第十三話 大乱の書物

 夕食が運ばれる頃には弓月ゆみづきも離れの中にいた。
 運んできた巫女みこたちが弓月に驚きながらも、配膳はいぜんをどうするか悩んでいた。
 ただ、仮の姿である弓月にはご飯の必要がない事を伝えると戸惑とまどいながらも納得してくれた。

「弓月様の事は更子さらこ様にお伝えしておきます」

 そう言い置いて、離れから出ていった。

「二人だったのに、いきなり、三人目が居たら驚きますよね」
「更子が気付いたんなら、他の巫女にも話していそうな気がしたんだけどな」
「こちらの事を立ててくれたのじゃろう。にしても、驚きすぎじゃったとは思うがな」
「弓月さんは常識外れなところがありますから仕方ないですね」

 夕食を持ってきた巫女は弓月を見るなり、「ひゃぁーーー!」と悲鳴ひめいを上げたのだ。
 その悲鳴の後にもう一人の巫女も悲鳴をあげた。
 一人目の悲鳴の直後に弓月とあおもすぐに耳を抑えていた。
 二人目の悲鳴には弓月の顔が引きっていた。
 さいわい夕食はひっくり返す事はなかったが、ある意味一瞬だけにぎやかになっていたのだ。
 ちなみに夕食は、焼き魚と味噌汁と五穀米である。

「更子という巫女は、蒼の中に我がいることに気づいたんだったな」
「はい、何か術を使って見抜いたようです。蒼さんの自己紹介と容姿で言い当てた時はびっくりしました」
「ここには大乱たいらん書物しょもつがあって、読んでたおかげで更子はわかったらしい」
「お主らはそれを読んだのか?」

「大乱の書物」と言われた時に目を見開き、蒼と椿つばきを交互に見ながら問うた。
 
「いや、読ませてもらえなかった」
「はい、ご本人から話されていないなら読むべきではありませんと言われまして」
「そうか……まさか、あの頃の書物があるとはの。とんだ物好きがいたもんじゃ」

 椿は話を聞きながらにはしを進めるが、蒼にいたってはもう食べ終えていた。
 魚の骨も残さずに。
 二人は大乱の時に何かあったに違いないと思い至っていた。
 更子とのやり取りで薄々わかっていたが、弓月本人の反応。
 荷物の整理をしている時に大乱の話での弓月の言いよどんだ事から二人ともかんづくことができた。
 そこからは誰から話し始めるでもなく、椿も夕食を食べ終えた。

「こんばんは。御三方、いらっしゃいますか?」

 椿が御膳を玄関近くに置いた時に戸が開かれた。
 戸口に立っていたのは更子である。

「はい、みんな居ます」
「それは何よりでございます。そちらのお方が弓月様でお間違いありませんか?」

 更子は話ながらに中へと入っていき、弓月へと視線を向けた。
 弓月は更子を見ながらうなずいた。
 それを見て、みだれのない所作しょさ草履ぞうりを脱ぎ、座敷ざしきへと上がり、弓月の前で正座した。
 正座に三つ指立てて、何も言わずに頭を下げた。
 しばし、頭を下げてから上げた。

「お初にお目にかかります。久家神社ひさけじんじゃ、神主代理巫女の久家更子ひさけさらこと申します。以後お見知り置きを」
「お主が更子か。我の連れが世話になったな」

 弓月の言葉を聞き終えて、両手を膝上に置いた。
 姿勢を正して、弓月を真っ直ぐに見据える。
 
「いえ、私たちが困っている事を解決してくれるようと動いてくださるならば、手を貸すのは当たり前のことでございます。そうでなく、逆の立場になったとしても私たちはお力になりますとも」
「頼もしい限りじゃな。そう言い切れるのはここにある書物のおかげか?」

 弓月が尻尾をぱたりと床に叩きつけた。
 更子は目をらすことはなかった。
 
「確かに書物を読ませて頂きました。弓月様の事情を知っているからこそ強くお力になりたいと思うのでしょう」

 軽く目をつむりながら右手を自身の胸元へと置いて、「ですが」と続けた。

「もし、書物を読んでいなかったとしても、私はお力添ちからぞいたします。蒼様の胸の内にいらっしゃった弓月様は心を痛めて居られることを感じられました。こうして姿を現してもなお、何かに苦しんでいらっしゃる。ならば、巫女たる私がお力添えするのに十分でございます」

 目を開けた更子の眼差しは優しいものであった。
 あわれみや悲しみを向ける眼差しではなく、どうかむくわれてほしいと想う気持ちのこもった眼差しであった。

「……左様か。試すような事を言ってすまなんだ」

 まさかそのような眼差しを向けられるとは思っていなかった弓月は気まずそうに目を逸らした。
 更子はその弓月の言動にすそで口元を隠した。
 
「何がおかしい」
「すみません。書物に書かれている弓月様の印象と目の前にいる弓月様の印象が随分と違うものですから、つい」
「その書物は本当に我の事を書いてあるのか?」
「はい、間違いありません。ですが、書き手の私情が多いに含まれているようですね。これほど御心のある方だからこそ想い悩めるというものでございます」

 裾を下ろして、言い終えた更子は弓月に微笑ほほえみを向けた。
 弓月は少し気まずそうにたじろいだが、調子は変えずに。
 
「誰がその書物を書いた?」
「お話できません」
「なぜじゃ」
「読む際には御本人や御関係のある方には著者や内容を伝えてはならないとお約束しておりますので」
「俺たちに言えないって言ったのも?」
「はい、そのためです。ですが、御本人から聞いたほうがいいと言うのも本心でございます。こうして弓月様の印象が違うように……もしかすると、内容も異なるかもしれません」

 蒼が割って入ったことで更子は蒼を見た。
 ただ、椿は弓月が腕組みをして、少し俯くのを見ていた。
 狼耳も少し垂れているようにも見えた。
 まだ、話すのに時間が必要そうに伺える。
 椿もまた少し俯いた。

「ともあれ、私は御三方にお力添えをすると決めておりますから、御心配なさらずに背中を預けてくださいませ。では、飛駕山をご覧になって頂けますか?」
「そうじゃったな。ほれ、二人とも見に行くぞ」

 弓月は更子の後ろについて、離れから出ていく。
 蒼も二人に続いて出ようとしたが、椿が蒼の着物を引いてきた。

「どうした?」
「なんとなくですけど、弓月さんが話そうとしている事ってかなりしんどい事なのかもしれませんよ。少し聞くのが怖くなってきました」
「そうかもしれないが、弓月なら俺と椿が二人いる時に話すと思う。一人で背負うんじゃなくて三人で背負うんだ」
「三人で?」
「今、弓月が一人で背負ってる。けど、それはもう重過ぎるんだと思う。なら、弓月から話してもらって、分けてもらって三人で背負えばいい。俺たちは旅を一緒にしてるんだから助け合わなきゃな」
「わかりました。ありがとうございます、蒼さん」
「なんてことな」
「これっ! 何しとるっ! はよせぇ!」
「す、すまない」
「ご、ごめんなさい!」

 弓月の声掛けで外へと駆け出した二人が見たものは、不気味ぶきみな山の姿であった。

「え」
「ひっ!」

 山の影が動いているのを見て、蒼と椿はおどろいた。
 更子と弓月はなんて事なさそうに山を眺めている。

「これが騒ぎの元凶でございます。山に入ったが最後、行きも帰りもできないようなのです」
「行きはどう確かめたんじゃ?」
「山向こうの宿の者がいらっしゃいまして、わかりました。山からの客足が途絶えていると言われました」
「なるほどの。その遣はどの道からここに来たんじゃ?」
「山を迂回して、こちら側にいらっしゃったのです」
「ふむ」

 話している間も山はうごめき、形を変えている。
 蒼は山を見慣れてきた。

「山越えができないなら、不便だな」
「そ、そうですね。山が、あ、あんなに……ふぇ」
「おっと」

 山で暮らしてきた椿にとっては衝撃だったようで気絶してしまった。

「また気絶したのか、そのまま寝かしてしまうか。更子よ、離れに布団はあるか?」
「もちろん、ございます。お出ししますね」
「いや、構わん、お主も我らに構わずに神社の事をしておれ」
「かしこまりました。お布団は押し入れの中に二組ございますのでご自由にお使いくださいませ」
「うむ。蒼は椿を運べ、我が布団を敷く」
「わかった」

 更子はお辞儀をして、神社へと帰っていった。
 二人は離れに入って、蒼は弓月が布団を敷くのを待つ。

「弓月」
「……言わんとしとる事はだいたいわかっておる。我にも言いにくい事の一つくらいはあるんじゃ」

 普段は布団を敷くなどということはしないだろう弓月が率先そっせんして布団を敷いている。
 その気遣いがなんとも違和感いわかんとして感じてならない。

「もうしばらく待ってくれ。我ももう寝るからの。蒼もゆっくり休め」
「ああ」

 弓月が人魂の姿になると、蒼の胸元へと入っていった。
 思う事はあるが、

「考えても仕方ないか」

 ぽつり、独り言をこぼした。
 蒼は椿を布団に入れると、自身もまた目を瞑り眠りについた。

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