第二十七話 化け猫の乱心

「空太くうた、待たせたな」
「休まれましたにゃ?」
「無論! 問題なしでござる!」

 浜太郎はまたろうが元気に返事してきた事で空太は満足そうに頷いた。

「では、案内しますにゃ」

 空太に案内された先に広場の壁に穴があった。
 空太はすんなりと入っていくが、蒼あおと浜太郎には少々というよりはかなり小さい。
 這はって入れないほどである。

「小さ過ぎて入れにゃいかにゃ。ほんの少し大きくするにゃ。あまり大きくしすぎるのも良くにゃいからにゃ」
「なんでだ?」
「ここは吾輩わがはいたちの集会場にしてるにゃ。広すぎたら人間が入ってきて悪さをされても困るにゃ」

 蒼の問いかけに返事しながら、爪研つめとぎをするように土を掘ほる。
 見た目からして硬かたそうな土。
 空太の爪では掘れなさそうであったが、意図も容易たやすく掘る。
 空太は土の妖術が使えるのだろう。

「この騒ぎになる前もこのような所で集会を開いていたでござるか?」
「そんにゃことはにゃい。若藻にゃも様のもとに集まっての集会にゃ。場所は若藻様の気まぐれにゃけど」
「特に決まってはござらんかったからこのような所でも大丈夫な訳でござるな」
「これくらい掘れば、入れるにゃ」

 一仕事終えた空太は両前足を交互にぷるぷると振った。
 こびりついた土がすんなりと落ちていった。
 広げられた穴はまだ少し小さいが、四つん這いでも通れるほどになった。
 蒼が先に入り、浜太郎は佐々丸さざまるを正面に抱えるようにして入った。
 中は思ったよりも広く、高さもあったので佐々丸は壁に立てかけることにした。
 明かりはないので引き続き、蒼の右手の炎が頼りだ。

「客人にはおもてなし、と若藻様はよく言われたにゃ。ただ、今は一大事。こっちも余裕がにゃいのでご了承願いたいにゃ」
「大丈夫だ、構わない」
「拙者も異論ござらん!」

 蒼が座っている横に浜太郎も座った。
 二人の前に空太も座っている。
 
「弓月様も聴いておいでですかにゃ?」
「ああ、ちゃんと起きてる」
「では、弓月様の進言があったのも踏まえてお話しさせていただきますにゃ。若藻様がなぜ、ご乱心になられているのか」

 空太は二尾の尻尾を燻くゆらせながらにゆっくりと話し出した。

・――・――・
 
 人間が居ない場所というのは弱肉強食じゃくにくきょうしょく。
 強き者が勝ち、弱き者はただの血肉に成り果て食べられる。
 若藻様がこの飛駕山ひがやまに住み始めてからも変わりありませんでした。
 ただ、若藻様は大乱を生き残られた妖怪。
 住み始めた時点で山の頂きに座すわられる程に強かった。
 鷹たかも熊くまも狂くるった妖怪でさえも若藻様には敵かないません。
 その強さから弱き者たちは若藻様を恐おそれていましたが、若藻様はこう言ったのです。
 
『弱いなら、そもそも戦わなければ良い』
『食べられたくなかったら、私と一緒に居るか、私の縄張なわばりに居れば良い』
『それでも食べられそうになるなら、私が襲おそってきた奴を食べてあげる』

 若藻様は牙きばを向けてくる相手には容赦ようしゃはありません。
 ですが、弱き者に対しては何も手出しはしなかった。
 最初こそ、弱き者たちは若藻様の言葉をすぐには信じず、様子を伺うかがっていました。
 弱き者に都合のいい言葉を並べて、誘さそい込こみ、襲うつもりだろう。
 弱き者はそう考えてのことでしょう。
 時が流れていっても若藻様の態度は変わりませんでした。
 襲ってくる者を食らい、襲われないなら山の食物を食べる。
 一切、弱き者を狩って食おうとはしなかった。
 そうしていた事で弱き者たちの理解を得られたのでしょう。
 一匹、また一匹と若藻様の下に訪れるようになりました。
 若藻様は最初に言った通りに縄張りにいる弱き者が襲われれば、強き者を容赦なく狩った。
 救えなかった事もあれど、それでも、弱き者は皆、若藻様の縄張りから出る者はいなかった。
 飛駕山はいつしか全てが若藻様の縄張りとなり、弱き者にとって住みやすい場所となったのでした。

 しかし、一ヶ月と半月ほど前のことです。

 飛駕山に黒い大蛇だいじゃが現れるようになったのです。
 どこからやってきたのか分からない大蛇は格好かっこうの餌場えさばと思ったのか、飛駕山に棲すみついてしまった。
 それからというもの、隙すきを突くように弱き者を丸呑まるのみにしていきました。
 若藻様が駆けつける頃には姿がなく、退治には苦労しました。
 皆で総出で探したとしても、帰って来れなければ、退治はできない。
 複数でいたとしても、皆丸呑みにされるのが関の山。
 到底難しいとなれば、若藻様が。

『みんなは一ヶ所に留まって、大蛇を誘き寄せましょう。大丈夫、みんなは私が守るから』

 そう言われ、皆は縄張りでも一番食物が多い場所に留まり始めました。
 その周りを若藻様が見張りながら、守っていました。
 とある夜の事、警戒しての気疲れか皆はもちろん、若藻様も眠っていました。
 それを狙っていたかのように、大蛇は姿を現し、皆のことを丸呑みにしようとしたのです。
 ですが、若藻様の方が一枚上手でした。
 寝たふりをする事で、大蛇を誘き出したのです。
 若藻様と大蛇は戦いました。
 大蛇は毒のある牙と大きな体を。
 若藻様は爪と牙、土の妖術を。
 大蛇の大きな体に若藻様が締め上げられ、毒の牙を突き立てられそうになった時、弱き者たちも大蛇に飛びかかりました。

『今度は吾輩たちが若藻様を守る番にゃ!』
 
 必死な思いで皆が飛びついたおかげか、大蛇の締め付けが弱くなった時に若藻様が大蛇の隙をついたのです。
 大蛇が弱き者を丸呑みにしようと口を目一杯に開けた瞬間、土がこれでもかと大蛇の口の中へと入っていきました。
 大蛇がもがき苦しむ中でも土は容赦なく入っていき、若藻様も大蛇の体から抜け出して、大蛇が動かなくなるまで土を飲み込ませました。
 そうして、大蛇の息の根を止め、若藻様と弱き者は力を合わせて大蛇を倒す事ができたのでした。

 この騒ぎの原因が何かと言えば、間違いなくこの時だろう。
 若藻様がその大蛇を食べ始めてしまったのだ。

『皆との約束は果たさないといけない』

 そう言われて、止める事ができなかった。
 でも、止めるべきだった。
 約束は絶対果たすとは言っていなかったのだ。
 弱き者たちは止める事なく、若藻様が食べ終えるのを見ているしかなかった。
 若藻は食べ終えてから、一匹の猫へと近づいていった。

『さっきはありがとう。君が居なかったらやられてたかもしれないから。名前は? ……空太。お礼ともしもの時のために私の力をあげるね。私が変になったら、みんなを守ってあげて欲しい』

 そう言って、一匹の猫に妖術を授け、使い方を教える。
 教えていく日々の中で若藻様はおかしくなっていった。

『もう、厳しいかも。……もし、出来るなら私の事も助けてくれると嬉しい。ダメなら、もういっそ、殺して。弓月がやったみたいに燃やし尽くして欲しいな』

 その言葉を最後に若藻様は言葉が通じなくなり、飛駕山の土を暴れさせた。
 強き者も弱き者も見境なければ、山に入った人間にも手を掛けるようになった。

・――・――・

「吾輩たちはなんとか生き延びようと必死で逃げていたら、この洞穴を見つけたにゃ。若藻様に教えてもらった妖術で洞穴を掘り進めて、人間が作った鳥居の近くまでの穴も作ったにゃ」
「そんな事があったのか」
「蒼殿! そんな事ではござらん! なんたる不運でござろう! 妖怪であろうとも平穏に過ごしていた所を壊されるというのは悲しき事! あまりにもお労いたわしい! 拙者、今にも泣きそうでござるぞ!」

 蒼は淡白に話を聴いていたが、浜太郎は聴いている間に感情が昂たかぶらせていた。
 感涙かんるいに咽むせび泣くとまではいかないが、目に涙を溜めて、鼻を啜すすっている。

『此奴は放っておくとして、原因は黒い大蛇を食べた事じゃと考えておるんじゃな?』
「放っておくとは、酷いでござらんか! って、弓月殿、いつの間に! というか、それで話せておるのも面妖めんようでござるな」
「空太が話している間に出てきてたぞ」
 
 弓月は人魂の姿で現れていた。
 腹話術や念話のように口を動かさずに話している。
 出来る限り、妖力を消費しないための行動なのだろう。

「食べている最中も苦しそうにしていたにゃ。本当に止めるべきだった。でも、若藻様の必死な様子は只事ではなさそうだったにゃ」
『その大蛇は妖術を使わなかったようじゃが、喋しゃべったか?』
「いえ、喋りもしなかったですにゃ。ただただ、凶暴きょうぼうでしたにゃ。若藻様も苦戦していたのを覚えてるにゃ」
『……憶測おくそくじゃが、その黒い大蛇は鵺ぬえの残党ざんとうを食ってしまった成れの果てじゃったのやもしれん』
「……ぬえの、ざんとう?」

 浜太郎が聞き慣れない言葉に頭を捻ひねっているのを無視して、弓月は続ける。

『奴らにも妖術が使えぬ弱い奴らが居ったからな。奇くしくも生き残ったが、逃げた先で死んだんじゃろう。ただ、怨念おんねんは残り大蛇を蝕むしばみ、暴れさせたんじゃろう』
「そんな事もあるのか?」
『大乱で食べ物に飢うえた者が鵺の死体を喰ってしまってな。その話と状況が似ておる。……若藻も喰くったせいで今のようなことをしでかしておるのじゃろう』
「食べなくてはいけなかったですかにゃ?」
『奴らの死体はただ死体よりも人間も妖怪も憎にくんでおる分、土を腐くさらせる。喰っておかねば、飛駕山の土も悪化しておったじゃろうな』
「なんなんでござるか、その「ぬえのざんとう」というのは?」
『お前は怨念の塊とでも思って居れば良い。さて、若藻をどう正気に戻しすか、じゃが』
「何か手立てがあるのか?」
『たわけ。その大太刀、使う時が来たという事じゃろうが』

 弓月は立て掛けられた大太刀へ向きながら言った。

「拙者にお任せあれ! しかし、どうやって若藻とやらを見つけるでござるか?」

 手段が分かっても、その相手が居ないのでは意味がない。
 浜太郎の疑問に二人が黙っていると。
 
「若藻様を誘き寄せる方法はもう思いついておりますにゃ」

 空太はまた二尾の尻尾を燻らせながら堂々と言ってのけたのだった。

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