第三十七話 政・藤祭

 

 まつりごとの当日、平穏御所へいおんごしょ
 そこに平穏京へいおんきょうに住む妖怪や人間たちが一目見ようとひしめいている。
 藤祭の通路にはあらかじめ、敷居をもうけられ、立ち入れないようにされている。
 敷居から中に入らないよう、京に住む住人たち敷地を越えることなく、並んで待っていた。
 平穏御所は塀に囲まれ、門は閉ざされている。
 門の内側では政にたずさわる平穏貴族たちが列を成し、軽鎧を身にまとった侍たちが守るように囲んでいる。
 列の最後尾には豪華絢爛ごうかけんらん御所車ごしょしゃが置かれている。
 御所車の前には引き手となる牛の妖怪が立っていた。
 そして、その後ろには平穏御所で最も重要である御社の中で今まさに藤祭がり行われていた。

「これより、藤祭を執り行う」

 神主かんぬしと思わしき初老しょろうの枯れていながらも芯のある声が響き渡ると、巫女みこが横脇からり足でゆっくりと出てきた。
 巫女はふるめかしい箱を持っていた。
 それを見て、その場にいる者全てが頭を下げた。
 御社の中にはすでに三人の白い狐。
 九ノ峰大社くのみねたいしゃの巫女達が正座し、綺麗に三つ指立てて礼をしている。
 平穏御所の巫女がもっていた箱を真ん中に坐する白い狐の前へと置き、御社の脇へと戻っていった。
 次に三人の白い狐の前にある垂れまくがあがった。
 上がってもなお少し奥には薄い垂れ幕とすだれがかけられているが、そこには人の影があった。

ちんは其方に神器であるこの八尺瓊勾玉やさかにのまがたまを預ける。清めて参られよ」

 垂れ幕と簾の向こう側にある人影がそう言うと。
 中央に正座していた白い狐の巫女が前を見ぬように軽く頭を下げた状態で立ち上がった。
 そこから摺り足で古めかしい箱へと近づいた。
 再び、その前で正座して、三つ指立てて頭を下げた。

つつしんでお預かりし、必ずやきよめお返し致します」

 白い狐の巫女がそう言うと、幕が下がっていき人影は見えなくなった。
 幕が下がりきると頭を上げ、古めかしい箱を両手で持ち立ち上がる。
 そして、御所車へと向かう。
 他二人の白い狐の巫女達も顔を上げ立ち上がり。
 箱を持った巫女が通り過ぎた後、御車へと向かう。
 草履を履いた後に御所車へと乗り込んだ。
 乗り込む時には貴族も侍たちも門へと向き直っていた。
 三人の巫女が座るのを見計らって、鈴の音が鳴った。

 ちりーん、しゃりーん。

 箱を持っていない巫女たちが狐耳をぴくりと動かした。
 一人は身体を強張らせ、もう一人は軽く身構えた。
 
「今のは出立の合図じゃ。案ずる事はないぞ」

 箱を持った巫女の弓月が強張らせた椿つばきと身構えたあおへ声をかけた。

「そうですよね、試練の時と同じ鈴の音だったのでつい」
「俺もつい」

 椿は少し照れながら身体を縮こめ、蒼は鼻頭を軽く掻いた。
 そんな二人に弓月はため息を吐くと、御所車が動き出した。

「先に話した通り。これに乗っている間は我らは外の事に手出し無用じゃ。天明てんめいに任せる、良いな」

 弓月ゆみづきの言葉に二人は頷いた。

「目的地に着き、我らだけになった時にはそれぞれの役割で動く。相手もそこを狙ってくるじゃろうからな」

 弓月は蒼に箱を渡しながらにそう言った。
 
「椿が清め役、弓月がいざという時の話役に護衛役ごえいやく、俺は箱を持つ役と弓月の援護役えんごやく
「おおよそ、それでなんとかなるじゃろう。椿はまた守られる側になるが、お前には腕っぷしの強さもある抵抗できそうならそれを活かすんじゃ」
「わかりました」
「では、次の神社に着くまでゆっくりと事に構えるとしよう」

 そんな三人を乗せた御所車はゆっくりと次の目的地である津流御祖神社つるみおやじんじゃへと向かっていく。

・――・――・

(流石は弓月様。天皇の御前での立ち居振る舞いを難なく成し遂げられた。まぁ、弓月様からすれば、いくら天皇であろうとも赤子のように見えてしまいそうではありますが、年齢的に。)

 そんな不躾な事を考えている天明は、御所車の前。
 引いている牛の妖怪の前を歩いている。
 貴族の中では位が低い天明だが、九ノ峰大社の九尾との関わりが強いことから藤祭はどの貴族をも差し置いて、政を行える。

(役得。といえば聞こえは良いですが、位の高い貴族からすれば僕の存在は割と目障りなんでしょうね。この前の襲撃みたくやろうにも僕自身、陰陽師おんみょうじですから大抵の曲者は返り討ちにできますし)

 さらに言うなれば、ただ九尾の一声があるからだけではない。
 陰陽師。
 祈祷きとうや風水で占い、政の助言をする事が仕事とされている者の事を言うが、天明に置いてはそれを超えた力を持っていた。
 黒い霧を追い返した式神の力はもちろん、平穏京で悪さをする妖怪の退治、政における人間関係の事件も解決したことのある実力の持ち主であった。
 だからこそ、こうして御所車の前で護衛を行えるのである。

(何事も起こらずに済めば良いのですが……今回に限ってはそうも言ってられませんね)
 
「天明様〜! お勤め頑張ってくだせ〜!」
「天明様〜! こっち見て〜!」
 
「これはこれは。どうも。どうも〜」

 敷居越し遠いながらも天明へと声をかける人々もいる。
 天明の活躍は貴族がらみだけでなく、農民や妖怪に苦しめられた平民にも至る。
 雨が降らずに困っている農家のために雨乞あまごいをし、怪しい妖気を感じればさんじていた。
 平穏京のへいにも結界を張り、悪きものが入らぬようにもしていた。
 平穏御所から程近い門から平穏京を出てきた。
 その際に、結界が正常か確認するも問題はなかった。

(弱い妖怪ならば結界を越えることなく、その場で祓い消し去る事ができる。この結界を越えられたとなれば、あの黒い霧は只者ではない。誰かが手引きしたか、どこかに抜け道があるのか、考えておかねば……)
 
 御所車も門を通り過ぎ、門が閉められた時である。

「曲者だー!!」
「皆の者、構えよ!」

 門を出たすぐそばにある林から野盗らしき者どもが十人ばかり飛び出してきたのだ。
 行列は否応なく足を止めた。
 列の右側の侍達が刀を抜き、左側の侍達も貴族を守るために右側に寄った。

「神聖な政になんという蛮行ばんこう!」
「ひっ、助けてたもれ〜!」

 怒りを露わにする貴族もいれば、助けをう情けない貴族もいた。

「天明様もお下がりを」
「いえ、これは僕にこそ相応ふさわしい敵でございましょう」
「と言われましても……」

 刀を抜いた侍が天明の前に出たが、手で制して、天明が前に出た。
 敵と刀を交わらせている侍をじっと見て、敵へと札を飛ばす。
 その札は敵の額に当たるとしばらくして、人の形をしていた者がどろりと崩れた。
 軽鎧や刀は実物のようで溶け崩れはしなかった。
 天明は確信を得たことで次々と敵に札を飛ばし、早々に蹴散らした。
 軽鎧を切りつけられた侍はいたが、怪我をしたものはいなかったようである。

「お見事でございます。お噂通りのご活躍で」
「いえ、これくらいなんて事ありません。敵もまだ居るでしょう。気を抜かぬように」
「承知致しました」

 天明と話した侍は自分の持ち場へ戻るように周りの侍に伝え、気を引き締めるようにと鼓舞した。

(やはり、相手も動いてきましたか。にしては、攻めが弱すぎる……ただ、警戒しない訳にはいかなさそうですね)

 天明の一番近くで祓った敵の残骸は無くなっていた。
 刀と軽鎧を軽く溶かしているのを見て、天明を含めた行列は歩を進め始めた。
 天明は御所車に近寄った。

「弓月様」
「何かあったようじゃな」
「はい、泥人形のような敵が現れました。すぐに倒せましたが、倒した後の泥には鉄をも溶かす毒が混ぜられているようです」
「……わかった。また何かあれば、教えてくれ」
「もちろん、そちらが本命ですからね」

 そうして二人の御所車越しに二人の話は終わり、天明も元の場所へ戻っていった。

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