地下図書館の本棚が少ないひらけた場所。
そこに焼き焦げた紙が落ちていた。
魔力切れが起きる前に燃えようとした残骸。
「じゃあ、シグくんにとっておきの方法を伝授するね」
「とっておき?」
「はい、これ」
左の掌を支えられ、リンネの拳が置かれた。
ゆっくりと開かれた拳の中身がシグの掌に乗せられた。
ただ、軽すぎるせいで何を渡されたのか感じられず、掌へ目を凝らした。
長く黒い髪の毛。
シグ自身の髪の毛だった。
「なんで、髪の毛? これがとっておきなんですか?」
「そうよ。さっきの文献の先には魔力制限の魔術を掛けられたシグくんみたいな人達はある箇所にあまりある魔力が逃げるように集まるの」
「ある箇所……それが髪の毛って事ですか?」
「そう。シグくんの髪の毛が男の子にも関わらず、綺麗で長く伸びるのは魔力が詰まってるからみたいなの。一本の髪の毛は長さによるけど、一回分の中級以上の魔術を行使できる魔力が込められているわ」
シグはまた髪の毛を見る。
魔力が籠っているようには見えない、ただの髪の毛だ。
リンネが励ますためにそんな嘘を言うようには思えない。
目を瞑って、髪の毛をゆっくりと握りしめた。
「試してみない?」
「はい、やってみます」
シグは目を開けて、リンネを見た後に歩み出て、焼け焦げた紙へ視線を向けた。
髪の毛を握った拳を前へと突き出した。
『火よ、昂る炎となりて、紙を燃やし尽くし給え』
再び中級魔術を唱えた。
すると突き出した拳の中が紅く輝き出した。
その光景にシグは目を見開き、その拳の先の光景にも目を向けた。
焼け焦げた紙の周りに火が立ち始め、渦を巻き始めた。
徐々に火力が上がっていった。
紙を包み込んで灰すらも燃やし尽くすと、火の中級魔術の効力は消えた。
紅い輝きも消えていった。
拳を引き寄せて開くと、あったはずの髪の毛がなくなっていた。
「……やった。やりました。」
「上手くいってよかった」
「師匠! 出来ましたよ! 中級魔術を行使できました! 魔力切れも起きてないです!」
「そうね、良かったわ」
喜ぶシグにリンネも微笑みかけるが、シグは視線を落とした。
「でも、髪の毛がないと僕は中級以上の魔術を行使できないって事でもありますよね」
「確かにそうだけど、強い魔法が行使できるから強いと言うわけじゃないわ。次は格闘も練習していきましょう」
「格闘ですか、魔術師に格闘なんて」
「外道かもしれない。でも、初級魔術しか使えない魔術師には、格闘も身につけないと強くはなれないわよ」
「それはそうですが……」
「シグくんは王家の血筋と言うこともあって、格闘も身につけれると思うし、魔術はこれからも教えますよ。髪の毛を使って、中級以上の魔術が使えるなら呪文や知識はシグくんが覚えていないと使えませんからね」
「それじゃあ!」
「引き続き魔術の勉強をして、身体が万全になれば、格闘を身につけていきましょう」
「はい、師匠!」
目を輝かせて、リンネを真っ直ぐに見た。
嬉しそうにしているシグが微笑ましくて、優しく頭を撫でた。
その日から魔術は座学がメインになり、時折、髪の毛を使って魔術を行使する。
中級魔術以上のシグのイメージと実際の威力を見定めるためであり、髪の毛の長さでどれほどの魔術が使えるのかという実験も兼ねていた。
髪の毛はシグが寝ている間に自然と抜けたものをリンネが文献を見た後、急いで集めたらしい。
見つけたばかりの死にかけだったシグから抜けた髪は使い物にならなかったが、リンネの看病のおかげで髪の質も良くなっていったらしい。
今では肩くらいまであった髪もリンネに負けず劣らず腰に届くほどに伸びていた。
シグの父親、ドラン王を思い出すとやはり長髪。
髪の毛に魔力が宿るのは血筋であり、伝統なのだと二人は結論付けた。
シグが放り込まれた入り口、階段から降りながらでもわかるように正面に大きく飾られた肖像画を見ても明らかである。
リンネが火魔法の応用で、火の玉の宙に浮かせて高い位置にある肖像画の顔を照らした。
「これがシグくんのお父様、ドラン=フィル=アグゼミド?」
「そうですね」
椅子に手を掛けて、黒い長髪の男性。
凛々しくも堀の深い顔には眉間に皺があり、気難しい雰囲気を醸し出している。
「なら、こっちのエルフの女性はお母様、セミア=フィル=アグゼミドかしら?」
「そうです」
椅子に腰掛ける尖った耳をもつ女性は優しくこちらに微笑み掛けている。
赤子を抱いている事もあり、慈愛に満ち満ちているように感じる。
その赤子は言わずもがな、ユグシア=フェル=アグゼミド。
今は、シグと名を変えている。
「なるほどね、となれば王家の血とエルフの血を持つシグくんはかなりの魔力を有する偉大な魔術師になれそうね」
「魔力制限の魔術が掛けられてますけどね」
「それはそれ。普通なら、幼少の頃は魔力の制御が効かずに暴走する事は良くあることなのよ。シグくんみたいに魔力が強すぎる子は大体、経験するわ」
「そうなんですね……師匠も?」
「ワタシはなんとなくで魔力が身体から溢れそうなのを感じて……お母さんにちょっとずつ魔術を学んで暴走しないようにしつつ、魔術に励んでたから大丈夫だったわよ?」
「幼少の頃から魔術を……それは凄いですね。師匠の若さで僕みたいな子供に魔術を教えられるのはそう言うことでしたか」
「若さって言い方、なんかおじいさんくさいわね」
「そうですか?」
「そうだ! シグくん、口調とかも変えてみよっか!」
「……はい?」
そんなリンネの思い付きが誰かに「オカマ」と呼ばれるきっかけになるとは知らず、シグは少し引け目を感じつつも実行していったのだった。
まだ幼かったシグだったが、リンネとの生活を経て、成長していった。
男性にしては小柄かもしれないのは、何日も飲まず食わずだった時期があったせいである。
それでも成長できたのは完全栄養エステラルポーションのおかげであり、リンネの作る料理のおかげである。
地下図書館から通ずる地下食糧庫には沢山の食料があり、足の早いものからリンネは使い、時折、調達もしていたのだと言う。
歩く事に不自由はなく、走ることもリンネと組み手ができるようになったシグは調理もしてみる事にした。
「ワタシもいつまでも一緒に居られないから、こういうことも覚えないとね」
「……頼るつもりはないですけど、自分でできないとダメですよね?」
「そういう事! うーん……もうちょっと口調は崩してもいいのに」
「師匠にタメ口はちょっと対抗が……」
「どっちかに寄ったほうが楽だと思うけど? 今ならなんと、「リンネお姉さま」付き、どう?」
「それは却下ね」
「今のタメ口、いいわね」
地下食糧庫の近くに調理場があり、二人は肩を並べて、料理をしていた。
背はシグの方が高くなったが、やり取りからすればやはり、リンネの方が姉であるのは間違いなかった。
教えるのがリンネで、慌てふためくのがシグ。
料理は上手くできたり、食べれなくはないものが出来上がったりとまちまちであった。
ちなみに、調理場には空気の抜け道があり、火を扱い酸欠にならないように工夫されているのだが……
・――・――・
「あれぇ? こんなとこで良い匂いがするのはなんでかなぁ? やっぱり、生きてるよね? あのロン毛王家の生き残りぃ」
その空気の抜け道はもちろん外へとつながっており、城の跡地。
瓦礫が積み重なり、アンバランスながらに雨風を凌げる場所。
その物陰に怪しく口角を吊り上げる影があった。
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