ずつ味わ……」

 くぅーん。

 蒼が話す途中で、どこからか甘える犬の鳴き声のような音が聞こえた。
 思わず、団子を口に運ぶ彼の手が止まった。

「ん? 犬か? ここは犬を飼って……どした?」

 蒼が椿を見ると、今度は左手で持ったおぼんでお腹を隠して、どういう訳か恥ずかしがっている。

「お、お茶なくなりましたよね!? 淹れてきますね!」
「あぁ、頼む」

 右手で湯呑みを持って、横歩きで茶屋へと入っていく。
 蒼はその行動を不思議に思ったが、また団子を食べ始めた。
 今度は喉を詰まらせないようにゆっくりと。

「はい! お茶です!」
「むっ、! あ、ありがとう」

 椿が戻ってくるや否や、勢いよく、蒼の横に湯呑みを置いた。
 危なくお茶がこぼれそうだったが、湯呑みのふちギリギリでなんとか持ち堪えてくれた。
 驚いた蒼はまた詰まらせそうになったが、なんとか飲み込んだ。

「いえ! じゃ、私もご飯食べてきますのでゆっくりしててください」
「わかった。俺は急いでないからゆっくり食べてくれ。俺みたいに喉を詰まらさないようにな」
「はは、そうですね」

 そう言い残して、足早に茶屋の奥へと入っていった。
 白い団子を口に入れようとした時。

「あ、そうか。椿もお腹が空いてたんだったな」

 と時間差で犬の鳴き声の正体が椿のお腹の音だった事に気付く蒼なのであった。

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