第三十一話 季喬の妖術

 

「何か手立てを考えねば〜……どういたものか〜……」

 恰幅かっぷくのいい平穏貴族へいおんきぞくは、同じところを行ったり来たりしていた。
 天明てんめいの話していた件の平穏貴族である。

「憎っくき奴らを出し抜いて、八尺瓊勾玉やさかにのまがたまを手に入れるためには〜」

 この平穏貴族の身体には天皇の血が流れていない。
 ましてや、妖怪である自分が神器に触れれば、魂を浄化されるかもしれない。
 それは相手も同じだが、あちらには九ノ峰大社くのみねたいしゃの疑わしい九尾の神がいる。
 何もしてこないわけがない。
 政に関してはこちらに武があっても、浄化するのは九ノ峰の巫女がする決まり。
 それを十五日前の今に変更案を出すには怪しまれる。
 どうしたものか……

「いや……いやいや。ほほ、ほほほほほ! 麻呂まろはやはり天才よ。ちょうどよく要らぬものがある……これを使うとしようぞ、ほ〜ほっほっほ!」

 人知らぬところで、甲高い笑い声が響いたのであった。

 •――•――•
 
 ぼんやりとした頭に意識が戻る。
 それにつられて、ゆっくりと目を開けた。
 頭同様、視界もぼやけている。
 しばらくしてから視界と頭の暮夜が晴れてきた。

「……また布団に寝かされてる」

 意識が飛んで、布団に寝かされているのは最近の事。
 旅に出てからというもの、見知らぬ天井を眺めるのも二回目である。
 身体を起こして、部屋を見渡した。
 寝かされていた部屋には前のように何も置かれていない訳ではなかった。
 二十畳の部屋、四つ角には倒れないように背の低い燭台に蝋燭が灯されていた。
 襖が無く、他の部屋や芒野原すすきのはらが見える。
 まだ季喬ききょうの所にいる事がわかった。
 部屋に弓月ゆみづき椿つばきが居ないのを見るにあおは季喬に預けられたのだと再認識していた。
 右側には屏風びょうぶが立てられていた。
 屏風には岩肌が見えている険しい山を眺める黒い狼の絵が描かれている。
 その絵を見ていると、屏風に手がかけられた。

「目が覚めたかえ?」

 眺めていた屏風の後ろから季喬が現れた。
 軽く屏風にもたれかかり、着崩している着物から胸があふれそうになっている。

「あ、あぁ」

 それを見て、蒼は思わず目をらして頷いた。

「女を見れるようにならんとな〜。白蘭びゃくらんの時みたいになってまうで?」
「なんで、それを……」
「さ、なんでやろ?」

 屏風にもたれかかるのをやめて、ゆっくりと歩く。
 八つの尻尾が歩くにつれてれていた。

「まさか、ずっと俺の事を観てたのか?」
千里眼せんりがんわらわは弓月の事をず〜っと観とっただけ……蒼。あんさんはついでで見えてたに過ぎひん」

 ゆっくり歩く姿を見ることしかできない。
 少しおかしいと思ったのは、尻尾が八つしかないことである。

「ちょっとは腕が立つんかと思えば、自分の置かれとる状況をわかっておらんようやし、あんさんはようわからんな」
「何を言ってる?」
「あんさんは自分の身体から引き抜かれた魂の状態のはずやのになんで、身体があるんや?」

 そう聞かれてやっとの事で蒼は自分の身体を改めた。
 腕も手も自分の身体より短く細く小さい。
 それに胸の膨らみまであるのを見て、ハッと季喬を見上げた。

「くふふ、いい反応をするやんか。そう、今は妾の神力で生み出した身体の中にあんさんが居るんが今の状況や」

 どこから取り出したのか、鏡が手渡された。
 鏡に映るのは白い狐耳とウルフカットの白い髪、尻尾も見れば癖のある白い尻尾だった。
 
「男の姿にはできないのか?」
「出来るんやけど、都合上、無理なんよねこれが」

 顔をしかめて見た。
 見られた季喬は口元を扇子で隠して、顔も逸らした。

「似合ってないわけではないんやから、ええやないの。弓月と並んだら姉妹やと勘違いされると思うわ〜」
「それがなんだっていいんだ」
「それにしても、若い頃の弓月にそっくりやな。まぁ、あんさんの方が世間知らずの礼儀知らずやけどな」

 ピシャリと扇子を閉じて、蒼を見据みすえた。
 睨んでいるわけではないが、蒼にとって威圧的に感じさせた。

「まぁ、それについては目をつむるとして……あんさんには妾のじゅつを使えるようになってもらう」
「……どんな術だ」
「身体からあんさんの魂を引っ張り抜いた術じゃ。わざわざ、術を受けてもらったんや。使えれるようになるやろ」
「そんな術、簡単に使えるようになるわけないだろ。それとも、簡単に覚えれる術なのか?」
「妾がこの術を体得するのには四百年ほどかかったかな〜?」
「……無理だろ」
「一から作るわけやないから、出来ると思うで? 十日くらいでさくっと覚えてもらわなあかんし」
「絶対無理だ! なんで四百年も体得するのにかかったものが十日で出来るようになる!?」
「わーわー、うるさい。やってもらうことには変わりあらへん。さ、とっとと起きてついてき〜」

 文句ばかりの蒼に背を向けて、歩き出す季喬。
 季喬の背を見てから軽く項垂れて、布団から出る蒼。
 蒼の視線は最初こそ季喬の背中だったが、次第に視界の下で歩くたびに揺れるものへ移っていった。

「あ、あのさ。これ、どうにかならないか?」
「ん? あぁ、ええもんやろ。元が男なだけに何か思う事があるんか? ん〜?」

 笑い声を堪えるようにして、顔を寄せてくる季喬にたじろいだ。

「男にしとくのは惜しいくらいにええ胸しとるわ。弓月くらいあるんかな?」
「そんな事知らない。小さくできないのか?」
「でき……ひんからそれで我慢し」
「その言い方、出来るんじゃないか?」
「女の身体に慣れる修行やと思い。それにそんなことに気を取られんくなるやろ〜て」

 季喬は足を止めた。
 蒼も止まって、季喬の視界の先へ目を向ける。
 そこには大きな池があった。
 にしきが口寄せで呼び出した緋代ひしろがはいって泳げるかは怪しいくらいの大きさである。

「大きな池だな」
「これから、あんさんにはこの池におる鯉の魂を全部引っ張り出してもらう」
「えっ」
「ざっと百匹くらいは居るやらうから気張り」
「いやいや、無理だって。そもそも術の伝授は?」
「……仕方ないな〜。これっきりやからように見とき」
 
 季喬は池へ向き直ると、右手を突き出した。
 指は垂れ下がるように脱力している。
 都合よく、池から鯉が飛び跳ねた瞬間。
 飛び跳ねた鯉へ人差し指で指差した。
 人差し指から一直線に鯉へと白い糸が伸びる。
 そして、鯉に当たり、季喬はくいっと指を曲げた。
 引っ張られた糸は鯉から引き抜かれ、その先には白いモヤのようなものが付いていた。
 白いモヤは季喬の手のひらに乗った。
 いつのまにか伸びていた糸は消えていた。

「こんな感じや」
「凄いけど……わからない」
「さっきのは手本やから、魂が抜ければ良い」

 そう言いながら、鯉の魂を池に浮かぶ鯉に投げ飛ばした。
 魂が戻った鯉は慌てて、水の中へ入っていった。

「いや、魂の抜き方がそもそも……」
「じゃ、ここは時間の進み方が遅いから焦らずに出来るまでやっとき〜」
「鯉を百匹魂抜いたら、出られる。あと、腹は減らんから安心しぃな〜」
「え〜……」

 結界を張られ、蒼は閉じ込められた。

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