第十四話 飛駕山

あおさん、起きてください!」
「ん? なんだ?」
「私、いつの間にか寝てたみたいで……さっき起きて朝だったんですけど!」

 朝から椿つばきがあたかも当然な事をとんでもない事が起きたように言ってきた事に、蒼は寝起きの頭で。

「おはよう」
「あ、おはようございます。じゃなくてですね!?」

 考えるまでもなく朝起きたからこその挨拶あいさつを返した。
 椿が取り乱したことで、戸をひかえめに叩く音が聞こえなかった。
 
「朝食をお持ち致しました」

 久家神社ひさけじんじゃの巫女二人が戸を開けて御膳ごぜんを持ってきてくれた。
 だが、タイミングが悪かったと言える。
 椿が言い寄ったせいで蒼に接吻せっぷんせまっているように見えたらしく。

「もしかしてと思っておりましたら、やはり、そうでしたか」

 と言いつつ、御膳を玄関の小上がりに置いた。
 
「ち、違いますっ! これは」
「お邪魔を致しました。朝食の御膳はお昼に持っていきますね」
「違うんです〜!!」

 椿の声は神社中に響き渡ったほどに大きな声だった。
 蒼の耳が金切り音に悩まされたのは言うまでもないほどに。

「今朝はお楽しみだったようですね」
「勘違いですよ!」
「ふふ、わかっております。お二人からはまだそう言ったものを感じられませんからね。椿さんはともかくとして……にらまないでくださいませ」
「で? 今日は何用じゃ?」
 
 巫女たちの誤解を解いて、朝食を平らげた頃に更子さらこがやってきた。
 更子が離れに入って来ると、弓月も起きていたようで姿を現した。
 
「本日は山に登られますか?」

 胡座をかいた弓月の前に更子が正座しながらそう問うた。

「昨日のおかげで山の状況はわかった。早く手を打つべきじゃな」
「私もそう思います。なので、これをお使いくださいませ」

 更子は裾からお札の束を出してきた。

「こちらは丘の上にある鳥居と山道にある鳥居をつなげるためのお札でございます」
「なんとも面妖めんような物を作れるもんじゃな」
「神の御業みわざという事にしているただの陰陽術おんみょうじゅつだとか。夫が作り置きしていた物でございます」
「左様か、蒼が持っておれ。今日の所は我と蒼だけで山へと入るとしよう。どこで敵と出会うかわからん」

 蒼は頷くと、更子からお札の束を受け取った。
 
「わかりました! 二人が帰って来るのを待ってますね」
「今日の成果次第で明日の段取りを考えるとしよう」
「かしこまりました。準備ができれば、丘の上の鳥居へ。待っておりますね」

 更子がお辞儀をすると、立ち上がって離れを出ていった。
 
「さ、準備をするんじゃ」
「わかった」

 蒼はお札の束を裾に入れた。
 三度笠さんどがさ縞合羽しまがっぱは置いたまま、身軽な姿で飛駕山ひがやまを登ることにした。
 腰元には右側に形無かたなし、左側に瓢箪ひょうたん
 蒼の準備が整うと三人で丘の上の鳥居へと向かう。
 弓月と蒼はなんて事なさそうに鳥居へ歩いて行く。

「あの、弓月さん」
「なんじゃ?」
「飛騨山には、何が起こってるんでしょうか?」
「さぁの。行ってみん事にはわからんが、昨日の山の様子を見るに只事ではない」
「ですよね……」

 ただ、椿としては二人が心配であった。
 いくら強いとわかっていても、心配になってしまうのだ。

「俺と弓月が行くんだ。なんとか出来るはずだ」
「そ、そうですね……二人を信じて待ってます!」
「ああ、そうしてくれ」
「旅支度の準備は任せたぞ」
「はい、任せてください!」

 椿の心づもりが歩きながらに整えられた頃に、鳥居へと着いた。
 更子が先に着いており、再び鳥居が繋がらないかを試しているようだ。
 だが、結果は昨日と同じく、繋がる事はなかった。

「繋がらないか」
「はい……他の鳥居に繋がるかもしれないと思ったのですが、駄目みたいです。お力になれそうなく、申し訳ありません」

 更子は申し訳なさそうに三人へと向き直り、お辞儀をした。
 
「構わん。山道から行くつもりであったからな。昨日の山の動き方で道がおかしくなっているという事はないかの?」
「はい、鳥居の足場となっている石畳や土壌は清められたもので作られているそうなので大丈夫のはずでございます。少し崩れているかもしれませんが」
「少しなら良いんじゃがな」
 
 弓月は呟きながらに飛駕山への山道であろう道を見据えた。

「怪我とかしないようにしてくださいね。帰ってきたら、治しますけど」
「我も居る。心配することなかろう」

 蒼の横には弓月がいた。
 飛駕山の状況を確認することと鳥居の修復。

「お渡ししたお札を鳥居に満遍なく貼って頂ければ、あの鳥居から飛駕山の鳥居への移動が可能になります。お手数ですが、抜かりなくお願いいたします」
「任せてくれ」
「では、行ってくる」

 弓月は言い残すように山道へと歩み出した。
 更子は弓月と蒼へ頭を下げた。
 蒼も弓月についていく形で山道へと向かう。
 昨日の夕刻ゆうこくを経て、山の形はやはり変わっている。
 ならば、今から入ろうとしている山道も石畳で整えられているにしても影響を受けていない訳がない。
 清められた物を使っているとは言え、何年物になるのかも定かでないなら当てにしない方がいいように考えられる。

「二人が山に登っている間に旅荷の準備をしておきますね!」
「ああ、よろしく頼む」
「気をつけて〜!」

 椿に軽く返事をして、また返ってきた声を背に飛駕山の山道に足を踏み入れた。

「私たちはこちらの事を致しましょう」
「はい! すみませんが、洗い場と干し場をお借りしてもよろしいですか?」
「もちろんでございます。干し場を増やすようにも致しましょう」
「そ、そこまでして貰わなくても」
「長旅で洗い物は多いはずですから、短くない滞在になるとは思いますが、何事も早いに越した事はございません。それに雨が降ることもありえますから」
「ほんとですね! 善は急げ、早速準備をしてきます」

 椿はお辞儀をして、離れへと駆け出した。
 更子はその後ろ姿を見送り、しばらく鳥居越しに飛駕山を眺めた。

「お二人を導いてくださいませ」

 そう呟いてからしばらくして、神社へと帰っていった。

・――・――・

「少しは石畳も残っておるな」
「登り始めた時は登りやすかった」

 久家神社ひさけじんじゃからの山道を登り始めた蒼と弓月は石畳の整ったところを歩いていた。
 だが、登るほどに石畳は崩れていたり、割れてしまっていた。
 今目の前には、横歩きすれば登っていけるだろう石畳の道があった。

「椿を連れてこなかったのは得策じゃったな」

 弓月は山道が崩れてしまった箇所を軽く飛び越えながらにそう言った。

「連れてきてたとしても、抱えて通れたと思うぞ」

 蒼も軽く飛び越えて、先を行く弓月について行く。

「見当は付いとるが、危ないところに椿を連れて来る訳にはいかんじゃろう」
「見当、付いてるのか?」
「来る前から薄々はわかっておったわ。昨日の山の動き方を見て確信したんじゃが、予想通りじゃった」
「誰がこんな事をしてるんだ?」
「かつての戦友である化け猫の長。若藻にゃもという猛者じゃ」
「強いのか?」
「山の形を変えたのが若藻の仕業じゃ。あんな事をするような奴ではなかったんじゃがの」
 
 弓月の言葉に蒼は足を止めてしまった。
 山の形を変えてしまえる妖怪がいる事。
 その妖怪と戦うかもしれない事に戸惑った。

「何せ変わった奴でな、妖怪のくせに人に……な〜に、突っ立っとるんじゃ」
「いや、なんでもない」

 少し臆した事を悟られないようにまた歩き出した蒼。
 その様子を見て、弓月はニヤリと笑った。

「なんじゃ? 昨日の事で少し臆しておるのか?」
「そんな事はない」
「まぁ、里にはあれほどの事が出来るものはおらんかったし無理はないの。じゃが、どれだけ強大であろうと立ち向かわねばならん時があるやもしれん。今回の事はその試練と思ってやりきるんじゃ」

 また目の前には石畳が崩れてしまった山道があった。
 今度は石畳は残ってすらいなかったが、二人には関係ない。

「敵も同じ事、蒼よりも力や知恵が上の者はいくらでもおる。いくら負けそうでも勝ち筋を探せば、何かあるはずじゃ。気持ちで負けたり、思考を止めてはならんぞ」
「ああ」

 弓月が先に飛び越え、飛び越えた先でそう続けた。
 蒼も続けて飛び越えた。

「肝に銘じておけ。我のようになってほしくはないからの」
 
 蒼は狼耳をピクリと動かして、また足を止めそうになった。
 だが、止める事はなかった。
 弓月の後ろ姿がどうも寂しそうに見えたからだ。
 狼耳も尻尾も垂れ下がってしまっている。
 そばに居てやらないとと思い、歩みを止めずに弓月について行く。
 鳥居が見えるまでは、二人は静かに所々崩れた石畳の山道を登っていった。

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