第二十三話 明朝

 明朝みょうちょう。
 久家神社ひさけじんじゃ、飛駕山ひがやまの麓ふもとにある大きな鳥居の前にて。
 先に更子さらこと浜太郎はまたろうが待っており、弓月ゆみづきと蒼あおと椿つばきが着いた。

「御三方、おはようございます」
「待っておりましたぞ!」
「……そこまで待たせておらんじゃろう。体調は良いのか?」
「例え、悪わるかろうとも踏ん張って見せるでござるよ!」

 更子よりも前に出てきて、胸を張った浜太郎。
 上半身に身につけているのは甚平じんべいのもので変わりないが、下半身には袴はかまを履いていた。
 足袋たびと草履ぞうりももちろん履はいている。
 ただ、刀を帯びていない丸腰だった。

「丸腰でよく見栄を張れたもんじゃ」
「だはは! 体術も身につけておりますとも、ただの丸腰ではござらん!」

 弓月の冷やかしを笑い飛ばし、軽く型を取って見せる浜太郎。
 弓月は鼻を鳴らした後に、飛駕山へと歩を進めて眺めた。

「更子よ、鳥居は使えるのか?」
「いえ。こちらに移った土砂は退どけたのでございますが、つながりません」
「やはりか。山の鳥居に土が残っておるんじゃろうな」
「おそらくは……土を退けてくだされば、また繋げる事ができます。何か合図をしてくれれば、帰りはお繋ぎいたします」
「ならば、蒼に火柱ひばしらでも立てさせる。それが合図だと思っておれ、蒼もわかったな?」
「ああ」
「よろしくお願いいたします」

 蒼は更子にも頷いた。
 
「鳥居が使えぬなら、また登っていく他ないの」
「なんて事はござらん。軽装での山登りなど容易たやすい」
「一度登った時には人の身では厳しそうじゃった。お前は蒼に手助けしてもらいながら登れ」

 蒼は弓月の言葉に頷いた。
 
「いや、しかし」
「お前が扱あつかう大太刀おおたちがこの一件を治おさめるに違いあるまい。ならば、お前にもしものことがあれば、元もとの木阿弥もくあみじゃ。あくまで、この一件を治めるために協力しあう」

 弓月は浜太郎を見据みすえて続ける。

「我らも世話になった宿の亭主たちに頼まれた身じゃ。目的が同じならば、協力する。妖怪も人間も関係なく……と言うのはあの大乱でも難しいことであったが、やるしかないのだ。良いな?」

 その言葉に浜太郎は右膝と右拳をつけて、頭を下げた。

「委細承知いさいしょうち! むしろ、望むところでござる! 先人が成し得なかったことを成し遂げる。武士の誉ほまれになりましょう! それに」

 また立ち上がり、弓月を見た後に椿と蒼へ視線を向けていった。

「御三方は更子殿からの伝手でありながらも拙者の話を信じてくれたでござる。弓月殿は話を聞いて、考えを少しだけでも改あらためてくださった。椿殿と蒼殿は弓月殿が嫌う武士の拙者に話を聞きに来てくださった。蒼殿に至っては佐々丸さざまるの在処ありかは飛駕山にあって、委細いさいはわからぬと正直に言ってのけた」

 浜太郎は胸元に持ってきた両手を眺めながら、握ったり開いたりを繰り返しながら続けた。
 
「妖怪の数は知らねども、御三方の事は拙者も信じようと決めたでござるよ。助けられておきながら信じきれなかった恩知らずの拙者でござったが、一度死んだであろうこの命。生き残ったのであれば、御三方を信じよとの天命てんめいと拙者は思ったでござる」

 両手を握り込んで、弓月へと一歩歩み出し、右握り拳を前に浜太郎自身と弓月の間に出してなおも続ける。

「この一件が終わろうとも御一緒させてもらいたく存じ上げまする!」
「嫌じゃな」

 弓月はあからさまに心底嫌しんそこいやそうな顔をしながら即答した。
 
「なんとっ!!」
「こんな暑苦しい人間とは旅を共にしとうない」
「もう恩を仇あだでは返さぬ故ゆえ! 御一緒させてくだされ!」

 食い下がる浜太郎だが。
 
「嫌じゃ! 飛駕山の一件を済ましてから言え、馬鹿者が! ほれ、こんなのは放っておいて行くぞ!」
「ああ」

 取り付く島もなく、弓月は蒼に出立しゅったつを促うながした。
 
「蒼さん、お気をつけて」
「うん、任せてくれ」
「拙者もお供するでござるよ!」
「当たり前じゃ、馬鹿者! 蒼、面倒を見てやれ! 我に近づけるな! 近づければ、焼き殺してやるからな!」
「ひぃ、ご無体むたいな!」
「お前は黙っとれ!」
「御三方、お気をつけて〜! あんな調子で大丈夫なのでしょうか?」
「ふふ、大丈夫でございましょう」

 騒さわがしく出立した弓月と蒼と浜太郎の三人。
 それを不安そうに見送る椿。
 口元を裾で隠しながら、手を振る更子。
 こうして、飛駕山の一件を治める登山が始まった。

・――・――・

 弓月が先を歩き、浜太郎と蒼が続く。
 弓月は難なんなく登っていくが、浜太郎はそうはいかない。
 行く手を崩くずれた土が塞ふさいでいたり、崩れている。
 やはり、人の身では厳しい山道となっていた。
 浜太郎は崩れた土を乗り越えられるものの、足場が崩れた場所は蒼の手助けで飛び越えた。

「妖術も使いようでござるな! 拙者も使ってみたい!」
「多分、無理だな」
「だははっ、冗談でござるよ! 流石に人の道を外れる気はないでござるからな」
「騒がしい奴じゃ」

 などと話をしながらに登っていくこと、一時間程。
 
「おー! 立派な鳥居でござるな! この土のせいで移動ができなくなったのでござろうか」
「お前をおぶっていなければ、こんなことにはならんかったがの」
「かたじけない」

 弓月の読み通り、飛駕山の鳥居を潜くぐるように土が被かぶさっていた。
 土に追われながら慌あわてて更子が繋げてくれた鳥居に飛び込んだのだ。
 久家神社の鳥居にも土が移ったのを見れば、こちらもそうなっていてもおかしくはなかった。

「さて、土を退けておくとするか」
 
 鳥居を正面に弓月は右手に炎を宿した。
 熊の手のように指を立て、玉を転がすかのように下から上へと腕を振った。
 突風が吹き、鳥居についた土を吹き飛ばした。
 浜太郎は大口開いて、目を丸めて驚いた。
 蒼も驚きはしたが、すぐに違うものに気を取られた。
 弓月も狼耳おおかみみみを音のした方へ向けた。

「なんと……弓月殿の妖術は凄まじいですな……」
「……あっちも驚いて、物音を立てよったか」
「ああ、でも」
「うむ、しばらくは様子を伺うかがうとしよう」

 浜太郎の感嘆かんたんの声など他所よそに、二人は何かの気配について確認を取り合っていた。
 何者かが居る。
 だが、襲ってくる事はなさそうであると。

「どうなさった?」
「……大太刀をどう探すかと考えておったんじゃ」

 浜太郎に何者かが居ると伝えれば、どう動くかわからない。
 丸腰で突っ走られても面倒だと思った弓月は咄嗟とっさに誤魔化ごまかした。

「確かにそうでござるな。手がかりがあれば良いのでござるが……」
「その大太刀は長い間、お前のものじゃったのか?」
「勿論もちろんでござる! まだ大立ち回りも何も切ったことがない佐々丸でござるが、愛着あいちゃくがあります故に愛刀あいとうでござるな!」
「……ならば、蒼の鼻で探すのはどうじゃろうか? 此奴の匂いを覚えて探せばいいじゃろ」
「ほう! 蒼殿はそのようなこともできるのでござるか!?」
「やったことが無いな」
「無いのでござるか! だはははっ! 弓月殿、博打ばくちすぎやしませぬか!?」
「やかましい! 他に探す手立てがないんじゃ。空そらから探そうにも木々で見えぬ。この前に通った道は逃げた折に道がなくなっておる」

 弓月が向いた先には、浜太郎をおぶって逃げた道がなくなっていた。
 これではそもそも人の姿では歩けはしない。

「もしかして、狼の姿で探すのか?」
「それがいいじゃろうな。狼の姿ならば、此奴こやつを背に乗せて進める。大太刀を見つければ、此奴に持たせればいい」
「弓月は?」
「我は探している間、休ませてもらう。勾玉まがたまに溜めた妖力も温存しておかねばならん」
「……わかった、やってみるしかないな。浜太郎、俺の荷物を持っていてくれ」
「心得た」

 蒼は腰にあった形無かたなしを風呂敷ふろしきの中に入れ、浜太郎に渡した。
 浜太郎は自身の荷物と互い違いに襷掛たすきがけにて、自身の胴に結びつけた。

「あまり騒ぎ立てるでないぞ?」
「ぎょ、御意ぎょい」
 
 弓月が浜太郎の前に右腕を出すと、浜太郎は身構えた。
 何が始まるのかと弓月をチラリと見た時である。
 視界の端にあった蒼の影がみるみると大きくなっているのが見えたのだ。
 その影を見た後にゆっくりと視線を起こした。
 すると、そこには蒼ではなく、大きな黒い狼が佇たたずんでいたのだ。

「あ、あがが……」

 浜太郎は腰を抜かしたのか、尻餅しりもちをついて、怯おびえ切きっていた。
 
「落ち着け、蒼じゃ」
「ほ、本当に蒼、どのでござるか?」
『そうだ。匂においを嗅かいでいいか?』
「ど、どうぞ……ひ、ひぃ!」

 蒼が鼻先を近づけただけで浜太郎は縮ちぢみ込こんで地面に横倒しになった。

「どうじゃ? なんとかなりそうか」
『わからないけど、やってみる』
「よし、ほれ! 立て! 蒼の背に乗るんじゃ!」
「せ、拙者はここで、ままま、待つ故」
「何を言うとる! これじゃから人間は! 世話が焼ける!」
「ひっ……あびゃ!」

 弓月は浜太郎の襟元えりもとを持ち、軽々と地面を蹴った。
 少し乱暴に浜太郎と共に蒼の背に乗った。
 
「ほれ、蒼よ、探しにいくぞ!」
『弓月は休まなくていいのか?』
「こんなに怯え切っていては何もできんじゃろ、しばらくは一緒にいてやる」
「か、かたじけない」
「ほれ、早く探すぞ!」
『ああ』

 狼姿の蒼の背中に弓月と浜太郎が乗り、大太刀の佐々丸を探す事となったのだった。

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