第八話 ふもとや

「なんだって!? 本当に山の騒ぎをなんとかしてくれんのか!」
「あぁ、そのためにここまで来たからな」

 あおは出された夕食に手をつけながら、宿屋の夫婦にそう言った。
 それを聞いた夫婦は信じられないと言わんばかりに顔を見合わせた。
 ちなみに夕食は漬物と山菜の味噌汁に五穀米ごこくまいである。

「お前さん、蒼さんは椿つばきちゃんの茶屋をめちゃくちゃにした鬼をらしめられる程に強いらしいよ。蒼さんならなんとかしてくれるんじゃないかい?」
「そ、そうか……」
「蒼さんは強いですよ! 鬼もそうですが、京で騒ぎになりそうになった相手にも引けを取りませんでしたから」
「う〜ん」

 疑いの目を向ける亭主ていしゅに椿も夕食の手を止めて、口添くちぞえをする。
 聞いた亭主は腕組みをして、眉間みけんしわせた。

「あれはほとんど、弓月の手柄じゃないか」
「じゃあ、九ノ峰大社くのみねたいしゃ試練しれん踏破とうはしたことをお話ししますか?」
「いや、あれも話が長くなるだろ」
「でも、信じてもらえないのはしゃくです」
「別に信じられなくても頼まれた事だからやる」
「そうかもしれませんが」

 片目を開けて、二人のやり取りを見ているに嘘偽うそいつわりは無さそうに感じ始めた亭主は眉間の皺を伸ばした。

「お前さん」
「皆まで言うな。俺だってふもとやの亭主だ。人を見る目はあると自負してる」

 女将の口添えを止めて、腕組みもやめた亭主は胡座から正座へと座り直した。

「蒼殿、山のふもとに住んでいるのに何もできねぇ俺らの代わりに申し訳ないが、山の騒ぎをなんとかしてもらえないか」
「アンタに頼まれるまでも無いな」
「ちょっと蒼さん、言い方」
「……俺たちは話すと長い事情があって、旅をしてる。その旅には宿がどうしても必要で、ここに来るまでの道中にある座敷童子達ざしきわらしたちの宿屋に頼まれ事をされたんだ。頼まれずともやる事は決まってる……からそんな必死にお願いしてこなくても大丈夫だ」
「そ、そうですか……いや、ならせめて、今夜の宿代はタダでいい! なんとかやり遂げてくれ!」
「山の騒ぎが収まれば、私達だけじゃなく、この村も救われる。よろしくお願いします!」

 蒼の精一杯の説明をした事で、夫婦は頭を下げることをやめたが、両脇からすがるように寄ってきた。

「だから、そんなに必死にならなくても」
「蒼さん、頑張りましょう! 怪我をしたら治しますね!」
「も、もちろん」

 蒼の返事を聞いて、宿屋夫婦はすっくと立ち上がった。
 
「そうと決まれば、たくさん食ってくれ! 俺の息子が飯屋をやってるんだ! 今から事情を話して持ってこさせら!」
「今日はもう客も来ないだろうし、二人の貸し切りにするからゆっくり休んでおくれ! そうだ! お前さん、巫女様みこさまにも少しでも話を通しておいてあげないと!」
「そうだな! お前はお二人に久家神社ひさけじんじゃの事も話しておいてくれ! 息子んとこに行ったら、そのまま巫女様の所へ行ってくら〜な!」

 立ち上がるや否や、バタバタと慌ただしく、準備に追われる夫婦を椿と蒼は眺める他なかった。

「頼まれ事の話はしない方がよかったか?」
「話の流れでこうなったんですし、仕方ありませんね」
「あ〜、ゆっくりと食べておくれ。そのうち息子が料理を持ってくるからね」
「ありがとうございます。たくさん食べて、皆さんの為にも頑張らないと!」
「私らにはこれくらいしかできないけど、頑張っておくれ!」
「やれる事はやるが、さっきの巫女様ってのは久家神社のか?」
「そうそう! 布団を端の方に敷いたら、話すからちょっと待っとくれ」

 女将は大部屋にある押し入れから二組の布団を出した。

「あ、一組の方が良いかしらね?」
「ふ、二組でいいですっ!」
「あらそう? お似合いだからてっきり」

 ほほほ、と女将は笑いながら布団を大部屋の端へと敷きに行く。
 椿は顔を赤くして俯いたが、蒼は呑気のんきにお膳に乗せられた夕食を平らげた。
 その後、女将から久家神社が山の騒ぎをどうにかしようとしている話を聞いた。
 久家神社の神主が山へと向かってもう二週間が経ったという。
 
 それでも、一向に客足が戻らなかった事で神主かんぬしが山で殺されてしまったのではないかと村の中であらぬ噂がたち始めていたらしい。
 神主の嫁である巫女はそんな事はないと、神主はさわぎをおさめて帰ってくると言い、村の中の雰囲気も悪くなる一方だった。
 そんな時に椿と蒼がここへやってきて、山の騒ぎをなんとかしてくれるとなれば、宿屋夫婦は騒がずにはいられなかったのだ。

「ささ、食ってくれ! なけなしだが、精一杯作らせてもらった!」
「おい! これは肉ではないか! 京への献上品ではないか!」
かたいこと言ってんじゃねぞ、村長! 今は村の緊急事態! この人たちに頑張ってもらわねぇとおら達が死んじまうでな!」
「商売あがったりなんだから、山の騒ぎが収まればたくさん稼げばいい! さ、二人とも気にせずに食べてくれ!」

 話をしている間に宿屋夫婦の息子だけで無く、村長に村の顔役が大部屋へと雪崩れ込んできていた。

「巫女様に話つけてきたぞ! 明日にでも……ってお前ら、何してんだ!?」
「なにって、客人をねぎらってんだべ!」
「そんな寄ってたかってたら、二人が休まらねぇだろうが! とっとと帰んな!」
「最近は良い話がなかったんだ! ちーとくらい、いいだろうがよぉ! ひっ!」
「なぁに、お前は酒を飲んでんだ! まだこれからだってのに良い気になりすぎだろ!」
「良いだろうがよ! 酒を飲まずにやってらんねぇよ!」
「はいはい! どんちゃん騒ぎになる前にみんな帰っておくれ! これ以上、騒ぐようなら私も黙ってないよ!」
「おいおい! ふもとやの女将がご乱心だぞ!」
「ほれ、皆の者、帰るぞ。蒼殿、椿殿、どうかよろしくお願いいたしますぞ」

 村長然とした老人がそういうと、さっきまでの騒ぎは一気に鎮まり、大部屋にいる村人達が村長の礼の後に各々が頭を下げていった。
 酒を飲んでいた村人もれなくである。
 その頭を下げられた先にはもちろん、椿と蒼の姿があった。

「もうやると決めている事だから任せてくれ」
 
 その言葉に村人も頭を上げて、頷く者もいれば、鼻をすする者も居た。

「では、明日には久家神社へ向かっておくれ」
「わかりました」

 椿が返事すると村人達は大部屋から順番に出ていった。

「たくさん食べたし、ゆっくり寝れそうだ」
「はい、私もいっぱい頂きました」
「騒がしくてすまなかったな」
「いえいえ、それだけ大変な思いをしてきたのはわかりますから」
「ご飯の分以上にやるだけだ」
「よろしくお願いします」
「さ、俺たちも出るとしよう」
「二人とも、ゆっくりしてちょうだいね」

 宿屋夫婦が出ていき、二人きりになった。

「あ、明日に備えて休みましょう!」
「そうだな」
 
 寝支度をして、椿はまたしても緊張したのだが、例のごとく、すぐに眠りについたのだった。

← 前のページ蓮木ましろの書庫 次のページ →

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました