リンネとシグが両者見合って、二人とも同じ構えをとっている。
鏡に写したように構える二人。
リンネが右利きに対して、シグは左利き。
都合上、片腕よりも低く構えたその利き腕はここぞという時に振るわれる一撃のために力を留める。
静かにゆっくりと。
けれど、気取らないように息を大きく吸い、全身に魔力を送る。
どちらも仕掛ける事なく、静止せずに微動しながら動く機を待つように未だ尚、攻めはしない。
どこかで水滴が水面を揺らす音が響いてからは速かった。
音が響いた時にはシグがリンネへ、拳が届くほどに間合いを詰めていた。
リンネもその動きに後ろへステップを踏み、シグの右拳を避ける。
避けられた右拳の勢いにのって、右足で踏み込んで右拳で裏拳を繰り出した。
シグの裏拳を仰け反って避け、リンネはそのままにバク転をした。
バク転でシグへと蹴りを繰り出したが、避けていた。
バク転から体勢を立て直したリンネへシグは攻勢を変えずに右足で踏み込んだ。
力をためていた左拳をリンネへと繰り出した。
リンネはシグの左腕を両手で絡みとり、身体を捻って、足も連動してステップを踏んだ。
シグは自由の効かなくなった左腕の重心を利用され、リンネの背中へ引き寄せられ、視点が一気に回転する。
戸惑ったシグはそのまま、風魔法が行使された床へと叩きつけられる。
風魔法がクッションになり、衝撃は無かった。
ただ、瞬間的に突発的に身体を叩きつけられる感覚は気持ちが悪かったようで右手は口元へと伸びていた。
リンネは左腕を離して、心配そうに声をかけた。
「思ってたより綺麗に決まったわね。シグくん、大丈夫そ?」
「ええ、師匠の風魔法のおかげでなんとか」
「ちょっと気分悪そうね、休憩にしましょうか」
シグは口を押さえたまま、頷いて座り直した。
今の技はなんだ?と気持ち悪さを耐えながらに考えを巡らす。
今まで師匠との組み手の中であんな技は出てこなかった。
渾身の左拳をしゃがんで避けて、次の足払いをどう捌くかを考えていたら……一気に引き寄せられて投げられた。
相手の力を利用した見事な投げ技だった。
「あれはね、スズネが編み出したものなのよ」
シグの思慮顔を見て、勘付いたのか。
リンネはそう言いながら空の木彫りコップを渡してきた。
「スズネ……師匠の話に時々出てくる、妹だったかしら」
話すがらに水魔法で生成した水をコップに入れて、ついでに氷結魔法で冷やした。
魔法がうまく作用したお陰で冷たい水が飲めた。
リンネは持ってくる最中に入れたようで隣に座ってすぐに口をつけていた。
「そそ。ワタシとの組み手中に思い付きの技でワタシも見事に投げられたわ」
「師匠も投げられたなら、私が避けられないのも無理ないわね」
「そうね。ワタシの時は地面だったから良かったけど、ここが石組みの床なの忘れてて危なかった〜。ついうっかりでシグくんをベッド送りにしそうだったよ」
「それは勘弁してほしいわね」
「でしょ〜? ワタシも焦って……っ!」
「ん? 師匠?」
さっきまで朗らかに笑い話をしていたリンネが不意に天井を見上げた。
それをおかしいと思いながらに問いかけたが、しばらく反応がなかった。
「外で何かあったの?」
「……ううん、なんでもない。シグくん、『ディマジック』は扱えるようになったかしら?」
リンネがあからさまに離れていった。
それは今までの経験上、何かの組み手か魔術訓練。
そう思い、シグはコップを置いて立ち上がった。
「なに、藪から棒に」
「ワタシが唱える魔法にディマジックをかけて、阻止してみてくれるかしら?」
「組み手よりもやり甲斐のある訓練で助かるくらいね」
リンネが片手杖を構えると、シグも片手杖を構えた。
シグの杖も、杖を入れるホルダーもリンネが準備してくれたものだ。
『大地よ――――――』
『ディマジック』は妨害魔術の名であり、その対象は相手が扱おうとする魔術。
今現在、リンネが扱おうとしている魔術に対して、発動させないための相対する属性を相手魔力に溶け込ませる。
相手が唱える呪文を聞き取り、構成される属性や性質を読み解いて、ディマジックを唱える。
そうすると、微小ながらに発生した魔力が妨害属性を帯びて相手の魔力に溶け込み、発動させなくする。
(土魔法……どのように性質を変える?)
『―――形を成して―――』
(そうくるわよね)
『ファメント』
シグはボソリと呪文を唱えた。
すると赤みを帯びた魔力がリンネの練り上げる魔力の中へと寄っていき溶け込む。
(よし、これで)
『――――――彼の者を突き刺せ』
リンネが呪文を唱え終え、杖をシグへと指し示す。
しかし、何も起きない、起こらない。
しばらく二人の間に沈黙が落ちる。
「ふふ、良かった。ちゃんと勉強していたようで安心したわ。出来てなかったら、シグくんを突き殺すか、泥まみれにする所だった」
「師匠、流石に分かりやすい呪文すぎるわよ」
「そうかしら? 早とちりして水のディマジックを唱えてもおかしくないと思うけど?」
土魔法だからと言って、水のディマジックで良いと勘違いしてはならない。
今回の場合、土が形を成すのには僅かな水の魔力も必要となる。
そこへ水のディマジックを溶け込ませても発動を妨害できずに相手が唱えた魔術とは違うものが発動する。
形を成す為の水の魔力が多くなり、土が泥となってシグへと押し寄せていた。
そうならないようにシグは火属性の魔力をリンネの魔力の中に溶け込ませて、水属性の魔力を中和した。
結果として、土を槍のような形にして攻撃する土魔術を妨害され、魔術の不発となった。
「一節目から土魔法と限定された時点で、水のディマジックは省かれたから簡単だったわよ」
「そうね。訓練だったからこそ複雑ではない魔術を選んだのも大きい。もし、ワタシが本気で魔術を行使しようとすれば、シグくんはどうしてた?」
「……それでもやる事は同じよ。呪文を聞きながらにどのディマジックにするか考え……」
「不正解! 複雑な魔術は一つ間違えば、暴発する。敵はもちろん、自分も吹き飛ぶ。最悪、自分側だけが被害を被るわね。そんな時は距離を取って、属性防御魔術を張るのが正解」
「距離を取って防ぐだけじゃなく、相性の良い属性防御魔術で攻撃を防ぐ」
「シグくんみたいに魔力が制限されてたり、少ないってなってくると避けながら。避けきれない時だけ防御魔術を張ると良いわね」
「防ぐよりも弾いたり受け流したりすれば、より魔力を抑えられるわね」
「おー、大正解。あとは実践あるのみって感じね」
リンネはまた天井を見上げた。
何か見定めるかのように目を細めた。
それを見て、シグも天井へと視線を上げる。
物音はしないにしても、何か違和感を感じた。
試しに魔力探知。
目に魔力を込めて、天井。
地上の魔力を探ってみる。
すると、僅かな魔力を見つけ出した。
ちょうど見上げた頭上である。
僅かな魔力量に見えるのは、天井と地面越しのせい。
もう一つ可能性があるとすれば、相手が魔力を抑えている可能性がある。
「師匠、これは……」
「ええ、敵みたいね。それもゴブリンとかそんな小物じゃないわ」
「という事は」
「シグくんを狙ってる魔族。ありがたいことに一人だけみたい」
「そんな冷静な……頭上にいるって事はあっちもこっちに気づいてそうですが」
「この地下図書館はかなり頑丈にできてるわ。外でどれだけ激しい戦闘があろうとも城が崩れようともね。今がいい例よ」
シグとリンネが暮らしている中で壁や天井にヒビなど入っておらず、崩れている箇所もなかったのを考えると間違いない。
「なら、外の魔族はどうしますか? 放っておきますか?」
「いいえ〜。仲間を呼ばれでもすれば大変だから倒しちゃいましょ!」
「倒すって、二人でですか?」
「そうよ。あとは実践あるのみだもの」
嬉しそうに言うリンネから少し狂気を感じて、シグは怖気付いたようで。
「僕はまだ外には……」
「ふふ、口調戻っちゃうくらい怖気付いたの?」
「そ、そんなこと!」
「シグくんは強くなったわ。あとは実践を積み重ねていくしかない。じゃないと一人立ちなんて到底無理よ。わかったら、ワタシの言うタイミングで一緒に魔力を絶って。スリー、ツー、ワン」
・――・――・
「ありゃぁ〜、気づかれた? これでも抑えたんですけどぉ。こういう事は劣等種の方が断然上手いから嫌になるねぇ。この地面ごと、ぺしゃんこにしたかったのになぁ。嫌になるくらい硬いんだからなぁ。やだねぇ〜、ヤダヤダ」
外でボヤく人物は地下の入り口を見やる。
「あぁ〜、陽動されてたかぁ。こんなことなら最初から出てくるの待ってれば良かったなぁ。まぁ、二人とも殺してから抉じ開けて燃やし尽くせばいいかぁ。走るの面倒だし、歩くかぁ」
トボトボと歩く姿は殊更に面倒臭そうであった。

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