道を進んでいくと、視界のひらけた場所へと出た。
こじんまりとした古寺が二つ並んで佇む場所。
左側の古寺は入り口の障子が破れたまま、屋根も壁も朽ちている所がある。
外からでも中が伺えるほどである。
左側に比べて、右側の古寺は障子も破れていなければ、朽ちている箇所もない。
古寺の周りは手入れが行き届いており、雑草は生えておらず、畑と田んぼさえある。
左側の朽ちた古寺から少し離れた所に田んぼがあり、右側の古寺の程近くに畑がある。
畑には野菜が青々と生い茂り、田んぼの稲も穂をつけようと陽の光を浴びていた。
田んぼにはなくてはならない水路のようなものはないのが不可解であったが、それよりも。
「この古寺にいるのか?」
「ああ、間違いないじゃろう」
「んあ!? か、唐傘のお化けっ!!……あれ?」
「ちょうどよく起きたな、もう化け猫は追い払ったから大丈夫だ」
「化け猫? あぁ! おぶってもらってありがとうございます! あと荷物まで!」
「構わない。今降ろすからな」
目を覚ました椿は状況がわからないままに、おぶってくれていた蒼から降りた。
「荷物持ちますよ」
「さっきまで気絶してたんだ。俺が持っておく」
「そ、そうですか、ありがとうございます」
少し申し訳ないと思いつつも、気遣ってもらえて嬉しさもある椿である。
「あの唐傘は黒猫の妖怪が驚かしてきただけじゃ。其奴を追い払って、続いていた道を歩いてきたら、ここに着いたという訳じゃ」
「そうだったんですね、良かった」
ほっと胸を撫で下ろしてから椿は辺りを見回した。
「すごく生活感に溢れてますね。ここに弓月さんのお知り合いがいるんですか?」
「妖気からして間違いないが、尋ねてみんことにはわからん」
「なんか色んな奴が居るみたいだ」
蒼は弓月よりも前に出て、辺りを嗅ぎながらに少し身構えた。
そんな蒼の肩を軽く叩いた。
「敵意は一つだけじゃ、そう身構えんでも良いじゃろう」
「さっきの黒猫さんですかね?」
「じゃろうな。手は打ってあるし、瓢殿の前ではそう手出しできんじゃろうから大丈夫じゃ」
「ひょう?」
『ここに「虚」のある所と見たり、「誠」を表せ』
『正眼』
結界を見破った妖術を再び唱えると、古寺が一つになった。
二つの古寺は偽物だったようで、一つとなった古寺が本物のようだ。
「ほれ、二人とも行くぞ」
結界もだが、古寺の幻術も看破した弓月に驚いていた蒼と椿は後に続いた。
高床式木造の古寺は所々に苔が生えているが、入り口に続く階段は朽ちておらず、踏み歩くことができた。
弓月に習い、蒼も椿も草履は脱がずに階段を上がりきり、左右に伸びる廊下を無視して、目の前の襖へと手をかけた。
弓月が襖を開けると、そこから陽の光が差し込み、弓月の影をくっきりと浮かび上がらせた。
奥には古寺の壁を覆い尽くすほど大きな横たわった木彫りの仏像がある。
屈託ない仏像の前に、弓月たちに向かって胡座をかいている一人。
広い古寺の中でぽつりと座っている。
弓月は古寺の中へと土足で入っていった。
蒼と椿は少し戸惑いながらも土足で踏み入った。
「久しいな、瓢殿。ご存命で何よりじゃ」
「結界と幻術を破った妖気、この声……弓月か」
「その口ぶり、もしや、目が」
「左様。今は平和の世になっておる。この老耄が見えずとも些事なことよ」
「瓢殿だからこそであろうに」
弓月は瓢という御仁の前で、胡座をかいた。
近づいて見てみれば、瓢の頭は奇妙な形をしている。
毛は抜け落ちて、後頭部が異様に長い。
蒼と椿はその姿に少し驚いてもいたが、自分たちにも獣の耳尻尾と角があるのと同じようなものと頷いた。
「であれば、先に紹介しようかの。こっちの大きいのが黒狼妖怪の蒼。こっちの赤鬼の半妖の女子が椿じゃ」
「蒼に、椿か。……うむ、二人とも良い妖気をしておる」
「良い妖気?」
「妖気に良いも悪いもあるのか?」
「あるとも。そもそも、妖気というものは心や魂から発するもの。穢れ荒れてしまえば、荒魂。荒々しく重い妖気となる。清く和やかであれば、和魂。自然と天へ昇るような妖気となる。二人とも妖気から察するに間違いなく和魂だの〜、良きかな良きかな。世が平和な証拠よな〜」
椿は照れた顔を隠すように少し俯いた。
蒼は表情こそあまり変わらないが、尻尾を振っている。
「弓月の妖気が少しはマシになっておるのは、二人の影響か。前に会った時は荒魂に近しかった。今は和魂に寄ってはいるが、狭間で揺らいでいる。何か悩んでおるのではないか?」
「瓢殿、妖気で詮索するのはやめてくれ。ここであったのも縁じゃ。その事について相談もしたく参ったもある」
「相談? あの弓月が?」
「なんじゃ、何か悪いか?」
「……ふむ、これも二人の影響という事にしておくか」
おでこから後頭部まで摩った。
「長く生きておれば、自分の思ってもみなんだ事が起こるのは世の必定。まさか、この老耄に大乱の猛者から相談を受ける事になろうとは。しゃしゃしゃ、いやはや、面白い」
「何か悩みがあるなら、俺たちに言ってくれれば良いじゃないか」
「そうですよ! お話をいくらでも聞きます!」
「う、うむ。気持ちは受け取っておこう」
「しゃしゃしゃ、これはこれは込み入った話になるな。二人には皆の手伝いをしておいてもらおうか。ほれ、皆の者、出ておいで」
瓢の声掛けで仏像の後ろから一気に猫たちが顔を出した。
仏像を縁取るように猫の顔がずらりとならんだ様子に椿は驚いていた。
蒼と弓月にその一匹ずつ眺めるだけだった。
「相変わらず、瓢殿は妖怪に好かれるな。今回は化け猫達か」
「他にもおる」
古寺の壁や屋根がもぞりと動いたかと思うと、眼が開いていた。
仏の像の眼も開かれており、何より床にも眼がある。
二対の眼が七個もあり弓月達を眺めていた。
「ぴ! ぴゃ! ぱ! ぶ! びゃ〜」
「おっと」
壁と屋根、仏像に床の眼。
椿は目が合うたびに奇妙な声を出して、終いには気絶してしまった。
倒れる前に蒼が受け止めて、気絶しているのを確認した。
「椿はこういうのが駄目なんだな」
「しゃしゃしゃ、驚かせすぎてしまった。お詫びに裏に井戸があるからその近くで休ませるといい」
「わかった。荷物は置いていって良いか?」
「構わんよ。皆もしばし、外に出ておくれ」
また椿をおぶって外へ出ていく蒼。
蒼に構わず、猫達も外へと駆け出していった。
古寺の眼達は蒼達を見送ると閉じた。
古寺の中にはぬらりひょんの瓢と黒狼妖怪の弓月。
二人だけが向き合って座っていた。

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