第二十八話 過去の清算

 

 三種の神器。
 鉄鏡の八咫鏡やたのかがみ八岐大蛇やまたのおろちの尾から出てきた天叢雲剣あまのむらくものつるぎ草薙剣くさなぎのつるぎとも呼ばれる剣。そして、八尺はっしゃくにも渡る緒で結ばれた八尺瓊勾玉やさかにのまがたま

「どれも僕らが生まれる前、神様達によってこの地を渡される際に授けられたとされる三種の神器。今回の政では、そのうちの一つである八尺瓊勾玉を清めることとなっております」
神水しんすいによってじゃはらきよめる。それは確かに良いことじゃろう。神から授かった物を邪気で汚してしまっては罰が与えられるじゃろうからな。でも、良いのか? 我らは妖怪。神からすれば邪に値するぞ?」
「ならば、季喬ききょう様もまた邪に値するでしょう? けれど、神に近い存在となっておられます。それに通年、九ノ峰大社くのみねたいしゃの巫女様による藤祭ふじまつりは問題も起きず、この平穏京へいおんきょうにも大きな問題も起きていない。これ以上の証拠はありません。それにです、その御姿は季喬様の神力じんりきによって変化していると同時にあなた方自身を守るよろいとなっている。少々刺激が強いようですがね」
椿つばきは、それに慣れるために起きずにおるというのか」

 弓月ゆみづきが眠る椿を見ると、「荷物じゃない〜……」とうなされていた。
 ただ、神力に慣れようとしているだけでもなさそうである。

「昨日と今日、二日間の疲れも出ておるようじゃな」
「無理からぬことでしょう。季喬様もなかなか厳しい試練を出されますから」
「我からすれば、容易い試練だったがな」
「弓月様も参加されたので?」
「いや、あおと椿だけじゃよ」

 お茶を取り軽く啜った。
 
「弓月が参加するとなれば、また試練の内容も違っていたと思いますよ」
「じゃろうな。……で?」
 
 湯呑みを置いて、話を戻しにかかった。
 天明てんめいもそれているのに気づいて、咳払いを一つ。

「ともかく、神力のおかげで神水にも八尺瓊勾玉にも触れて大丈夫なんです」
「神力というのは、神聖な力でそれに包まれておる我らも神聖な巫女としてまつりごとに参加しても問題ないという事じゃな」
「そういう事です。」
「して、藤祭の経路と向かう神社はどこじゃ?」
左京区さきょうくの奥にある京御所から平穏京を出て北にある津流御祖神社つるみおやじんじゃで汚れを落とすために清め、津流別雷神社つるべついかづちじんじゃへと向かい、本格的な清めになります」
「偉く長ったらしい神社じゃな」
「そんな事を言ってはバチがあたりますよ。生骸大乱せいがいのたいらんが起こる前からある神社であり、由緒正ゆいしょただしい神がまつられております。過去に天皇が呪いを恐れた時には二つの神社でおはらいをした事でのろわれなくなったとされております。それにあやかって、藤祭という政はり行われているのです」

 天明が講釈こうしゃくを垂れると弓月は半眼で胡散臭うさんくさそうに見ていた。
 
「と言っても僕らもおおやけの場以外では、津流御祖神社を下鶴神社しもつるじんじゃ、津流別雷神社を上鶴神社かみつるじんじゃと呼んでおりますがね」
「最初からそう言わんか」
「間違えて覚えられるといけませんから、そこはしっかりとしておかなければなりません」
「左様か。道中は任せろと言っていたが、問題ないのか」
「はい、相手もそこでは狙ってくることは少ないでしょう。兵たちが守りながら神社へ向かいますから。それよりも境内けいだいでは巫女しか入れず、守りの手が薄くなります。そこを狙ってくるつもりでしょう」
「境内の事は我らに任せれば良い。今は体を存分に使える。敵も燃やし尽くしてやろう」
「わかっていると思いますが、建物を燃やす事がないようにしてくださいよ」
「誰に言うておる。我の炎は敵しか燃やさん、案ずる事はない」
ぬえの残党を倒す手立てはありますか? 生骸大乱で弓月様が仕留め損ねた相手です」
「季喬様からどう聞いたのかは知らんが、目の前に立ち塞がってきた奴らは跡形もなく燃やし尽くした」
「一人は、魂の数なら二人以外はですよね」
「……何が言いたい」
「そんなににらまないでください。鵺の一族のほとんどは黒狼、弓月様自身が始末をつけている……確かに問題ありません。ただ、弓月様はお優しすぎる所がある。それで鵺の族長は生き残り、僕たちの悩みの種となっている。僕からすれば、貴方をうらんでも良いはずなのですよ」
「……」
「もちろん、僕だけではない。貴方の一族の者たち、共に旅をするその体の持ち主にも恨まれていい程の事を貴方はしでかしている」
「じゃから、こうして」
「当たり前なんですよ。三百年も魂だけで生きた? それも当たり前でしょう。貴方は自分の罪をつぐなうべきだ。流刑などどう考えても甘い。季喬様も当時の貴方を見て情けをかけてらっしゃる! こうして残党を倒すことに手を貸すなど、当たり前じゃないですか! 貴方が鵺の族長を倒しておけば、ここまで面倒な事にはなっていない! 季喬様もああならなくても済んだかもしれない。全部貴方のせいだ! 貴方が焼き尽くしてくれていれば!」
「三百年もの間、それを思わぬ時などなかった。心を壊してでも、焼き尽くすべきだったのは明白じゃった。誰も苦しまずに済む世があったかもしれない。そう考えるばかりじゃったよ。だが、黒狼の皆は誰も責めはしなかった。むしろ、次こそはと身を粉にして我をここまで連れてきてくれた。我はこの蒼の体が無ければ、ここにすらおらぬ。今回に至っては、神のようになった季喬様がいなければ、この地を救えぬ有様じゃ」

 両手を裾の中に入れて、うつむき気味であった視線を天明へ向けた。

「じゃが、それは天明。お主も同じであろう。季喬様に願いを叶えてもらったからこそ、お主はここに居るんじゃろ」
「……」
「もし、我が族長をその娘を殺しておれば、今はない」
「それは開き直りでは?」
「そうじゃな、開き直りであり、後付けにしては出来過ぎておる。じゃから、我はお主の言う「当たり前」をやり遂げにきた。そのまま死ぬこともできたんじゃがの。一族の皆も季喬様も許してくれないじゃろう。今のお主のようにな」

 裾から手を出して、正座している太腿の上に手を置いた。
 
「今回で終わりにする。恨まれようとも侮辱ぶじょくを突きつけられようと終わらせてみせる。そのために我はここに居る」

 赤い刀身のような鋭い眼は天明を見ながらに違うものを見ていた。
 弓月がそこに写していたのは、宿敵の鵺の族長。
 夜摩よまに向けた言葉であった。
 だが、天明にとってその言葉を聴くことでいくばくかおののいたのか軽く冷や汗をかき、ほおからあごへと流れていった。
 呼吸を思い出したかのように、深呼吸をしてから汗を軽く拭った。

「いやはや、恐れ入りました。弓月には試すような事はしない方が身の為ですね」
「ふん、が高いんじゃ。お主こそ魂だけの存在で三百年生きてこい。季喬様に頼めばすぐにでもしてくれよう」
「それは勘弁願いたいですね。僕にはあの子が居ますからね。ところで、弓月様。今更なのですが」
「なんじゃ?」
「先の話もこの話も椿様にも聞いてもらっておいた方が良いのでは?」
「それでは、こちらの動きが遅くなるじゃろ。我だけでも先に知り、我自身も策をっておかねばならん。……天明、お主も相手が只者ただものではないとわかっておろう」
「それはもう、季喬様から耳にたこができるほどに聞き及んでおります。事の始まりから終わりまで。相手は間違いなく鵺の残党でございましょう。それもただの残党ではありません。今もなお封印されている夜摩を復活させんとする腕に覚えのある者たち。生骸大乱を生き残った者たちでしょう」
「あぁ。先の村で仕留める機会を失っておる。出来るなら、どちらもほうむっておきたい」
「政を成功させるついでで良ければ、お手伝い致しますよ?」
「もちろんじゃ。季喬様の頼み事でもある。あの方のことじゃ、政も鵺の残党も良い話を待っておるに違いない」
「でしょうね。人使いの荒い方ですよ、全く」

 天明は肩をすくめた後、すっくと立ち上がり襖へと向かう。
 
「そう言う割には嫌そうではないな」
「もう慣れてしまっておりますから。では、今日の所はごゆるりとなさってくださいませ。十五日後、弓月様の策を楽しみにしおります」
「お主の策もな」
かりなく」

 天明はそう言って、ふすまを閉めた。

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