第五話 相談

「周りにぬりかべ達と仏像にいた付喪神つくもがみが居るが、気にする事はない。連れの二人に話せぬ相談とやらをしておくれ」

 ひょうがそう言うと弓月ゆみづきは静かに頷いた。
 ただ、すぐには口を開けずにいる。
 他に視線や耳があるからではない。
 どう言葉にすれば良いのか、わからないでいたのだ。
 
「大乱を生き延びた猛者もさが、ここまで思い悩むとなれば……旅の最中で良からぬ出会いをしたか?」

 弓月は驚きで彷徨さまよっていた視線を瓢へと向けた。

「しゃしゃしゃ、あたりか。ふむ……もしや、近頃に荒魂の塊のような者が飛んでおったのと関係するのか?」

 それを聞いて、弓月は狼耳おおかみを垂れ、目も伏せた。

「瓢殿にはお見通しのようじゃな」
「いやいや、それらしいことを言っておるだけの事。なんの確証もない」
「亀のこうより年の功というやつじゃな」
「お〜、この老耄おいぼれにも誇れるものがあったか。無駄に歳を重ねておらんと言う事だ、しゃしゃしゃ」

 そう言って笑う瓢を見て、弓月は鬱屈うっくつとしていた内情が少し馬鹿らしく感じ、自嘲じちょうを含めて頬をゆるめた。

 (やはり、この方にはかなわない)

 ぬらりひょん。
 妖怪を束ねる事に長ける妖怪。
 一概いちがいにそう伝えられているが、この瓢というぬらりひょんは本当の意味で妖怪の心を掴むのに長けていた。
 自身の底を見せぬが、上面だけではなく、心から寄り添う。
 弓月の表情や仕草で内情を見抜き、やわらげて話しやすく振る舞ってくれる。
 弓月を大乱の猛者としょうしてくれているが、妖怪を束ねた功績を考えれば、影の立役者と言って相応しい御仁ごじんである。

「そういえば、客人が来たというのに飲み物を出さなんだ。井戸水でよければ、入れてこよう」
「目の見えぬ御老体ごろうたいに無理はさせられまい。長話にするつもりもないから安心してくれ」
「そうか、気遣ってもらえてありがたい事だ」

 立ちあがろうとした瓢が座り直した後、一息ついてから弓月は真っ直ぐに瓢を見ながら口を開いた。

「瓢殿は飛んでいった者に心当たりはないか?」
「う〜む、似た者がいる事は知っておるがな」
「どこの誰ですか?」

 弓月の口調が変わった。
 すがるような、そうであって欲しくないと願うような瞳が瓢を見つめていた。
 妖気の流れも少し荒くなった事で、瓢も見えない目を開いてしまった。
 言葉を選ぶべきかと思いながらゆっくり目を瞑った。
 
「……大乱前に季喬ききょうおさめておった土地で、里から離れた所に一人で妖気をり上げていた者に似ておる」
「そう、ですか」

 弓月は目を閉じながらにゆっくりと俯いた。
 季喬からの言動と弓月の憶測が当たってしまった。
 むしろ、当たらない訳もなかったが、当たって欲しくはなかった。
 それは弓月の願望でもあった。
 願わくば、別人であって欲しかった。
 一気に耳が遠くなる、瓢が何かを言っているようだったが弓月には意識すらも遠くなっていくような感覚だけ。

(このまま、楽になってしまおうか。また相見えるくらいならいっその事)

 瓢が肩を揺さぶっても、弓月の閉じたであろう目はうつろなままで。
 何の反応も起こさなかった。

「弓月!」

 ただ、あおの声は遠くなっていた弓月の意識に届いた。
 蒼が古寺の戸を開け、駆け寄ってくる足音も。

(……こんな事で死ねる訳もないか。彼奴の前でみっともない死に方はできないな)

 顔を上げると心配そうにしている瓢の顔があった。

「瓢殿、ここでの話はご内密に」
「ああ、わかっておる」

 蒼に聞こえないように小声でやり取りをした。
 
「弓月! どうした!? 何があった!?」
「どうも仮の身体が持たんようだ。またお前の中で眠らせてくれ」
「そんな訳っ!」
「蒼、弓月の言う通りにしてやりなさい。調子が悪い事を老耄に相談してくれたのだ。魂だけの存在では無理もない。しばらくは安静させてやりなさい」
「わ、わかった」

 弓月は瓢へ視線を向け、会釈えしょくをした。
 かたじけない。
 その言外の意図を察して、瓢は頷いた。
 弓月は仮の姿を解いて、人魂に戻った。
 静かに蒼の身体の中へと入っていった。

「かなり疲れが出てておるようだ。心配だろうが、見守ってやりなさい」
「ああ」

 弓月が入っていった胸の辺りをさすりながら返事をした。
 蒼と弓月は身体を共有している事から希薄きはくながらも相手がどう感じているのかがわかる。
 弓月がとてつもなく悲しんでいた。
 そして、辛く感じていた事が蒼にもほんの少し伝わってきていたのだ。
 薄々、体調不良が相談内容ではないことくらい蒼にもわかっていたが、踏み入る事はしなかった。
 問うよりも弓月がおのずと話してくれる。
 そのために瓢へと相談をしたのだろう。

「弓月は大丈夫なのか?」
「大乱を戦い抜いた猛者がこれきしの事で音は上げん。三百年もの間、使命を投げ出さずに、再び本州へと戻ってきた。それが何よりの証拠。それに」

 瓢はうすらと見えない目を開いて、蒼を見た。

「お主たちが居れば、なんとかなる。千年も生きた老耄の勘が言うておる。泣き言を言いたくなれば、老耄の言葉を思い出すと良い」
「ありがとう。……本当は目が見えるんじゃないのか?」
「しゃしゃしゃ。さて、どうだろうな? もう昼時だ。何も出せわせんが、ここなら腰を据えて飯を食える。適当な所で済ませてきなさい」

 瓢は立ち上がるとまた同じ所で胡座をかいた。
 蒼は自分と椿つばきの荷物を持つと瓢へと向き直った。

「アンタは何もしないのか?」
「今はここにいる事が老耄のできる事だ」
「……よくわからん」

 蒼は少し考えたが、古寺ふるでらの戸へ歩き出した。
 
「その内、わかるようになるとも」

 その背中を見送るひょうはそう言って笑っていた。

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