瓢の言う通りに古寺までの道を戻り、飛駕山への道である中山道へと出た。
振り返って見ると、蒼達が歩いてきた道は無くなっていた。
「結界の外に出たから見えなくなったんですかね」
「そうみたいだな」
蒼が道があった辺りを手で探ってみたが、何も触れられはしなかった。
そもそも同じ所に結界があるのかすらもわからない。
瓢に会うためには弓月に頼むしかなさそうである。
「飛ばせなかったのは少し癪だが、言われた通りに歩いて行くしかないな」
「そっちじゃなくて、こっちですよ」
「……そっちか」
椿よりも歩み出した蒼は当然のように、京へ帰る方向へと歩み出していた。
「今のところ、私よりも先に歩き出すと確実に違う方向に行きますね」
「なんとなくで歩いてるからな」
「ちょっとは考えた方がいいかもしれませんね」
「なんかさっきから言葉に棘を感じるな」
「気のせいですよ。さ、ついてきてくださいね」
椿が少し笑うと、蒼は口をへの字に曲げた。
瓢の言う通りに中山道を飛駕山方向へと歩き出した。
相変わらず、すれ違う人の数は少ない。
季喬からもらった地図にはこの道しか書いてなかったが、関ヶ森を抜けてすぐに分かれ道があった。
南東の海岸線をなぞるように伸びる道だ。
その道よりもこの中山道の方が近道である事から地図に記したのだろう。
椿と蒼はそう思っている。
実のところはというと。
・――・――・
「宜しかったのですか、黒狼一行を飛駕山へ向かわせて」
「なに? 妾の都合に付き合わせたらあかんのかえ?」
「どうも、弓月様のご様子がよろしくなかった。そんな状態で飛駕山の出来事に向かわせては万が一という事も」
「心配あらへん。最近、事情が変わってきとるし、弓月達を向かわせんでもなんとかなりそうな雲行きやったし」
「ならば、なぜ」
「それを言うたらおもろないやろ。ほれ、そないなことに気にせんと、あんたらのやらなあかん事をしぃ」
「御意」
季喬の隠り世の本殿。
伊竹は返事をすると、姿を消した。
本殿から見える芒野原は変わらずに夕焼けを浴びて、金色に輝いている。
「アレばかりは、弓月の問題や。あの頃とは違う事はもうわかっとるはずや……」
金色を写す瞳は憂いを帯びて、ここには居ない。
黒い尻尾を垂れ下げた姿を想い浮かべていた。
・――・――・
季喬の思惑あっての道中とは知らずに、蒼と椿は二度の宿に泊まった。
事あるごとに飛駕山の件をお願いされ、三度目となると蒼もすこしうんざりそうに返事をしていた。
そんな中でも弓月は起きなかった。
蒼の身体に入ってから呼びかけたとしても返事はなかった。
蒼は心配になるものの、椿と決めたからにはと歩みを止めずに旅を続けた。
中山道と呼ばれることもあり、山を二個ほど越えた先には山に囲まれた村があった。
「きっと、この村に瓢様が言っていた久家神社があるはずです。あれとか」
山から村を一望できる山道で椿が広い土地を有する神社を指差した。
緑青色の屋根がよく映える神社で、伏見九ノ峰大社に似た鳥居の連なりも見えている。
「道なりに来たし、あれで間違いなさそうだな」
「思ったより距離を歩いたので少し不安でしたが、着いてよかったです」
「そうだな。ひとまずは村に入って、宿を探すか」
「はい、流石に疲れました」
二人は村に降りていき、「宿 ふもとや」と看板が掛けられた宿屋を見つけた。
その前で掃き掃除をしている女将であろう女性がいた。
宿屋の戸は閉められており、のれんも掛けられてはいなかった。
「すみません、泊まりたいのですが」
「え? 泊まり?」
「は、はい、えっと……ここって宿屋ですよね?」
「はぁ……あ! ご、ご宿泊で!?」
「は、はい!」
手から離れた箒が、きゃしゃりと音を立てて横たわった。
女将は急いで宿屋の戸を開けて、大声をあげた。
「お、お前さん! お客だよ! お客人!」
「何を言ってんだ、閑古鳥の間違えだろ?」
「閑古鳥が泊まりたいなんて言わないよ! お客人が二人だよぉ!」
「あんな物騒な山の麓にある宿屋に泊まりたいなんて酔狂な客が居る訳、ないだろうが……」
のれんを慌てて掛ける女将の横から、欠伸をしながらに亭主であろう男が戸口から顔を出した。
欠伸で開かれた口は閉まることなく、そのまま足元から震え出した。
口を慄かせながらにか細い声で。
「間違いねぇ、お客人だ……」
「だからそう言ってるだろ、この馬鹿亭主! 早く支度をしなさいな!」
くたびれた甚平を着ていた亭主の頭を女将が叩いた。
亭主は叩かれた事で我に戻った。
「お、おらぁ、飯の注文してくるからお客人をもてなしてくれ!」
「言われなくてもするよ! ささ、お二人ともふもとやへ、ようこそ。慌ただしい所を見せてすみませんね〜」
「いえ、私達も急にすみません」
「なんのなんの! 山の騒ぎで仕事にありつけなかったせいだから、謝る事はありませんよ」
「女将、箒だ」
「あらま、ご親切にどうも」
椿と蒼は女将に連れられ、宿屋へと入った。
中は掃除が行き届いているようで、仕事がなかったとは思えない綺麗さである。
「暇すぎて、掃除しかすることが無くて恥ずかしい限りです」
「そんなにお客さんが来なかったんですか?」
「もう山の騒ぎが広まってからはからっきし。馬鹿亭主なんて腑抜けちまってあの体たらくよ」
「女将さんはいつも着物の着付けやお化粧に、掃除まで?」
「もちろん。いつ、お客人が来てもいいようにしておかないと商売あがったりですから」
「私も茶屋をしてたのでお気持ちわかります!」
「どおりで! 言葉遣いがしっかりしてると思えば、そう言うことね〜! でも、なんで旅なんか」
「実は……」
椿は茶屋が壊された経緯を話し、蒼と旅に出ることになったことを話した。
「それは大変だったねぇ〜。播磨の方からこんな所まで大層疲れただろうに。うちで良ければ、ゆっくりしておくれよ。椿ちゃんと蒼さんには安くしとくから」
「ありがとうございます」
「そろそろ、上がっても良いか?」
「ありゃ、私ったら! さ、どこでもゆっくりしてちょうだい」
長話に痺れを切らした蒼が二人に割って入った。
宿屋に入って、草履を脱いだまでは良かったが、女性二人の話に花が咲いてしまえば、長くなるのは仕方なし。
蒼が割って入らなければ、寝る前まで話し込んでいたかもしれないというのは過言ではなさそうであった。
玄関で立ち話とは、旅に疲れた足が棒になってしまうだろうに。
「私もすみません」
「別に大丈夫だ。お腹は空いたが」
「あら、それなら亭主がそろそろ」
「話つけてきたぞ! おいおい、まだ通してなかったのか」
「話に花が咲いちゃってね。お通ししとくから、お前さんも着替えてきな」
「言われなくともしてくら〜な。お客人たち、ゆっくりしておくれよ」
「ありがとうございます」
椿が礼をして、蒼は頷いた。
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