第二十九話 事の治り

 浜太郎はまたろう奮起ふんきしたおかげで若藻にゃもは正気に戻った。

『浜太郎は良い匂いがするみゃ〜。すんすん、人間臭にんげんくさい感じで、すんすん、マタタビの匂いもするんみゃけど〜……すんすん。みゃぁ〜ん、若藻をさそおすの匂いもしてたまんないみゃ〜』

 だが、助けてもらってしばらくの間、若藻は浜太郎から離れようとしなかった。

あお殿! 弓月ゆみづき殿! 空太くうた殿! 助けてくだされ〜!! 拙者せっしゃ! 妖怪にわれてしまうでござるっ!!」

 いや、離さなかったと言うべきだろう。

「凄いことになってるな……」
『若藻は無類の人間好きじゃ。気が知れんがの』
「しかも、マタタビよりも人間の雄が大好物ですにゃ」
「ひっ! やはり、喰われる!!」
『みゃ! 違うみゃ、性的に味見するだけみゃ』
「……嫌でござる! 妖怪とちぎりをむすびとうない! 拙者には約束の相手がいるでござるっ!!」
『みゃぁ〜? 寝取るのも良いみゃぁ〜、そそるみゃあ〜』
「本当にっ! 助けてっ! 蒼殿! 弓月殿! 空太殿〜!」

 浜太郎にひどからむ若藻。
 実際、三人の前である事もはばからずに浜太郎にべったりとくっついている。
 いつぞや、蒼が狼姿で椿を包んで野宿をした時のような体勢である。
 今回のような体勢の方が若藻が浜太郎に近く、いだりめたりと好き放題している。
 
「若藻、それくらいにしてやれ。もう遅いかもしれんが、嫌われるぞ?」
『みゃっみゃっ! 弓月みゃあ!? どうやってここまで来たみゃ!』

 若藻にとっては衝撃的な事であったようで、興味は一気に仮の姿になった弓月へと向かった。
 浜太郎から離れて、弓月の前で伏せをする。
 なにも服従の構えという訳でなく、本当に弓月かどうかという事もあり、ジロジロと見ているのだろう。

『それになんみゃ、その姿は? 妖力というかなんかなんとも言い難い力の塊みたいなのが〜……人の形になったみたいなのは』
季喬ききょう様に見繕みつくろってもらったんじゃ」
『みゃあ〜、久々に聞いたみゃね。季喬ならやりそうみゃ。弓月の事が好きで堪らないのも変わりないのみゃあね』

 弓月と若藻が話をしている間に、蒼は浜太郎に近づいていた。

「大丈夫か?」
「助かったでござるよ……あのままだと喰われてたでござるな」
「あながち間違いにゃいにゃ」
「そこは否定してほしいでござるよ!」
「性的にだから、死にはしにゃいにゃ」
「だから、それはそれで駄目でござるよ!」
「浜太郎、よだれくさいな」
「拙者のせいではないでござるな!」

 話がついたのか、弓月が二人と一匹の所に寄って来た。

「少し取り乱していたが、若藻が正気に戻ったようじゃ」
『一ヶ月くらい意識が持っていかれてたから、正気に戻れたあまりに取り乱したみゃ。ごめんみゃ』

 弓月の右後ろに猫耳と三本の猫尻尾ねこしっぽのある女性が立っていた。
 濃い緑の髪に毛先が明るめの緑色になっている。
 丸めの整った顔立ち。
 弓月に比べれば、スレンダーな身体つきである。
 背も弓月より頭半個分低い。
 古ぼけた着物を着ているが、あえてなのか着崩れていた。

「よ、妖怪とはやはり恐ろしいでござるな。姿が変わりすぎでござる……」

 浜太郎は蒼の後ろに隠れて、若藻を怖がっていた。

「ほれ、見ろ。嫌われてしまっておるじゃろ?」
「で、でも、仕方ないみゃ! あんなにもマタタビの匂いをさせて、人間の雄が本気で立ち合って、若藻を助けてくれたんみゃから……みゃぁん! たまらないみゃ〜」
釈明しゃくめいにもなっとらんな」

 恍惚こうこつとしたような、うっとりとしたような、美味そうなものを見て涎を垂らすような、三位一体の顔をした若藻。
 そんな顔を見て、あきれたように弓月がため息をつく。

「この様子だと暴れ始めることはないじゃろう。お前の大太刀おおたちは伊達ではなかったようじゃ」
「……まさか、あのように悪しきものだけを斬る事ができるとは思いもつかなかったでござる」
「礼なら陰陽師おんにょうじに言うんじゃな。帰るぞ、皆に一件が解決したことを伝えねばな」
「じゃあ、若藻は温泉にひとっ風呂ぷろするから〜」
「駄目じゃ、お主も来い!」

 そそくさと逃げ出そうとした子猫の首根っこに噛みついて運ぶ親猫がごとく。
 若藻の襟元えりもとを掴んで、引きずり運ぶ弓月。

「嫌みゃ!! 若藻は悪いことはしてないみゃ!!」
「なら、ちゃんと事情を話せ」
「弓月がやれば良いみゃ!!」
「お前と違って、我は人間が嫌いじゃから頼む」
うそつくみゃ! なら、浜太郎の事が説明つかんみゃ!」
「お前をらしめたからもう暴れないと話せば、村の者も安心するじゃろ! ぬえ残党ざんとうのせいとは言え、始末が杜撰過ずさんすぎる! 久家神社ひさけじんじゃともつながりをしっかり持っておれば、なんとかなったやもしれん。人間が好きならば、顔を合わせておけ。浜太郎の大太刀に細工をしたのも久家神社の神主かんぬしじゃ。礼も言わねばならんじゃろ?」
「……少し面倒みゃけど、弓月が言うなら仕方ないみゃね」
「なら、自分で歩け」

 弓月が手を離すと、若藻は渋々であったが弓月に後を歩き始めた。
 蒼たちももちろん、後をついて来ている。

「弓月様、洞穴の者たちにも話をしたいにゃ。お時間もらえるかにゃ?」
「拙者も! 皆に話しておきたい事があるでござる!」
「無論じゃ。洞穴を通るつもりじゃったから構わん」
「俺は早く帰りたいな」
「それくらい我慢せい」
「お礼も兼ねて、少しだけ食料を分けましょうかにゃ?」
「良いのか?」
「要らぬ。村に戻れば、何か用意してくれるはずじゃ。お主たちのためにもとっておけ」
「お気遣い、ありがとうございますにゃ」

 肩を落とす蒼を他所に、空太に近づいて、弓月はささやいた。
 
「この一件では我らは脇役じゃったからな、礼なら浜太郎にしてやれ。ついでに、そのまま武蔵国むさしのくにに帰してしまえば良い」
「わかりましたにゃ」

 弓月の言葉に蒼は少し安堵あんどしていた。
 なんだかんだと弓月は浜太郎の事をみとめてはいるようだ。
 武士嫌いという事もあり、本人に聞かれたくはないのだろう。

「こそこそとなんでござるか?」
「なんでもない」

 浜太郎に少し聞こえたかもしれないが、本当に聞こえたらむせび泣く事だろうからと内緒しておくことにした。
 弓月も鼻を鳴らしてそっぽを向いていた。
 
「あそこの洞穴ほらあなみゃ?」
「そうじゃ、中に人間の雄が居る。興奮するでないぞ?」
「そんな意地汚いことはしないみゃ! 浜太郎が別格だっただけみゃ」
「ひぃっ!」
おびえてるのも可愛いみゃぁね」
「やめろ。お前もいちいち怯えるな!」
「は、はいでござる!」
「つまんないみゃ〜」

 事が治まれば、なんてことはない。
 一同は仲良く洞穴へと入っていった。

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