第十九話 かれこれ四日目

 武士を連れて帰ってからというもの、三日が過ぎた。
 武士が起きた際に混乱して、あお椿つばきに襲いかかるかもしれない。
 と更子さらこから言われ、二人は会っていない。
 容態ようたいもご飯を受け取る時に巫女達から教えてもらうくらいである。
 そんな三日間。
 蒼は季喬ききょうから教わった抜魂術ばっこんじゅつをものにしようとはげんでいた。
 椿は旅に使うであろう物を洗っては干し、ほつれていれば裁縫道具を借りて、直していた。
 そんな日々を繰り返して、四日目の日が暮れている。
 二人は離れでゆっくりとしていた。

「そろそろ起きられましたかね?」
「……助けるのが遅かったかもしれない」
「そんな事は!……ないと思うんですけど」

 椿が治癒ちゆの妖術をほどこしている間は、かぼそいながらに息はあった。
 土汚れでわかりにくかったが、身体のあちこちに打撲だぼくあとがあった。
 骨が少し浮き上がっていたのを見るに、食事もままならなかったのだろう。
 どれだけの間、山の中に居たのかも不確かだ。
 並の人間であれば、息を引き取ってもおかしくはない。

「助かってほしいんだがな」
「もちろんです。弓月ゆみづきさんは武士を毛嫌いしてましたけど、人が亡くなって良いことなんてありませんから」

 二人してうつむいていると、離れの戸がたたかれた。
 返事がなくとも戸は開いて、更子が入ってきた。

「お二人とも夕食ゆうげをお持ちしましたよ」
「ありがとうございます。あれ、更子さん? それに、お手には何もありませんが」
「そのことなんですが、今晩は夕食を共にしてもよろしいでしょうか?」
「大丈夫……ですよね?」
「ああ、問題ない。あれ?」

 蒼も更子に顔を出すと、胸元から弓月が出てきた。
 仮の姿で現れたのだ。

「やっと、口がきけるようになったか」
「流石は弓月様。よくわかりましたね」
「武士の気配は気味が悪いから、すぐにわかる」
「それって……」
「はい、ご察しの通りでございます。浜太郎様はまたろうさま、お入りくださいませ」

 更子に声をかけられた武士。
 浜太郎はまたろうという武士は、鎧はもちろん、刀を差さずに現れた。
 甚平じんべいを着こなし、手には四人前の御膳ごぜんを持っている。
 蒼よりも少し背が高いこともあり、少しかがんで離れへと入ってきた。

「いやはや、命の恩人とはいえ、妖怪の前で丸腰は肝が冷えるでござるな」
随分ずいぶんな挨拶じゃな。丸腰でなければ、われが焼き殺しておったじゃろうに」
「き、気を悪くされたのなら、あ、謝りまする! どうか気をおだやかにしてくだされ!」

 浜太郎は御膳をらして、弓月へと頭を下げた。
 それを見て、弓月は鼻を鳴らして、座敷の奥へと進んだ。
 浜太郎は頭を上げて、弓月の背中を見ていた。

「浜太郎様、御膳を台無しにしないように気をつけてください」
「おっと、そうであった。夕食を駄目にしてはいけませぬな」

 更子が御膳を二個受けとり、座敷へと運ぶ。

「私も持ちます」
「ありがとうございます」
 
 更子の持つ御膳の一つを椿が受け取った。

「御膳を持ってると脱ぎにくいでござるな」
「俺が持つぞ」
「……かたじけない」

 浜太郎が草履を脱ぐのにもたついているのを見て、蒼は御膳を受け取って、座敷へと運ぶ。

「そなたが拙者を背負って下さったのでござるな?」
「そうだ」

 浜太郎に向き直って、蒼は返事をする。

「でも、俺だけじゃない。弓月も椿も、更子も他にも恩人はいる」
「そうでござるな。感謝申し上げる」

 浜太郎は草履を脱いで、座敷へと踏み入った。

「そんな礼はいらん。さっさと起きた事を話せ」
「弓月様も焦れておられますから、浜太郎様。こちらへ」
「う、うむ」
「椿様が持っているのはこちらに。蒼様のは向かい合わせに置いてくださいませ」
「我はさっさと事を済ませたいだけじゃ」
「ふふ、左様でございますね。私としましても、解決は早いに越した事はありませんから、お気持ちご察し致します」

 話の合間に御膳を向かい合わせに二膳ずつ置いた。
 御膳を前に四人が座り、神座かみざに弓月がいる。
 少し苛立っている弓月に余裕のある更子。
 そのちぐはぐさに、椿と浜太郎は少し居心地悪そうに座っている。

「もう食べても良いか?」
「そうですね。ひとまず、夕食を食べてもよろしいでしょうか?」
「構わん。腹が減っては聞く耳を持たんじゃろうからな」

 そんな場を弁えずに蒼は御膳のことで頭がいっぱいである。
 弓月はため息を吐き、更子はすそで口元を隠して笑う。
 椿は苦笑いをして、浜太郎はぽかんと口を開けていた。

「では、皆様、お手を合わせて」
「「「「いただきます」」」」

 四人共々、声を合わせて夕食を食べ始める。
 今日も今日とて五穀米。漬物に味噌汁。
 浜太郎に至っては、五穀米をお粥にしたものを食べていた。
 食べている次第に、浜太郎は違和感に思うことがあった。

「更子殿、弓月……殿の夕食は?」
「弓月様は必要ありませんから、ご心配なさらず」
「……左様か」
「要らぬ心配をせんで良い」
「こ、これは失礼を」

 鼻を鳴らした弓月は更子をじとりと見た。
 その視線に気づいた更子はゆっくりと首を振った。
 蒼たちに弓月の過去を話していないように、浜太郎に弓月たちの事情は話していないようだ。
 弓月はゆっくりと目を瞑った。

「ご馳走様でした」
「蒼さん、早すぎます!」
「普通だが?」

 やはり、場違いな蒼に他の四人はまた同じ反応をするのだった。

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