第十二話 離れ

 はなれへと迎え入れてもらった二人は、座敷ざしきに荷物を広げて、少し整理をしてからお昼を食べた。
 ささの包みには八つのおにぎりと漬物が入っていた。
 あおはおにぎりを五つ食べ、椿つばきは三つ食べた。
 漬物は食べたいように食べたのだった。

「さて、どうするか」
「荷物を整理することくらいしかありませんもんね」

 二人して、広げたままの荷物を眺めた。
 ここのところ歩き詰めで洗濯したいものが増えてきている。

更子さらこさんか、巫女みこさんに洗い場や干し場を貸してもらえないか聞いてみないといけませんね」
「確かに」
「蒼さんが飛駕山ひがやまで起きている事を片付けるまでに次の旅に出れるように準備しておきますね」
「ありがとう。よろしく頼む」
「いえいえ」
「椿、体調は大丈夫そうか?」
「はい、少しゆっくりしたら治りました」
「ここまで歩き詰めだったんだ。旅の準備も大事だが、休める時は休んでくれ」
「なら、蒼さんも今のうちに休んでくださいね」
「ああ、弓月もこんな調子だから、休んで……」

 蒼が胸へと意識を向けると、久々な感覚があった。

「どうかしました、か」

 椿は胸に視線を向けて固まっている蒼に首を傾げる。
 蒼と同じく視線を胸の方に向けると、白く光出した。
 季喬ききょうからもらった勾玉が光っているのだ。
 その光が蒼の胸元から離れ、戸口側の2人のそばで止まった。
 少し漂うと光が一気に炎と化して、大きく燃え盛った。
 蒼は手で目を隠しながら薄目で様子を見て、椿は顔をらした。
 だが、熱さは感じず、赤光しゃっこうが強いだけで離れが燃えることもなさそうである。
 炎が収まっていくと、四日も起きずにいた弓月ゆみづきの姿があった。
 姿を現した弓月は部屋の様子を見た後に申し訳なさそうに俯いた。

「すまぬ、思った以上に寝込んでいたようじゃ」
「もう起きて大丈夫なのか?」

 蒼がそう聞くと、椿は二回頷いた。
 弓月は二人の心配そうな顔を見て、困ったように眉を曲げた。

「大丈夫になったからこそ、起きてきたんじゃ。して、ここはどこかの?」

 弓月は腰を下ろして胡座あぐらをかいた。
 ほんの少し蒼と椿は目を合わせたが、言葉なく弓月を見た。
 どうして寝ていたのか、何かあったのか。
 そう二人は聞きたかったが、待つと決めた以上は聞かずにいる事にした。
 弓月と共に旅をしているのだから、きっと話してくれる時が来ると信じて。

「ここは久家神社ひさけじんじゃの離れですよ。飛駕山の件をひょう様にお話ししたら、ここを教えてくださったんです。弓月さんが起きるまで瓢様のところに居ようかとも考えたんですけど、弓月さんに信頼して欲しくて二人でここまで来たんです。ね、蒼さん!」
「あ、ああ……なんで、あんな風になってたかは気になったし、心配になったが、椿がそうした方がきっと良いって言ってくれた」
「そうか、心配をかけてしまったな。寝過ぎてしまったから、しばらくは大丈夫じゃ。我とて気を病む事がある。情けないがの」
「そんな事ないですよ! 弓月さんだって、生きてるんですから情けない所があって良いと思うんです! 困ったら、私達に頼ってください! 一緒に旅しているんですから!」
「そ、そうじゃな」

 俯く弓月に椿が身を乗り出して、言い寄った。
 その言動に面食らった弓月は生返事をするしかなかった。
 椿のまっすぐな眼を見ていたが、気まずく視線を逸らすと蒼の視線とぶつかった。
 何も言わずにゆっくりと頷くだけ。
 頷いた後に真っ直ぐに見つめてきた。
 弓月は少し気が抜けた顔をしてから顔の近い椿を見た後に鼻で笑った。

「顔が近いから離れてくれ」
「あ、すみません。でも、私達は弓月が心配で」
「わかっておる、我が寝とる間にあった事を話してくれ。飛駕山の騒ぎは手分けした方がいいじゃろうしな」

 話をはぐらかされたように感じる二人を他所に弓月はある箇所を指差した。

「そこにある荷物共をどうにかしながらでも良いから、話してくれ」
「あ、忘れてました」
「弓月が急に起きてきたからな」
「すまんかったの……あと、我から話したい事はまだ、待ってくれ」

 弓月がこうも二人に素直に謝ってくるのは、心配させてしまった気持ちと自分の情けなさからくる謝罪が原因。
 いつもとは違う弓月のまとう雰囲気に少し戸惑う二人。
 ただ、隠さずに話すと言ってくれた事に二人は安堵あんどした。
 荷物の分別をしながら、弓月が寝ていた四日間の事を話し合った。

「思っていたよりも深刻そうじゃな」
「ああ、ここの神主が三週間も帰ってこないってのも気になる」
陰陽師おんみょうじでもあるって言ってましたから、天明てんめいさんみたいにお強いのかと思ったんですが」
彼奴きゃつ季喬ききょう様の力も授けられておるはずじゃ。そこらの陰陽師と一緒にしてはならん。大方、一人ではどうもできずに力を貸してもらいに出たに違いあるまい」
「でも、誰に力を借りるんだ? この辺には頼れる先があるのか?」
「その神主かんぬしは人間なのか?」
「あ〜……それは聞いてませんけど、更子さんは人間の方ですから多分」
「ふむ、確実にとは言えんが……三週間も神主が神社を空けておると言う事は、武蔵国むさしのくにに助けに求めていそうじゃな。何か見返りを求められて、拘束こうそくされとるのかもしれん」
「そんな酷い所なんですか?」
「実際のところはわからん。なにせ、妖怪を嫌う武士共が住まう土地じゃからな。我らは近づかん方が身の為じゃ」
「確かに、危なそうですね」
「大乱の時は協力しあったんじゃないのか?」

 弓月はうんざりそうにため息を吐いた。
 
「あの時は嫌う嫌わないという甘い考えすら持てぬ時代じゃった。皆、生きるにも生き残るにも必死でそれどころではなかったが、余裕がある時はお互い近づかぬ事が暗黙の了解じゃ。なにせ、敵は変化に長けた妖怪、しかも、死体を操るともなれば、致命傷の少ない死体を使った奇襲すらあった。誰が敵かわかるものではない。身内ならともかく、見ず知らずの相手にはお互いが警戒してしまい、一触即発じゃ。命のやり取りをする戦場では特にそうならざるおえん。一番タチが悪いのは死んだはずの身内が……」

 あふれんばかりに大乱を語る弓月の口が止まった。
 口元が戦慄いて、声が出なくなったとも言える。
 だが、すぐに顔をしかめて歯を食いしばってから口を閉じた。
 目を閉じて、一息置いてから少しだけ続けた。

「とにかく、武蔵国の武士とは関わりは持たぬ事じゃ」
「わ、わかりました。その、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃ……少し外の空気を吸ってくる」

 椿の心配を軽く返事して、ゆっくりと立ち上がり、離れから出ていった。
 その足取りはしっかりとしていたが、少し気怠そうであった。
 耳も尻尾も垂れていたのを弓月は気づいている様子もなかった。

「本当に辛そうです。聞かない方が良い話なのかもしれませんね」

 椿は弓月の今までにない姿に気の毒になってきていた。
 あそこまで辛いのなら、いっそ話してくれないで良いのではないかと思い始める程である。

「いや、弓月が話そうと頑張っているなら。俺たちは辛そうにしているのを見守って待つしかない。弓月の力になるためにはそれが良いはずだ」

 蒼はむしろ話を聞くべきだと思ったようで、弓月が出ていった戸を見つめながらにそう言った。
 昔に自分が修行を嫌がっていたのを弓月が見守ってくれたように今度は蒼が見守る側になるべきだと思ったのだ。

「そうですね。こうしてお供させてもらってるんだし、私も見守ります」

 蒼と同じく、閉まっている戸を椿もしばらく見つめた。

「情けない」

 弓月は少し戸のそばの壁に背を預けて、ため息をついた。
 空には晴れ間がありつつも、灰色がかかった雲があった。

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