第二十七話 煮湯の夜

 

 三日月が薄く照らす晩の事でございます。
 とある平穏貴族へいおんきぞくの屋敷で庭師にわしが夜遅くまで、庭の手入れをしておりました。
 いつもならば、手元が暗くなる時間には仕事を切り上げているのですが、この日は雇った貴族が隅々まで綺麗に整えろと宣ったせいで遅くなったのだとか。
 されど、庭師は文句言わずに夕方までに屋敷中の剪定せんていを済ませ、日が暮れても松明を手に切り落とした枝や葉を掃除して回っていた。
 一通りの掃除を終え、腰をかけた時でございます。
 突如、かがり火が風も吹いていないのに消えた。
 庭師は少し億劫おっくうになりながらも火打石で火をつけようとしましたが、打っても火花すらも出ない有様。
 少し休んでから帰ろうとしていた所だったのが、誤算になったと足早に帰る事にした。
 仕事は終えているのだから、引け目はなく、平穏貴族へ帰る事を伝えに行こうと足を伸ばした折に。
 夜の暗がりにうごめく物を見た。
 庭師はそれを見た時には一瞬にして身体をこわばらせ、声も出なかった。
 ただ、それをじっと見て、正体を見極めようとした。
 しっかと見るにそれが黒いもやのようなきりのような物だった。
 それは空気中を漂うと、庭師をやとった貴族の部屋へ。
 ふすまの隙間から吸い込まれるように入っていった。
 見ていた庭師は慌てて駆け寄ったが、部屋の中で驚き慌てるような音はせずに静か過ぎるほどであった。
 変に思った庭師は聞き耳を立てる事にした。

「お前がここに来るという事は、何かあったか?」
仇敵きゅうてき黒狼こくろうが本州に来やがったゾ!』
「なんだと……まずいな、まだ準備が出来ておらぬのに」
『まだ終わってなイィ? オイオイ! お前、この三百年もの間、遊んでたんじゃねェだろうナァ!?』
「そんな訳なかろう! お前みたいに何処の馬の骨とも分からん者どもに憑依ひょういしていた訳ではない!」
『なんだトォ!!?』
「なんですか〜!!?」

 数分、にらみ合っていたが、お互いに不毛だと分かったのか息を整えて仕切り直した。

『あとどれくらいかかるんダァ?』
麻呂まろの見立てであれば、もう一押しあれば間違いない」
『何か足りネェのか?』
「この力を支える核が必要じゃ。それも生半可な物でなく、この力に耐えられる物でなければ……」
『「藤祭ふじまつり」をねらエ』
「!? なぜ、貴方がここのまつりごとの事を」
『オレだって、色々と乗り移ってた訳じゃねぇって事ダ。いいカ? お前は「藤祭」で核にできる代物をうばってこイ! そうすりゃ、お前の面目めんぼくも立つだろうガ!』
「し、しかし、政でそんな事をすれば、今までの麻呂の地位がっ! な、何をするっ!」
『んな事はどうでもいいんだヨッ! お前もあの方のために尽くすために居んだろうガッ! 目ェ覚ましやがれェ!!』
「ひょ〜!!」
「むわっ!!」

 聞き耳を立てていた庭師は、貴族がなぜ襖へと飛んできたのかわからないままに下敷きになってしまった。

『オイオイ、なんだコイツァ? オイ、さっきの話を聞いてたか、ニンゲン?』
「な、なにも! 私は仕事を終えた事を伝えに来ただけで!!」
『さっき来たばっかなら、ニンゲンでも立ってりゃ、避けれるよナァ? ブッ殺しとくカ』

 黒い霧が庭師の首に寄せられると、目の前で霧が刀のような刃物へと形を変えていた。
 
「ひっ!」
「ま、待て!! 麻呂の屋敷にニンゲン如きの血で汚すでない! 麻呂に任せろ、生き地獄を味合わせてやろうぞ」
「ひぃ〜!」

 庭師は襟元を持たれ、貴族に屋敷の奥へと引っ張られていった。
 屋敷の中の中、ちょうど真ん中の部屋の畳をひっぺがした。
 床には四角形の板がはめ込まれていた。
 板を外すと、そこには地下へと続く梯子があった。

『なんダァ? こんなとこでコソコソやってたのカ!』
「こうでもせんとすぐにバレてしまうでしょう? さ、此奴を持って下に降りてくだされ! あと、その霧で目隠しもしてくだされ!」
『オレに命令してんじゃねぇゾ! コイツ諸共、切り刻むゾ、ゴラァ!』

 と言いつつも、庭師の視線を遮り、ついでに口も塞いで、先に地下へと降りていく。
 貴族はそれを見てから、地下に続く梯子はしごを降りて行った。

『こんな狭っ苦しい所でよくやってられるナ』
「いつもは一人ですからね、こんな人数で入る場所ではありませんよ。さて、早くこの庭師を処理しましょうか」
「ゔ〜っ! ゔぅ〜〜!!!」

 そうして、庭師は煮えたぎった煮湯を飲まされ、あまりの苦痛に気を失った。
 庭師が目を覚ますと寺で横になっていた。
 酷い火傷で高熱を出し、口も喉もただれてしまって、話す事も出来ずに虚無僧にならざる負えなくなった。
 住職じゅうしょくは詳しい事情は聞かずに、寝食しんしょくゆるしてくれていたそうな。

・――・――・

「菊左衛門が話してくれた経緯けいいです。顔を青ざめさせながらに話してくれました」
「本人から聞かずに済んでよかったの」
「確かに。何度もさせるような話ではありませんね。今回の一件でかたをつけるほかないでしょう」

 お茶をすすろうとした弓月の手が止まり、狐耳もぴくりと動かした。
 
「その口振りだと他にも被害があるようじゃな」
「はい、話に出た貴族には他にも疑わしい事がありましてね。平穏京へいおんきょうをぶらついていた身寄りのない男を招き入れたっきり、次の日から姿をくらませたり、田舎育ちの女性が出稼ぎで屋敷に入ったきり出てくることはなかったり。他にもありますが、どれも貴族にただしても『知らない。そんな奴はこの屋敷に入ってもいない』の一点張り。中にも入れさせもしない以上、調べる事も出来ない有様でお手上げだったんですよ」

 お茶を啜る弓月を見ながらに肩をすくめてみせた。
 
「……菊左衛門の話を聞いた限りじゃと、何かの犠牲になってしまったんじゃろうな」
「恐らく。菊左衛門が煮湯程度で済んだのも、犠牲にする必要がなかったからでしょう。相手に誤算があったとするなら、弓月様が椿様を連れて平穏京へと上がって来られたこと。まさか、治癒の妖術を使える者が現れるとは思っていなかったのでしょう。菊左衛門は言葉を話せなかった。それに酷い火傷を負われていたとするなら、長くはありませんでしたから」

 僕もお茶を……と上品に口元へ持っていき啜った。
 
われからすれば、ぬるいやけどであったが。人間が死ぬには十分じゃったよ。あの日に会えたのは彼奴きゃつの生きようとする執念しゅうねんがあったこそじゃろうな」
「まさしく、運が良かったというやつですね」

 お茶を置きながら、ほがらかに弓月へ笑いかけた。
 弓月は鼻を鳴らしてとぼけた。
 
「……それで敵のくわだてへの策は講じておるのか?」
「ええ。藤祭は三人の大社の巫女様方だけが二つの神社を巡り、それぞれの神社の神へある物をお供えし、清めて頂くという政にございます。それぞれの神社へ向かう道中であれば、僕もお手伝いができますが、神社の中には巫女様方だけが入らなければなりません」
「それで、季喬様は我らをこの姿にしたのか……面白い事を考えておられる。して、ある物というのは何じゃ?」
「三種の神器……その一つである勾玉まがたま。弓月様もご存知でございましょう?」

 ← 前のページ蓮木ましろの書庫 次のページ → 

 

蓮木ましろのオススメ本



コメント

タイトルとURLをコピーしました