第三十二話 妖術の修業

 

 椿つばきが目が覚めたのは二日経った朝であった。
 天明てんめいが持ってきてくれたのは京漬物きょうつけものと呼ばれる様々な漬物とご飯を食べた。
 食べながらに弓月ゆみづきは椿に昨日聞いた話を伝えていた。
 
「あの虚無僧きょむそうさん……菊左衛門きくざえもんさんにそんなことがあったんですね……」
「椿が首の火傷を治してくれたおかげで今は元気になっておるから泣きそうになるな」

 話を聞いて、椿は涙ぐみ鼻も啜り出していた。
 我慢出来ずに涙も流れて、裾で拭った。
 
「そんな話聞いたら、辛くなりますよ……でも、助けられれて良かったです」
「そのおかげで、良からぬくわだても暴けたんじゃから大手柄じゃ」
「暴けたのは良いですけど、それを阻止するために私も同行して良いんですかね……季喬ききょう様も試練を観ていたなら私が足手纏あしでまといだって事に気づいてるはずじゃあ?」
「差し詰め、浄化役じょうかやくかの。八尺瓊勾玉やさかにのまがたまとやらを神水しんすい邪気じゃきを浄化するために誰かがひたしておいておかねばならん」
「でも、敵さんもそれを阻止そししようとしてくるなら襲われると思うんですよね」
「まぁ、そうじゃろうな。こちらとしてはのこのこと出てきてくれる方が都合が良い。ちまちまと嫌がらせされるのは面倒じゃしな。それに倒す絶好の機会じゃ。我とあおならば、椿を守りながら戦うのなぞ造作ぞうさもない」

 約束したじゃろ、と呟いてからお茶をすすった。
 
「そうですね。弓月さんも蒼さんも強いですもんね。敵さんも何かしてきそうで怖いですが、頑張って浸します!」
「うむ、よろしく頼む」

 弓月は湯呑みを置いて立ち上がった。
 
「さてと、椿に話す事ができたことじゃ。我も策の準備をせねばならん。ここをあけるぞ」
「わかりました。……どこに行かれるんですか?」
「季喬様の所に行ってくる。蒼の事が気がかりでの。戦うためにもこの身体に慣れなければ。昨日は萃蓮すいれんと遊びがてら慣らしたが、相手によっては今のままでは厳しいやもしれんからの」
「そんなに強い敵さんなんですか?」
「なに、敵を圧倒するためじゃ。大船おおぶねに乗ったつもりで居れば良い。その胸元にある勾玉を渡してくれるか?」
「あ、これまだ私が持ってたんですね」
「季喬様が持たせてくれておるんじゃろう。その方が都合が良い事多い証拠じゃ。では、萃蓮の相手を任せたぞ」
「わかりました。いってらっしゃい……って、萃蓮って誰ですか?」

 そう言って、部屋を出ていく弓月を見送ると入れ替わるようにして。
 
「弓月〜! 昨日の続きしよ!! あれ、いない……あ! 寝てた人だ! 起きたんだね! ねぇねぇ、萃蓮と遊ぼうよ!!」
「あ、はは〜……良いですよ〜……」
(この子のことか〜)

 勢いよく元気よく部屋へと入ってきた萃蓮に少したじろいだ。

「じゃあ、じゃあ、何して遊ぶ!? 弓月みたいに火の玉出せる?」
「いや、それは……」
「え、できないの〜……なら、なら! 父上みたいに式神を出せたりするの!?」
「いや、それも〜……」
「えぇ〜! なら、何ができるの? え〜っと……そもそもなんて名前だっけ?」
「私は椿って言います」
「椿は何ができるの?」
「えっと、私は怪我を治すくらいしか出来なくて……萃蓮さんは何ができるんですか?」
「萃蓮はね! お庭、見ててね!」

 庭へ両手をかざすと、たくさんの草花が生えた。

「すごい! 草花を生やす事ができるんですね!」
「そうだよ! 調子が良かったら木も生えさせるんだけど、父上にやめるように言われてるんだ。もう家の中も置くところがなくなってきてるからって」
「だから、家の中に植木が多かったんですね。あ! まだ春なのに秋の七草が生えてますね」
「え、どれどれ?」
「あそこに撫子なでしこはぎすすき桔梗ききょうも生えてますよ」
「桔梗……どれどれ?」
「庭に出て見に行きましょうか」
「うん!」

 椿には何かを操るような妖術は無くとも、山で育ったおかげで野草の知識があった。
 萃蓮は草花を生やす事にだけ興味があったが、生えた草花がなんなのかまではわからない。
 椿のおかげで少しでも生える物に対して興味が向き始めた。
 二人は庭に出て、萃蓮が生えさせた草花を見始めた。

  ・――・――・

「元はあおの身体じゃから、動く分には変わりないの。見た目が変わっておるだけか」

 弓月は走った事で早々に九ノ峰大社くのみねたいしゃ最奥さいおくの社に着いていた。
 椿から受け取った勾玉を社にかざすとまた黄金色こがねいろのモヤが出てきた。
 そのモヤの中へと入っていき、再び季喬の大社へと向かった。
 踏み石に脱いだ草履ぞうりふところに入れ、薄い垂れまくと薄いすだれに落ちる影の前へとり足で歩み出た。
 弓月が来たことに驚く事はなく、ゆっくりとしていた。

「季喬様」
「どうかしたかえ?」
「相手がぬえの残党の可能性がありますので、黒焔こくえんの修業をさせて頂きたく参上致しました」
「左様か。ちょうどええわ、蒼の様子も見てやり〜」
「構いませんが……季喬様が見ておられたのでは?」
「少しきょうが冷めてしまってな。適当に教えた割にはようやっとるし、そのまま自分で物にするんとちゃうか」
「そんな適当な……昨日はあんなに勿体もったいぶっておっしゃってたじゃありませんか」
「それはそれ。蒼の事、任せるわ〜。感覚を取り戻すのも適当にやればええから」
「……わかりました、そうさせて頂きます」

 結局、垂れ幕と簾越しに話が済んでしまった。
 白いモヤを作ってはくれたが、季喬はどうもご機嫌斜めのようである。

(珍しい……気に入った相手には世話を焼きたがる季喬様がこうも機嫌が悪いとは。蒼の奴め、何かしでかしおったな?)

 そう思いながらモヤの中へと入った。
 モヤから出ると、弓月を背に胡座あぐらで座る白狐びゃっこうなっていた。
 
「なんとか形はできたが……うまくいかない」
「何がうまくいかんのじゃ」

 草履を履きながら声をかけると、蒼はすぐに振り向いてきた。
 
「……誰だ?」

 弓月からすれば、胡座で座っている白狐は間違いなく蒼である。
 だが、蒼からすれば弓月も白狐であるからして。

「弓月じゃ。魂を引っこ抜かれた時に気を失っておったか」
「……本当に弓月か?」
きゅうえてやった方がわかりやすいかの?」
「わかったから大丈夫だ、問題ない」

 弓月の手に激しい炎が出た瞬間、食い気味に納得した蒼である。

「全く……それで何がうまくいかんのじゃ?」
「季喬に魂を抜く術を教えてもらっているんだが、どうも魂の抜き方がわからない」
「……なるほど」

 わざわざ、季喬が蒼へ問答無用で魂を抜く妖術を使ったのかがわかった。
 伝授しようと考えてのことだったのだろう。
 敵も聞いた話から察するに鵺の残党である可能性もある。
 そうでなくとも、この旅の先。
 そして、夜摩よまとの戦いにはこの妖術はなくてはならないだろう。
 でなければ、斑鳩いかるがの身体ごと夜摩を殺さなくてはいけない。
 ここで蒼に伝授しておくのは賢明な判断だと言える。
 だがしかし、その前に。

「蒼よ。季喬様には敬意をしっかりと示さんといかん」

 蒼の耳がピクリと動いたのをお構いなしに続けた。

「あのお方がいらっしゃったからこそ、我らはここに居る。この事は皓月こうげつから聴いておるじゃろ。なぜ、ここに来てヘソを曲げておる」
「別にヘソなんて曲げてない」
「どうせ、いきなり魂引っこ抜かれて拗ねとるんじゃろ。それに勝手に身体も女の身体にされておるしで、余計じゃな。それらに詫びの一つもないと思っておる。どうじゃ? 図星じゃろ?」
「うるさい」

 そっぽを向いて、耳を垂れ下げた蒼は子供のように不貞腐ふてくされているのが見てとれた。

「よりにもよって、季喬様にヘソを曲げるとはな。お前は本当に手のかかる奴じゃの。謝りに行くぞ。このままでは魂を抜く妖術をものにはできん。でなければ、この先どうなるかお前もわかっておるんじゃろ?」
「それは……まぁ」
「感情に呑まれるな。呑まれれば、好機を失うと山吹やまぶきに教わっておったじゃろうにの」
「ぐっ、確かに姉ちゃんも言ってたな……わかった。ちゃんと謝る」

 少し間があって、蒼は立ち上がった。
 弓月が通ってきたモヤはまだ開いたままである。
 
「それで良い。季喬様もお待ちのようじゃ。行くぞ」

 弓月は再び草履を脱ぎ、蒼もいつの間にかされていた草履を脱いだ。
 モヤへと二人とも入っていった。

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