第二十五話 暗がり

若藻にゃもが正気でなくて助かった。本来の奴なら、妖術など使わせてはくれんかったじゃろう」

 三人は弓月ゆみづきの妖術のおかげでなん退しりぞけていた。
 『炎気えんき 陽炎かげろう』は幻術。
 掛けられた若藻は解けるまで揺らめく弓月たちの幻を追い続ける事になる。
 洞穴の入り口にはもう若藻の姿はない。

「良くもまぁ、そんな重そうな奴をかついで走り抜けたもんじゃ」
「俺だって、半端な鍛えられ方をされてなかったからな」

 もちろん、幻術だけで切り抜けられる訳がない。
 弓月が幻術を掛けた瞬間、あおが『風気ふうき はやぶさ』で浜太郎はまたろうを抱えたままに駆け抜けた。
 弓月は姿をすぐさまいて、洞穴に入った後に姿を現したのだ。

「じゃが、ここまでで思ったよりも妖力を使ってしもうた。若藻をどうにかするには次で最後にせねばな。そのためにも……」

 弓月は四つん這いのままで失意しついの中にいる浜太郎はまたろうへと目をやった。
 佐々丸さざまるも抜き身のままで、茫然自失ぼうぜんじしつ
 体を支えている四肢も震えが止まっていない。

「我のことを『通りすがりの妖怪風情』と言っておったのは口だけじゃったか」

 弓月の言葉が自身に向けての言葉と受け取ったのか、浜太郎のふるえはぴたりと止まった。

「大乱の頃から武士共ぶしどもは口ばかりで、何もできなかったんじゃから無理からぬことよな。所詮しょせん烏合うごうしゅう、群れなくては何もできやしない。群れたとしても何もできないとなれば、笑い者にもできずに死に行くばかりときた」

 浜太郎は地面についていた両手を土ごと握りしめた。
 くやしさが込み上げているようであったが、返す言葉がなかった。

「我の見込み違いじゃったか……まぁ、武士などやはりこの程度じゃな」

 そう握り拳を作っていた浜太郎に弓月は一旦、一方的に目切りをつけた。

空太くうたよ、少し此奴らを休ませてやってくれ。次に外に出る時は事を終わらせるべきじゃ。正気でないにしても我らの事を覚えたやもしれん。万全にしておかねばな」
「弓月様がおっしゃるにゃら、吾輩から言う事はにゃいにゃ」

 空太の返事にうなずいた弓月は、蒼へと向いた。

「後は任せるぞ。我は休ませてもらう。何度も言うが、次で決着をつける。わかっておるな?」
「ああ」
 
 弓月は視線をちらりと浜太郎へ向けた。
 蒼は意図をさっしてか、弓月の目を見て頷いた。
 弓月はあきられたように肩をすくめてから蒼の胸の中へと入っていった。

「空太、案内を頼む」
「もちろんですにゃ」
「浜太郎も行くぞ」
「承知」

 先程よりも幾分いくぶんか気持ちが落ち着いたようで、足を支えに立ち上がると大太刀をさやめた。

「蒼殿、かたじけない。あれ程までに追い込まれていたとは思いもせず」
「少しは落ち着いたのか?」

 蒼の声に頷くと、浜太郎は両頬りょうほほを両手で二度思い切り叩いた。
 
「大丈夫でござる! 精進しょうじんあるのみ! 乗り越えてみせまする!」
「ああ、頼む」
「あと空太殿! 先日は助けて頂き、感謝でござる! 空太殿の恩義おんぎにもこたえられる事があらば、全力をくしまする! 」
「……二人ともついて来てくだされにゃ」

 頭を下げる浜太郎に、空太は頷くと先を歩きだした。
 まだ入り口から近いからいいものの、洞穴の先を見ればどこまでも続いていそうな暗闇があった

「それにしても暗すぎる。本当にこの先に安全な所があるでござるか?」
「灯りはないのか?」
「吾輩は見えますにゃ」
「空太殿、拙者達が見えねば安全とは言い切れませぬぞ」
「これでどうだ?」
「おー! 蒼殿はそのような妖術も使えるのでござるか! かたじけない!」

 蒼が右手のひらに炎を灯すと、灯りが明るくなった。
 そのおかげで浜太郎は佐々丸を器用に鞘へと戻す。
 蒼も形無を元の形に戻し、腰元に戻していた。
 炎のせいか、おかげか、空太の目の瞳孔どうこうが縦長になっている。

「この先には何があるんだ?」
「若藻様がちょっかいをかけた者やちょっかいをかけに来た者が集められてますにゃ」
「……というは、拙者の同郷の者も!?」
「最初こそ抵抗されましたにゃが、今は大人しくしておりますにゃ」
「申し訳ござらん。拙者達の国、武蔵国むさしのくに妖怪禁制ようかいきんせい。妖怪は悪きものと教えられているでござるから」
「知ってるにゃ。ここで立ち話をしても仕方にゃい。奥に開けたところがありますにゃ。そこで若藻様の事も話したいですにゃ」
「ああ、よろしく頼む」

 再び、空太を先頭に蒼と浜太郎の順で洞穴を進んでいく。
 しばらくの間、少し降り道になっており、洞穴の天井も少しずつ高くなっていった。
 曲がりくねった先に明かりが灯っているのが見えた浜太郎はほっと安堵あんどした。
 蒼がその息に振り返ると、場が悪そうに頭をきながら苦笑いした。

「信じてなかった訳ではないのでござるが、こうも暗いと不安になってしまうでござるよ」
「吾輩が食べ物を持ち運んだり、他の者が世話をしておるから心配ありませんにゃ」
「かたじけない」

 浜太郎の声に振り返った空太に浜太郎は軽く頭を下げ、また歩き出した。
 明かりに近づいていくと、人の声が聞こえてきた。
 
「そろそろ陽の光を浴びたい……」
「まったくだ。早くなんとかなんねぇかな〜」
「また愚痴ぐちかにゃ。飽きない奴らにゃ」
「く、空太殿! お戻りで!」
「その連れは? って、浜太郎じゃねぇか!!」
「お二人ともご無事で!」
「そっちこそ! 俺たちと一緒じゃないから妖怪に食われたのかと……」

 見張りの二人は武士のようで、浜太郎を見るなり駆け寄った。
 だが、浜太郎にばかり気を取られ、蒼が視界に入っていなかったようだ。

「どわぁあぁ!! よ、妖怪!!」
「炎が掌に!! 炎の妖術を使う妖怪だ!!」

 蒼から距離を取り、炎にも蒼にも指差して、洞窟の壁にへばりついた。
 その慌てように浜太郎は大口あけて笑った。

「だはははっ! お二人とも、気を荒げるな。 蒼殿は拙者を助けてくださった方! 他にも助けてくださった方々も居るが、妖怪にも心優しき方は居るという事だ。空太殿もそういう方であろう」
「確かにそうなんだがよ……」
「あんな事があった後だ。まだ構えちまうのも無理はねぇって話だぜ、浜太郎」
「……そうかもしれぬが、恩はしかと返さねば、武士の名折れでござろう!」
「そりゃ、返すとも……今も少なからず返してるつもりだぜ、おらぁよ。な、空太殿?」
「吾輩は恩を着せたつもりはにゃい。好きにすると良いにゃ。ただ、吾輩たちに仇にゃすにゃら話は変わってくるけどにゃ」

 空太は二人を睨みつけるとすぐに踵を返した。

「さ、二人とも行くにゃ。早く休んでもらって、若藻様を元に戻して差し上げたいにゃ」
「わかった」
「かたじけない」

 先に行く空太についていく蒼と浜太郎。
 少し奥に進めば、広がった場所に出た。
 ここまでの道よりも明るく、壁に蝋燭ろうそくが立てられていた。

「浜太郎の奴、妖術にでも掛けられたのかもしれねぇ」
「ちげぇねぇ。妖怪と連んで無事でいられる奴はそう居なかったらしいからな」

 三人を見送る見張りの二人は小声で話した。
 それは蒼の狼耳おおかみみみに聞こえていたのだ。
 少し弓月の言う事がわかった気がしたが、怒るほどの事ではないと思った。

「とりわけ、武士とはああいう者ですにゃ。気ににゃさる事はありませんにゃ」
「……浜太郎は変わり者なのか?」
「少なくとも、そうにゃ」
「まったく、あの者達には参ったものでござるな。どう伝えたら、わかってもらえるでござろうか?」

 蒼と空太の話が耳に入っていないようで、ぶつぶつと文句を垂れているようだった。
 比べるには例が少ないが、蒼にも浜太郎が変わり者であるのはわかった気がした。
 さらに奥に進んでいくと、さっきよりも人の声や猫の鳴き声も聞こえてきた。
 一匹の猫が空太達に気づいたようで、駆け寄ってきた。

「空太様、おかえりなさいませにゃ。その者たちは? 一人は武士とお見受けしますにゃが?」
「若藻様を救う手立てを知っておるようでにゃ、連れ戻ったにゃ」
「にゃにゃ! それは良い事にゃ。おもてなしを!」
「いや、俺たちは持たされたのを食べる」
「そうですかにゃ、その方がこちらとしても助かりますにゃ」
「二人ともゆっくりしてくだされにゃ。ただ、早めでお願いしますにゃ」
「ああ」
「おいとまを頂くでござる」

 二人は空太から離れ、広間のような場所の壁側へと腰掛けたのだった。

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