「二人とも良い感じになったんちゃう」
蒼と弓月、それぞれの修業が一段落したところに季喬が現れた。
「蒼は言った通り、百匹の鯉から魂を抜き出せた……同時にとは言うてなかったんやけどな。魂を戻してやり」
蒼は頷くと、傍に置いていた鯉百匹の魂を池に投げ入れいく。
「弓月もあの頃よりは少し弱くなっておるが、ここぞという時に使うようにな」
「はい。もう少し慣れておきたかったのですが、仕方ありません。季喬様がいらっしゃったという事は」
「うむ。政、藤祭が五日後に執り行われる。天明の所に戻って、英気を養いなはれ。少し勝手は違うと思うけどな」
「?……わかりました」
モヤから出ようとする二人に。
「す、すまない。二人とも手伝ってくれ〜」
律儀にも鯉の魂を投げ入れる蒼が呼び止めてきた。
「何をやっとる! さっさと風を起こして撒き散らさんか! このたわけ!!」
「あ、そうか」
新しい妖術修業のせいで自分が風を操れる事をすっかり忘れていたようで。
手を打ってからすぐに風を操り、池に魂を吹き飛ばした。
「全く」
「ふふ」
「季喬様?」
「いや、なんでもあらへん」
八つの尻尾を軽く振ってから、モヤの中へと消えていった。
「どうかしたか?」
「いや。我らも行くぞ」
「ああ」
二人も後に続くようにモヤへと入っていき、モヤ自体も消えた。
蒼と弓月が出てきたのは季喬の社ではなく、九ノ峰大社入り口の大きな鳥居の前であった。
蒼はきょろきょろと辺りを見渡していた。
どうやら、季喬の社に出るものだと思っていたのだろう。
「さ、天明の下に行くぞ」
先に歩き出した弓月。
蒼は九ノ峰大社へと振り向くと、お辞儀をした。
そのせいで少し遅れたが、すぐに追いついて横に並ぶ。
「天明って誰だ?」
「狐面を被っておった男じゃ」
「へぇ……そういや、喉を大火傷した筒を被った奴は無事にやってるのかな?」
蒼から聞いたにも関わらず、興味のなさにため息を吐いた。
「其奴もそこに居る。名を菊左衛門だそうじゃ」
「案外、その……」
「天明じゃ」
顔を顰めて言ってきた弓月に少しバチ悪そうに蒼は顔を背けた。
「あ〜、その天明ってのは良い奴なんだな」
「少し隠し事がありそうではあるが、確かに良い奴じゃな」
「なんか思う所があるのか?」
「なに、些細な事じゃ」
「ふーん。まぁ、出会い頭があれだし、俺も思わない事はないな」
「適当な事を言っておるじゃろ」
「別に言ってない」
「……まぁいい、今回の一件は菊左衛門の大火傷のおかげでわかった。道すがら、お主にも話しておく」
菊左衛門に起きた悲劇と敵の企て。
藤祭での天明と、弓月と椿の役割と蒼の役割。
その話をしているうちに平穏京へと着いていた。
「なるほど、わかった。俺は弓月の手助けになれば良いんだな」
「そういう事だ。相手はおそらく鵺一族の残党……一筋縄ではいかないと思っておれ」
「わかった。ところで、平穏京には普通に入れるのか?」
「案ずるな、この姿であれば通行札も不要じゃ。……通らせてもらうぞ」
「これはこれは、大社の巫女様ですね。お連れの方を無事に連れてこられたんですね?」
「そうじゃ、この者にしか出来ない用があっての少し遅れたんじゃ」
「左様ですか……そういえば、大丈夫でしたか?」
「何のことじゃ?」
「えっと……あ、そういえば、京を出ておられましたね。実は天明殿のお家が夜中に襲われたらしいのですよ」
「なんじゃと」
「それは本当か?」
「ええ、お家で相手に抵抗したようで怪我人は出たそうですよ」
「死人は出ておらんじゃろうな?」
「聞いてませんが、お家が荒れ放題になってしまっているとか」
「弓月、早く連れてってくれ」
「そうじゃな。教えてくれて感謝じゃ、それでは」
「お気をつけ……もう居ない……」
弓月を先頭に天明の家へと駆け出した。
その速さは風の如く、通り過ぎた後には砂煙と風が巻き上がった。
「ここじゃ」
着いたところには、崩れた塀。
奥には襖が折れて倒れている。
家も崩れてしまっているが、残骸から戦った形跡があった。
「盛大に暴れられたんじゃな」
「椿とその天明とかは大丈夫なのか?」
「わからん。死人が出れば、より騒ぎが大きくなるはずじゃ。どこかで身を隠しておるんじゃろう」
「修業してる間にこんなことになるとは……」
「季喬様が伝えてこなかったという事は大したことにはなっていないということでもある。場所を伝えてこなかったという事は」
「弓月様! ……と蒼様ですね! 戻ってこられてよかった!」
「天明! これはどういう事だ?」
「椿は大丈夫なのか!?」
「お、落ち着いてください。僕も含めて皆無事です」
「そうか、よかった。で、何があった?」
「ひとまず、安全な所へいきましょう。話はそれから」
そう言われ、二人は天明の後をついていった。
・――・――・
「なぜ! 中途半端な事をした!?」
『中途半端とはなんダ? お前が天明とかいう胡散臭い奴を屠れとか言い出すから行ってやったんだろうガ!』
「なら、きっちり屠ってきなさい! なぜ、生かしておいたのじゃ!」
『お前の口ぶりだと簡単に屠れるような貧弱な奴かと思えバ、なンダあの陰陽術ってのはァ! やりにくいったらナイ!』
「だから、寝込みを襲えって言ったでおじゃる!」
『襲ったサ! 寝てる時ヲナ! ナノニダ!! なぜか、近づいた瞬間、驚異が近づいた瞬間に目を目覚めタ! しかも、オレの攻撃を退けやがったンダ!! タダモンじゃねぇゾ!!』
「彼奴の後ろ盾には九ノ峰大社の忌まわしい九尾がおるのでごじゃる」
『おいおいオイオイ!! そう言う事は最初から言っておけヨ!! だから、変な白い狐が二匹もいたのか!? 全くヨ!! そんな奴が居るなら、オレだってやらなかったゾ!?』
「あわよくば、お前を消せると思ったんでおじゃるが……」
『お前、なんか言ったカァ? ……そうだ、なんか見覚えがある奴も居たゾ?』
「ここいらで、お前が見覚えがある者などおらんでおじゃろう?」
『あれダ……オレたちの話を盗み聞きしていた奴ダ!』
「なんですと……それでは麻呂達の企てがバレておるのではないか……と言うか、なぜ、あの男が生きておるでじゃる!?」
『そんなの知るカヨ!!』
「面倒な事になってきたでおじゃるっ……!!」
人目のつかぬところで平穏貴族は黒い霧から思いも寄らぬ事実を聞かされたのだった。
・――・――・
「寝込みを襲われかけ、無事に退けた訳か」
隠れ家へと着いた三人は腰を下ろして、襲撃について話していた。
平屋でこぢんまりとした家々が建ち並ぶ、その一つの家に居た。
家の中には生活の必要最低限、六畳間の囲炉裏や土間に釜戸が備えられていた。
敷いたままになった布団が天明の横にある。
「敵の狙いは僕の暗殺だったのでしょう。他の三人を人質に取ろうとしましたが、殺すつもりは無さそうに思えましたから」
「奴らのことじゃ。上手くいかねば殺したに違いない。屍を操るような下衆な奴らじゃ。殺す殺さないでは考えない。使えるか、使えないとしか考えておらん」
「なんにせよ、僕も含めて四人とも無事でよかった。それに弓月様と蒼様が戻ってこられて何よりです。すみません、僕はこれから寝ても宜しいですか?」
「構わんが、どうした? どこか痛むのか?」
「いえ、ここ数日ほど不眠の日がありましたから明日に備えて休まねばならないだけです。すみませんが、明日の早朝まで眠らせていただきます……」
「椿はどこにいるんだ?」
「家事をしてくれていますよ。その方が落ち着くだとか、萃蓮と菊左衛門も一緒です。では、すみませんがおやすみなさい」
天明はあらかじめ敷いたまましていた布団へと横になったのだった。
「だから、敷いてあったのか」
ボソリと蒼はつぶやいた。
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