第九話 久家神社

 翌朝、朝支度をする二人に宿屋夫婦が朝ごはんまで用意して持ってきてくれていた。

「ほら、二人とも食べてって!」
「そんな、頂けませんよ〜!」
「貰って良いのか?」

 女将おかみ亭主ていしゅが差し出してきた御膳ごぜんには、川魚かわざかなの串焼きと味噌汁に五穀米ごこくまいが乗せられていた。
 椿つばきは遠慮を口にするが、あおは嬉しそうに尻尾を振った。
 そんな二人の真逆と言える反応に、宿屋夫婦は笑う。
 椿は蒼の遠慮の無さに少し顔をらせた。

「遠慮せずに食ってくれ! 俺たちが勝手に準備しちまっただけだから、お代をもらうつもりもないしな!」
「そうそう! 山の騒ぎを治められなくても構わないから、腹が減って戦えなかったと言い訳されたくもないしさ! だから、しっかりと食べておくれ」
「ありがたく頂く」
「なんだか、何から何まですみません」
「良いってことよ」
「椿ちゃん、蒼さんみたいに大きく出ないとダメよ!」
「ほうだぞ」
「食べてからしゃべってください」

 川魚にかじりついている蒼に椿はぴしゃりと言い捨てると、宿屋夫婦はさらに笑った。
 食べ物が前になると弓月の心配さえも吹き飛んでいる蒼に椿は心配になりつつ、お言葉に甘えて頂くのだった。

「お世話になりました」
「いえいえ、お構いなく」
「山の騒ぎをどうにかしてくれよ!」
「ああ、任せてくれ」

 朝ごはんを食べ終えるまでたわいない話をし、御膳を下げている間に二人は朝支度を終わらせた。
 宿屋を出る際に夫婦が昼ご飯まで持たせてくれ、久家神社ひさけじんじゃへと送り出してくれた。

「ここまでの疲れが取れましたね」
「これなら、飛駕山ひがやまの騒ぎもなんとかできそうだ」
 
 そう言いながらに久家神社へと向かう二人に、村人達が挨拶あいさつをしてくる。
 応援の声もあり、それに返事をしていると久家神社の鳥居とりいに着いた。
 一礼してから石造りの鳥居をくぐり、境内けいだいへ続く階段を登る。
 昨日、椿が村を見つけた時にあたりをつけていた建物がまさしく久家神社であったようだ。

「椿の言う通り、久家神社だったな」
「屋根の色が村の中で一番綺麗でしたし、立派な建物だったので人が住むには浮世離うきよばなれでしたから」
「確かに季喬ききょうが喜びそうな匂いというか空気がする」
「そうかもしれませんね」

 話している間に久家神社の境内へと進んでいく。
 本殿であろう大きな緑青色ろくしょういろの屋根とそれを囲む廻廊かいろうがある。
 登り終えると目の前には廻廊が通り抜けられるように戸のない門がある。
 その奥には本殿が鎮座ちんざしている。
 紅い柱に金で設られた金具、白壁に石畳も白い。
 本殿の前まで辿り着いた二人は辺りを見回したが、誰も見当たらない。

「誰もいらっしゃいませんね」
「なんで、あんなところに大きな鳥居があるんだ」
「ほんとですね、なんででしょう?」

 本殿ほんでんの奥の方に丘があり、その上には大きな鳥居がある。
 なぜ、あのような所にあるのかと二人で考えるも答えは出るわけもなかった。
 二人で丘の鳥居を眺めていると、蒼は狼耳を右側へと動かして誰かが来ていることに気づいた。
 視線を変える蒼を椿は気にしていると。

「もしや、ふもとやの亭主がおっしゃっていたお客人様方でしょうか?」

 ひめえめな声色こわいろを発した本人が蒼の視線の先にいた。
 蒼に遅れて、椿も足音と声の方へと向き直る。
 紅白の巫女装束みこしょうぞく、長い黒髪を首の高さで結ってある。
 茶色味ちゃいろめのある目は間違いなく二人を見ていた。

「あ、はい、そうだと思います!」
「ああ」

 巫女は自身に向き直った二人の容姿へ視線を向ける。
 椿の角を見た後に蒼の狼耳と尻尾を見ていた。
 
「本当に……山をしずめるのを手伝っていただけるのでしょうか?」
「そのつもりで来た」
「私はたいしたことありませんが、蒼さんは強いですからお力になれると思います!」
「左様でございますか……」

 巫女は口元を袖で隠して、目を細めた。
 蒼は巫女の小声を聞き取り、少し身構えた。
 ほんの少しの沈黙が流れて、椿が二人へと視線を交互に向けた。
 巫女は口元を隠したままに目を閉じると、少し笑い袖を降ろした。

「ふふふ、すみません。念のためにお二人の魂が悪しきものでないか改めさせて頂きました」
「え?」
「問題なかったのか?」
「はい、少し気になることもありますが……問題はございません。疑いをかけてしまい、申し訳ございません」
「何か疑いを掛けられてたんですか?」
ひょう荒魂あらたまとか和魂にぎたまとかを話してた時のやつだ」
「巫女様も私たちの魂のあり方を見ていたって事ですか」
「そうです……お二人は瓢様をご存知で?」
「あ、はい。飛駕山ひがやまの話をしたら、この久家神社に行けと言われて来ました」
「そうでしたか。私はてっきり村の人を騙して、この神社をおとしいれに来た敵かと思ってしまいました」
「え」
「ただの取り越し苦労でしたね。夫が居ないものですから、この神社を一人で守らないとと気を張りすぎてしまったようです」

 また口元を隠して笑う巫女に椿は苦笑いをして、蒼は不服そうに不貞腐ふてくされた。

「あ、私ったら、ご挨拶もせずに話し込んでしまいましたね」

 そでを降ろして、二人へと静かに礼をした。

「私は久家ひさけ 更子さらこと申します。久家神社の巫女であり、今は神主代理をしております。お二人のお名前を教えてくださいませんか?」
「私は椿と申します。赤鬼の半妖です」
「俺は蒼。黒狼妖怪こくろうようかいだ」
「椿さんは赤鬼の半妖で、蒼さんは黒狼妖怪……もしかしてですが、蒼さんは生骸大乱せいがいのたいらんで活躍された弓月ゆみづき様の血筋だったりされますか?」
「そうだが?」
「じゃあ、その胸の中で眠られている方がもしかして、弓月様でしょうか?」

 椿はもちろん、蒼も驚きで目を見張った。
 久家 更子。
 ただの巫女ではないようで、端的に言えば、女の勘であろう。

「あら、当たりですか。蒼さんの胸の中に別の方がいるのがわかったので、なんでかなぁって思ったら……瓢様とご面識もあって、黒狼妖怪だって言われたら、もしかしたらって。ふふ、世間って思ってるよりもせまいんですね」

 思考の速さ、人の繋がりから疑問を解いた。
 察しの良さは人の枠を超えているようである。

「す、すごいですね」
「ああ」

 そんな更子に世の中は広いと椿は思い、蒼はただ驚いていた。

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