第十六話 下り道

「まったく、あからさまに心配しおって」

 弓月みゆづきあお小走こばしりに山道をけていくのを耳にしながらぼやいた。
 心配をかけてしまった事は自覚している弓月だが、こうもわかりやすく心配されるとぼやきたくもなる。
 昨日も蒼と椿つばきには自身の不甲斐ふがいなさから謝った。
 ただ、それ以上に関連する事が頭をよぎるだけで思考が良くない方へと向いてしまう。

(三百年もの間に克服こくふくしたと思ったが、旅を始めて、彼奴きゃつもまだ生きているとなれば、これか)

 弓月自身、狼耳おおかみみみも尻尾も垂れ下げて、うつむいている事に気づいていない。
 おのずと重い足取りでゆっくりと下り坂をくだって、平坦へいたんな道をしばらく歩いた。

(彼奴を殺す時に手を抜いた気は毛頭もうとうない。殺す気で戦わねば、我が殺されていた。殺す事に躊躇ちゅうちょする訳がなかった……ならば、彼奴が最初からこうなるように仕向けたのか? まどろっこしい事をする意味があるか、そもそも、敵対する必要すらなかったじゃろう)

 一人になれば、同じ事ばかりを考えてしまう。
 そして、思考の行き先に答えはない。
 弓月が流刑るけいを受けてからというもの。
 三百年もの間、答えの出ない問いに辟易へきえきしていた。
 弓月は答えを見つける必要はないという答えを出し、心の奥へとしまったのだ。
 しかし、旅に出た先で出会った黒い霧のような妖怪。
 その正体に目星めぼしがついてしまってからはまたこの問いが頭の奥へとしまう事ができなくなってしまった。

(くそ、頭がおかしくなりそうだ。問いただす他ないが、あの時に話さなかった事を今になって口を割るわけもない。どうすれば良い……)

 腕組みをして考えていると、俯いていた視界にあるものが見えた。
 それに爪先つまさきが当たったことからどうも本物らしい。
 信じたくなかった弓月は三回だけ軽くってみた。

「何で、こんな所に褌一丁ふんどしいっちょう武士ぶしがおる」

 弓月がまぼろしであって欲しいと思ったそれは、褌一丁の人間である。
 髪をちょんまげにっているのを見るに、まごう事なき武士だろう。
 予想通り、更子さらこの夫が武蔵国むさしのくにに助けを頼んだ結果でここにいるんだろう。
 なぜ、褌一丁で山の中に行き倒れているのか。
 他の武士にいるのか。
 大乱の時を思い出すに武士達は大抵、一人では居なかった。
 今回も他にも居るのだろう。
 もしかすれば、この武士は見捨てられたのか。
 さもなくば、おとりか何か。
 様々な憶測おくそくいてくる。

「これだから、若藻にゃもの考えがわからない。乱心じゃから余計面倒じゃな」

 弓月は蒼の背丈以上はある武士をもう一度、足蹴あしげにした。
 それのせいか、おかげか、武士の身体がピクリと動いた。

「この山に入って何日なのかは知らぬが、まだ息があるか。生かされとるようじゃな。良いおもちゃを見つけたくらいにしか思われてなさそうじゃが」

 足蹴にするのをやめて、武士の様子を見る。
 さっき動いたのが最後の力だったのか、動かなくなった。
 死んだか。
 弓月が足蹴にしたせいで死んだ可能性があるにも関わらず、何もびる事なく、ただ見下みおろすだけ。
 
「死人を持ち帰った所で何にもならんな。捨て置くとするか」

 褌一丁の死体のそばを歩いて、道の先へと進もうとした。
 すると、武士の左腕が動き、弓月の足首をつかもうと動いてきた。
 すかさず、弓月はけ、武士から距離を取った。

「た……たすけて……く、くだされぇ……」

 弱弱よわよわしくかすれた声が弓月の耳に届いてきた。
 いつの間にか、うつ伏せだった顔が弓月の方へと向けられている。
 目は開けずに、かわったくちびるふるえていた。
 弓月は鼻を鳴らして、武士の左手が届かない所まで歩み寄った。

われは妖怪じゃ。お前らが嫌っておる妖怪じゃぞ? 武士は妖怪に助けをうくらいなら死んだ方がマシではななったかの?」

 震えていた唇が止まって、口を閉ざした。
 武士の左手は山道の土をにぎり込んだ。

「やはりの、我は助けんぞ。助けたとて、斬りかかられては面倒じゃからな」

 再び、弓月は山道を進もうとする。
 ただ、またも耳に掠れた声が聞こえてきた。

拙者せっしゃ、は……恩人に。け、して……斬りかからないで、ござる」
かせ、お前ら武士は信用ならん。我は決してな」

 歩きながらに言い返した。
 その後も何かを言っていたようだが、弓月は聞く耳を持たなかった。

(武士なぞ、助けてやらん)

 腕組みをし直して、山道を進もうと前を見た時に風が吹いてきた。
 感じ慣れた妖気が生み出した風なのを弓月はすぐに感じ取った。
 足を止めて振り返ると、蒼が武士の傍に降り立っていた。

「弓月、なんか倒れてるぞ!」

 あわてる蒼に弓月はうんざりそうに目をらした。

「そんなものは捨て置け! 其奴そやつが武士というやつじゃ。関わると痛い目を見る。放っておけば良い」
「こんななりのが武士なのか……確かに変だな」
「そういう事じゃなく……って、何をやっとる!」

 弓月が蒼を見ると、武士をおぶろうとする蒼がいた。
 思わず、弓月は大声をだした。
 蒼の耳がペタリとうさがった。
 それほどに大きな声であったのだ。

「いや、死にかけてるやつを放っておく訳には行かないじゃないか?」
「我の話を聞いておったのか!? 関わると痛い目を見るのは我らなのじゃぞ?」
「そうなのか?」
「拙者は……恩人には、斬らぬぅ……」
「だってさ、連れて帰ろう。このままじゃ、死ぬだろうし、見殺しにしたくない」
「ぐぅっ……はぁ、もう好きにしろ」

 蒼におぶられた武士はぐったりとしており、さっきの言葉を最後に気を失ったのだろう。
 武士の全体重が蒼に掛かっているが、なんて事はなさそうに弓月を見ている。
 そんな様子を見て、「たわけ!」と一言叱ってやろうとしたところをぐっと飲み込んだ。
 ここで見捨てるように弓月が言ったところで蒼はいう事を聞かないだろう。
 武士とは言え、ここまで蒼が助けようとしているのを止められる程、残忍ざんにんになりきれなかった。
 一度は捨て置くつもりであったのは自分たちのためにならないと思っての事だ。
 蒼や椿に何か危害きがいを与える可能性はのぞきたかった。
 だが、こうなれば仕方ない。
 もし、何か起こそうものなら、殺して焼き尽くせばいい。
 骨も灰も残らぬくらいに。

「ありがとう。こいつを助けるためにもう山も降りて良いよな」
「それしかあるまい。降りるからには救ってやって、知ってる事をあらいざらい……」
「……なにか来る」

 周囲の音と妖気の気配を感じて、二人は周囲を警戒けいかいし始めた。
 木が軋むような音、何かが這うような雑音が三人に近づいてきている。
 うような雑音の正体はわからないが、音の方向から妖気を感じていた。

「まさか」
「そのまさかじゃ、形無かたなしをよこせ」

 武士をおぶる蒼は両手がふさがっているので、腰元にぶら下がる形無を弓月へと向けた。
 弓月は形無を結んでいる鞘帯さやおびを外して取った。
 手にした瞬間から少しずつ形を変えていった。
 弓月が妖気の方へと意識を向けた時には刀の形をしていた。

「逃げるぞ!」
「わかった」
「先を走れ、全力での!」

 蒼は「風気ふうき はやぶさ」を使って、侍をおぶっての全力で駆け始めた。

「我も遅れるわけにはいかんな」

 弓月もまた「風気 隼」で蒼を追いかける。
 後ろには若藻が操っているであろうつちせまってきていた。

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