第三話 道すがら

 誰にもすれ違う事なく、歩いてニ時間ほど経った頃。
 日頃、辺りを見回すような事をしない弓月ゆみづきが辺りを気に掛け始めていた。

「どうかしたのか?」
「いや……うむ、どうも古い馴染なじみがここら一帯に結界けっかいを張っているようでな」

 あおが声を掛けたことで、弓月の足が止まった。
 先を行く椿つばきはもちろん、蒼の足も止まった。
 
「結界?」
「地図には何も出てませんが」
「わからぬように結界を張っておるからな。さっきよりも近づいてはおるようじゃが、どの辺かの?」

 辺りを探るように見回しながら、歩く弓月。
 二人もそんな弓月の後をついていくように歩く。

「蒼さんは何か感じたりしないんですか?」
「わからないな……でも、なんか匂いが違うような気はする」
「かなり妖力の扱いに長けておる方じゃからな。そう簡単には見つからん……のじゃが」

 弓月が結界を探し当てたのか、道から少し離れた草むらへと入った。
 きょうから離れるにつれて、道を外れれば、草木が生い茂り歩けたものではない。
 方向音痴の蒼が入れば、元の道には戻ってくるのは無理と言い切れる。
 方向音痴でない人が入ったとしても、戻るのは難しいとも言えるほどになってきていた。

「そんなところに結界なんてあるんですか?」
「何もないように見えるが……なんとなく、そっちから匂いがただよってきてるような」
「まぁ、見ておれ」

『ここに「きょ」のある所と見たり、「せい」を表せ』
正眼せいがん
 
 すると、薄い垂れ幕のようなものが見えた。
 一瞬だけのことで見えなくなったが、その代わりに人ひとりが歩けるほどの細い道が足元にできていた。

「そんな事もできんだんだな!」
「全く、何年生きとると思っておる。我からすれば、これくらい出来ねば、じであったぞ」
「結界でこの道も見えてなくなってたんですね」
「左様。結界に気づいておらねば、張った本人には会うことはかなわんじゃろうな。行くぞ」
「寄り道するのか?」
「古い馴染みに会うのはかなり難しいのでな。季喬ききょう様のように居場所が分かればよいが、わからぬ者は少なくない。会える時に会わねばな。それに飛駕山ひがやまも遠くはない。何か知っていることもあろう」
「それもそうか」

 話すがらに細い道を歩いていく弓月に椿も蒼もついていく他なかった。
 細い道も生えていた雑草を踏み鳴らして作られた簡易的なものだった。
 腕を振れば、左右の雑草に当たるくらい好き放題にしげっている。

「こんなとこに誰か住んでるんですか?」
「まぁ、人間ではないからの」
「人間じゃないんですか!?」
「我の知り合いじゃぞ? 妖怪に決まっておろう」
「あ〜、それもそうですね」

 椿の脳裏に映ったのは曾祖父ひいそふさんである鉄戒てっかい九尾きゅうびの季喬の顔であった。

「その知り合いってのは、どんな奴なんだ?」
「季喬様と肩を張れる御仁ごじんじゃ」
「なら、敬語を使った方がいいか……」
「心配いらん。季喬様とは違って堅っ苦しいのを嫌う御仁じゃ。それに慣れない言葉を使うのは失礼じゃ。日頃から椿にでも言葉遣いを学んだ方が良いな」
「いやいや、そんな」
「まだ蒼に慣れないか? 二日も寝床を一緒にしておるのに」
「もう! 弓月さん、からかわないでください!」

 椿の大声のせいか、弓月から程近い草むらが揺れた。
 弓月は足を止め、視線を向けるだけ。
 草むらの揺れは椿に近づいてきている。

「えぇ〜! なになに!?」

 と戸惑う椿の前に蒼が手刀にした左手を構えて立つ。
 草むらの揺れは蒼の前で止まり、一拍おいてからの。

「ばあぁーーー!!」

 今にも飛び出しそうな一目に、大きく開いた口からは血塗りの歯、不健康そうな大きなベロに、とがった姿。
 大声を出しながら、飛び出してきたのは唐傘からかさの妖怪である。

「ぴ」

 それに驚いたのは椿だけであり、蒼も弓月も無反応。
 椿は驚きのあまり気を失ってしまったことで倒れそうになったが、弓月が受け止めた。

「ぐぬ、ば、ばぁっ! ぐぇっ!!」

 唐傘の妖怪がりずに二度目の脅かそうとした所を蒼の手刀が襲いかかった。
 あまりの威力に唐傘がへにゃりと曲がり、痛みで顔をゆがめた。
 蒼の手刀が引っ込むと力なく、もといた草むらにどさりと落ちた。
 その際に煙が立った。
 どうやら、落ちた弾みで変化が解けたらしい。
 蒼がしゃがんで草むらをき分けると、そこには黒猫が居た。
 右手で猫の首元を摘み上げ、顔の近くまで持ち上げた。
 正体が気になったのか、弓月も近づいてきていた。

「猫の妖怪?」
「……」
「ちゃんと手加減したんじゃろうな?」
「ああ。死んでないと思うんだが?」
「……隙あり!」

 猫が爪を出して、蒼の顔を引っ掻こうとした。
 だが、左手の小指と薬指で挟み猫の右手を封じた。

「にゃっ! なら、こっちでっ!!」

 今度は爪をこれでもかと出した左手で一矢報いっしむくおうといさむが。

「ほい」

 またも左手の中指と人差し指で挟まれ、左手も封じられた。

「この! 離せぇ〜!」

 後ろ足を暴れさせて、引き剥がそうとするが、蒼はじ〜っと暴れる猫を見ている。

「捕まえたけど、どうする?」
「道はわかりきっておるが、道案内でもしてもらおうか」
「誰が黒狼に道案内するもんか!」
「ほう、我らの事を知っとるんじゃな?」
「当たり前だ! 首謀者しゅぼうしゃを殺せなかった腑抜ふぬけの一族に尻尾を振るわけないにゃ!」
「……左様か。なら、用はないな。もうしばらく捕まえておけ」

 弓月は椿から背負っていた荷物をほどいて、その荷物にもたれさせた。
 
「良いのか、言わせておいて」
「構わん、間違いではないしの。じゃが、釘は打っておくとするか」
「何するにゃっ! やめろっ!」

 蒼から猫を摘み上げると、弓月は背後を取って、耳元でささやいた。

「次、つまらん事をしたら、焼き殺してやるから覚悟しておけよ」

 猫の目の前に右手を出して、手のひらに炎を生み出してみせた。
 弓月の声に少し震えたが、炎の中に魅入みいられていた。
 炎の中で何かが動いている。
 いや、踊っているように見えたそれは。

「見えるか? 自分が焼かれ苦しむ姿が」
 
 よく見れば、生きながらに焼き殺されていく猫自身だったのだ。

「にゃ、にゃにゃ〜……」

 先ほどまでの威勢は影もなく、耳は畳まれ、尻尾も体に巻きつけていた。

「これに懲りたら、一族の為に日々、頑張ることじゃな」

 弓月がそっと地面に黒猫を置き、手を離すとすぐさま草むらの中へと逃げていった。
 走り去っていく場所の草が揺れていき、どんどんと離れていき見えなくなった。

「良かったのか?」
「ああ、あやつの逃げた方角に何かはあることがわかったしの。ほれ、椿を起こしてやれ」
「あ、おーい! 椿、大丈夫か?」
 
 目と鼻の先で手を振ったり、軽く肩を揺さぶったが、反応はなかった。

「驚かされたのが効いたのじゃろう」
「起きないし、おぶるしかないか」

 蒼は荷物を解き、椿をおぶった。
 蒼と椿の荷物は右手に持ち、獣道けものみちを奥へ奥へと向かっていった。

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