第三話 辛いだろうけど、頑張って

 

 無理矢理に薬を飲まされてから三日目に差し掛かろうとしていた時に彼はパチリと目を覚ました。
 天井は石造りで、そでに小さな机。
 机の上に蝋燭ろうそくが一つ灯されているだけの薄暗い場所で目が覚めた。
 横になったままに辺りを見ても、彼女の姿はなく、身体を起こして見回しても居ない。
 横になっていて見えなかったが、丸椅子も机の前にあった。
 ベッドに眠らされていたのを考えると、ここは地下図書館の管理室だろう。
 地下図書を交代制で守り、管理するための部屋だ。
 彼女は倒れた彼を救護きゅうごする為にここへ担ぎ込んできた。
 おぼろげながらにあれやこれやと身の世話をしてくれたのを覚えている。

(頭を抱えたくなるような事があった……気がするけど、気にしないよう)

 実際に身体を起こしただけで、頭に痛みが走っていた。
 まだ完治とは言えない。
 そんな彼に扉が開く音とランタンの灯りが届けられた。

「あら、目が覚めたのね。それに身体を起こしてる。急に動いたら体に触るわ。さ、まだ寝てなさい」

 部屋にゆっくりと入ってくると、丸椅子の傍にランタンを置いた。
 彼をベッドへ寝かせると、彼女は丸椅子へ腰掛ける。
 
「は、はい……えっと……」
あわてないあわてない。君はなかなかに見どころがある子ではあるんだけど、自分のことが見えていないのが玉に瑕ね」

 寝かされた彼は頭がついてこないのか、首を傾げた。
 その仕草に彼女はクスリと笑って続ける。

「安心させる為に少し話すと、ワタシはリンネ。リンネお姉さんと呼んでもらって構わない。それにワタシは君を助ける為に来た味方。だから、変に気を張ろうとしなくていいの」
「……でも……」
「信じる信じないはまだ考えなくていい。君の心はまだ何も整理できてないんだから。この十日間、君に危害を加えなかったワタシが居るって事だけ。それだけわかってくれればいいわ」

 頭をでられる彼は、その手のひらの温かさのおかげで微睡まどろんできた。

(そうだ、この手のひら。これはこの人……)

 薄れていく意識の中で彼女の顔を見ながら。
 手のひらの温かみを感じながら。
 ゆっくりとまぶたを閉じていった。

 ・――・――・

「魔物が襲ってきたぞ〜!」
「それも統率が取れている魔物だ!」
「なんだと!?」
「我が国を取り囲み、城へと向かって進んできております!」
「敵の目的はなんだ!?」
「魔物だから言葉が通じず、目的の確認も出来ず……」
「馬鹿か! 統率が取れておるなら主犯がいるはずだ、なんとしても探し出せ!」
「王よ、王妃と王子を連れて隠し通路からお逃げください! ここは私目達が……」

(……うっ……う〜……)

「何を言う! 私も戦うに決まっておろう! ユグシアはセミアに任せる。兵達と共に戦わずして誰が王かっ!」
「王よ、お言葉ではありますが、私達には魔導大臣様とハーカ女史もいらっしゃいます。統率とうそつが取れているとなれば魔物とあなどってはなりません。中には魔族がいる可能性もあります。この反逆はこの国をうらんでのことでしょう」
「……くっ」
「こちらの事は我々にお任せを。ドラン王は奥方と王子をお守りください」
「……なんとしても城と王座を守れ! これは命令だ! そして、皆の者。命を第一に考えよ。私とセミア、ユグシア。三人のうち一人でも生き残れば、この国は無くならぬ! その時にまた復興ふっこうする為にその命をやすな! これは王命だっ!」
 
「「「はっ!」」」

「行くぞ、二人とも私についてこいっ!」

(……お父……さま……)

「お母様、何が起きてるのですか?」
「大丈夫よ、ユグシア。私達がついてます。貴方は私達がなんとしても守りますからね」
「セミアの言う通りだ。父の背をよく見ておくのだぞ、ユグシア。守る者があれば、私達は力を間違わずにふるうことができるのだから」
「そうよ、これは私達にせられた試練。貴方はドラン、お父様の勇姿をよく目に焼き付けて起きなさい。あと、私の事もね」

(……お母……さま……)

「お前はここにかくれていろ」
「お父様!」
「私たちが居なくても生きるのよ。何がなんでも」
「お母様!」
「お父様の言う通り、ここから出ないようにね。保存食が沢山あるし、あなたの大好きな本もいっぱいあるわ。寂しいと思うけど、ここが一番安全だから」
「この中には我々一族の秘伝の書がある。他にもあらゆる知識の本の原本が保存されている。たくさんの知識をたくわえて生きるんだ。力の使い方もわかるだろう」
「お父さまっ! お母さまっ!」
「ごめんなさい、こうするしかないの……」
「我らが神よ、どうか我が子を御守り下さい」
 
(……う、うっ……)

・――・――・

「辛い夢を見てるのね……汗も涙も出して……」

 うなされている彼の涙や額の汗を拭き取る。
 ただ、うなされているとは言え、起こしはしない。
 辛いだろうが、彼自身が乗り越えなければならない。
 たとえ、起こしたとしても観るものは変わらない。
 うなされていても眠れるなら眠るべきなのだ。

「少し熱っぽいかしらね……」
 
 ひたいに触ると、彼女の手のひらよりも熱かった。
 み取っておいた地下水に布をひたして、程よくしぼってから彼の額へと乗せた。
 すると、少しあらかった寝息がほんの少し落ち着きを見せ出した。

「辛いだろうけど、頑張って。一人でも大丈夫になるまで傍にいてあげる。それがワタシの受けた初めての依頼なのだから」

 そう言って、また頭を優しく撫でる。
 撫でられることでさらに落ち着いたようで、寝息はまた規則正しくなっていった。

「頭を撫でると穏やかに寝るようになって嬉し、ゆっくり寝て元気になりましょうね」

 この日から寝続ける事はなくなり、彼はある程度寝ると目を覚ますようになった。
 ただ、衰弱すいじゃくひどかった事もあり、ベッドの上からは降りる事ができなかった。
 食べ物も消化に優しいものから慣らし、体も軽い柔軟じゅうなんから。
 腕や足の曲げ伸ばしから硬くなってしまった筋肉をゆっくり伸ばすように身体を動かしていった。
 頭の運動と称して、付きっきりで看病した彼女。
 リンネと話をしたり、本を読み聞かせたり、リンネが留守の時は一人で本を読むなどした。
 まだ幼い事も手伝い、身体は順調な回復を見せ、一週間程でベッドから立ち上がれるようになったのであった。

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