洞穴の広場に着くと、空太は大きな声で。
「皆の者! 若藻様が正気に戻られたにゃ!」
そう言うと、洞穴の中にいた者たちは喜びの声を上げた。
空太の声で視線を向けた者達の中には若藻の人の姿を知っている者もいたようで、名を呼ぶ者もいた。
「みゃぁ〜。みんな、迷惑をかけてごめんみゃ。浜太郎と弓月と蒼のおかげで助かったみゃ。でも、お礼をするなら浜太郎にして欲しいみゃ! 弓月と蒼は麓の村でお礼してもらうそうみゃ。ちなみに、浜太郎は若藻のお気に入りみゃから困らせないようにするみゃよ!」
若藻の声掛けに返事をすると、洞穴にいる者たちは大慌てで荷物をまとめ出した。
ざわざわと騒がしく、慌ただしい。
「では、吾輩と若藻様は皆の手伝いをしに行くにゃ」
「うむ、そうしてくれ。若藻をちゃんと連れてきてくれ」
「わかりましたにゃ」
「みゃ〜、信用なさそすぎみゃ〜」
「なら、少しは自分を省みることじゃな」
「ささ、若藻様。こっちですにゃ」
「みゃぁ〜」
若藻は面倒くさそうに、空太は嬉々として離れていった。
「では、拙者も皆に話をしてくるでござる! 少々お待ちくだされ!」
と浜太郎も広場にいた武士に声をかけにいった。
弓月と蒼はぼんやりと広場を眺めていると、
「それなんてどうにゃ?」
「いやにゃ、それはあたしらがもらって嬉しい物にゃ」
「にゃー……にゃにゃ! これなら良いにゃね!」
「にゃ〜! それが良いにゃ!」
「やっと、洞穴生活からおさらばにゃ!」
「これはこれで楽しかったけどにゃ」
「まぁ、そうにゃね。ただ、日向ぼっこができにゃかったのが辛かったにゃ」
「確かににゃ〜」
なんて声も聞こえている。
「騒がしくて敵わんの。我らは先に出ていることにしよう」
「わかった」
「待ってくだされにゃ」
弓月と蒼が広場から去ろうとしていると空太に引き止められた。
空太の両手にはざるがあり、心ばかりの食べ物が乗っていた。
「ほんの気持ちですにゃ。浜太郎殿の活躍あっての一件でしたが、お二人のお力添えもあってこそにゃ。お持ちくださいませにゃ」
「わかった、ありがたくもらう」
「にゃ。またお見送りの時にざるを貰いますにゃ」
蒼が空太からざるを受け取ると、そそくさと広場へと戻っていった。
ざるにはせり、みつば、びわ、山いちごが乗っていた。
「量は少ないが、少しは足しになりそうだ」
「良かったの。びわの種は食わずに捨てるんじゃぞ。腹を下す」
「わかってる、小さい時に痛い思いをしたからな」
「たわけじゃな」
弓月を先頭に、鳥居へと続く道を歩いていく。
道中、見張りの武士たちに出会した。
蒼が帰る支度をし始めている事を伝えると、急いで広場へと向かっていった。
弓月は我関せずとばかりに、気に止めず先を歩いていっていた。
「放っておけば良いものを」
蒼が駆け寄ると、弓月は愚痴を言っていた。
「早く帰って欲しいなら、教えた方がいいだろ?」
「……お前もどちらかと言えば、人間に優しい奴じゃな」
「まぁ、嫌う理由はないし、あっちからも悪いようにされないからな」
「……そうじゃな。今の世は腑抜けていると思う程に我が生きた世と掛け離れとるようじゃ」
洞穴の出口が近づいた事で、弓月は右手に灯していた炎を消した。
思いがけず、事が早く終わったので太陽はまだ高い位置にある。
「彼奴もこの世に生を受けておれば、蒼のようにお気楽な奴になっていたかもしれんな」
洞穴を出た弓月は陽を浴びているのにも関わらず、面持ちは暗いものだった。
弓月の顔を見て、蒼は居た堪れない気持ちになったのか。
「弓月も食べるか?」
持っているざるを差し出した。
仮の姿の弓月には食べられない事をわかっていながら。
「食えぬ事はわかっておるじゃろうに、このたわけ」
呆れながらに言う弓月だったが、少し微笑んでいた。
それを見て、蒼は少し嬉しくもなり安心もした。
「全部食ってしまえ。少しは妖力の足しにして、勾玉に妖力を込めてくれれば良い。そうすれば、顔を合わせて話す機会も増えるじゃろ」
仮の姿から人魂の姿へと変えながらに言った。
『若藻も正気に戻ったしの、我は休ませてもらうぞ。勾玉の妖力ももう無くなりそうじゃしな。どうせ、感謝の席を設けてくれるじゃろうからそこでたらふく食うんじゃぞ』
「ああ。おやすみ、弓月」
蒼が返事をすると、人魂は静かに蒼の胸へと入っていった。
仮の姿になれるようになってからというもの、自身の胸を撫でる事が多くなった。
もはや、癖になりつつある。
少なくとも京を出てから身体を貸してもいない。
弓月自身が身体を介して、思考を読まれたくなかったのだろう。
もしくは、読んでほしくなかったのだ。
『この一件が落ち着いたら話す』
あくまで弓月の口から話したいのだ。
話すべき事でもあるのかもしれない。
(どんな話だろうと聞こう。何の為の旅なのかは知っているけど、弓月が思い悩む程の話を聞かずには居られない。それを晴らす為の旅でもあるだろうから)
胸から手を離して、びわに手を伸ばす。
かぶりつくと果汁が溢れてきた。
甘酸っぱい果汁と果肉を。
空を見ながらに味わう。
もちろん、種は吐き出しから舌鼓をうつ。
「うまいな」
ざるに乗ったものを次々楽しみながらに若藻や浜太郎を待つことにした。
・――・――・
「ま、待たせたでご、ござるっ……」
「もう洞穴から出ちゃったみゃ〜、もっとくっついてたかったのにみゃぁ〜」
「勘弁召されい!」
蒼が待ちくたびれて座っていると、やっとの事で三人が洞穴から出てきた。
先頭には空太が、その後ろを松明を持った浜太郎と若藻。
どういう訳か、若藻は浜太郎の腕にべったりとくっついていた。
「仲良くなったのか?」
「蒼殿も勘弁召されい! 拙者はまだ恐ろしくてたまらんでござるよ!」
「そんな事言って、嬉しかったじゃみゃ〜の? 雄の匂いがぷんぷんしてたみゃ〜?」
「う、嬉しくなどなっとらん! 断じて!」
「みゃあ〜? まぁ、そういうことにしとくかみゃ。ところで、弓月はどうしたみゃ?」
「俺の中で寝てる」
蒼が胸を摩ると、若藻も寄ってきた。
嗅いでいるのだろう。
鼻がヒクヒクと動かしていた。
「弓月は相変わらず、凄いみゃ〜ね。さっき軽く聞いたけど、魂だけで生きるってのは妖怪離れにも程があるみゃ。それに私情でここまでやるとなると生き霊か、悪霊の類みゃ。あ、良い意味でみゃよ」
「そんなに凄いのか?」
「もう絶句ものみゃ、若藻は絶対にそうはなりたくないみゃ。でもでも〜、浜太郎がどうしてもと言ったら、わからないみゃあけど?」
「そんな事はないから安心召されい」
いつの間か松明の火を消した浜太郎が佐々丸を背負い直していた。
嫌そうな顔をしながらに言うと。
「みゃあ〜! 遠回しに早く死ねって言われたみゃあ〜!」
「そ、そんなつもりは!」
「みゃみゃ、浜太郎は優しいみゃね。番になってくれるみゃ?」
「ならぬ! ならぬぞ! それにめちゃくちゃな話の流れでござろう!」
「大丈夫みゃ! 若藻がたくさん尽くしてあげるみゃぁよ?」
「御免被る!!」
途中から蚊帳の外になった蒼は二人のやりとりを見ていると、袴を引っ張られた。
「ざるを頂きますにゃ」
「ああ。ありがとう、美味かった」
「何よりですにゃ。吾輩は皆を見ておらねばならぬので、麓の事や若藻様の事を頼みますにゃ」
「わかった、任せてくれ」
「助かりますにゃ。若藻様、あまりお二人にご迷惑を掛けないようにしてくださいにゃ」
「わかってるみゃ〜」
「わかってないでござるよ!」
再び、浜太郎の腕にぴったりとくっついた若藻は嬉しそうに答えた。
浜太郎は嘆くように訴えていた。
「じゃあ、とりあえず、鳥居まで行くか」
「蒼殿、この者をどうにかしてくだされ!」
「若藻、浜太郎が嫌がってるから離れてやってくれ」
「嫌みゃ〜。くっつけないなら麓には降りないみゃ〜」
「我慢してくれ」
「蒼殿!」
「よろしく頼みますにゃ」
「ああ、空太。道中、ありがとうな」
「こちらこそにゃ」
空太と別れを告げると蒼は鳥居へと歩き出した。
「ほら、浜太郎も行くみゃよ?」
「うう、空太殿、達者で」
「浜太郎殿にはお世話掛けますにゃ。若藻様も事が終われば、ちゃんと帰ってきてくださいませにゃ」
「わかってるみゃ〜」
浜太郎は渋々、若藻と一緒についていくのであった。
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