「弓月さん、大丈夫なんでしょうか?」
「わからない」
井戸の近くで敷き布に座っている。
目が覚めた椿と一緒に、蒼はおにぎりを食べた。
椿は気を失っているうちに弓月が蒼の中で眠りについた事を聞いた。
瓢へ相談していたのは仮の姿での過ごし方のようで。
もしかすると、弓月と仮の姿の相性が悪いのかもしれない。
そう話しているうちに蒼も気が気でないようで、おにぎりを食べ終えてすぐに胸の辺りを摩っていた。
ただ、いつまでもこうしてはいられないのも確かである。
「少し弓月さんの事に気を揉みすぎですね」
「気にならない訳がない」
「そうですけど、季喬様からの蝦夷の件もあれば、飛駕山のこともありますから……私達だけでも先に進まないと!」
「……目が覚めた弓月に怒られるな」
「それもそうですけど! 私達だけでもやれるって所を弓月さんに示すべきだと思うんです!」
「そうかもしれないが……」
椿は歯切れの悪い蒼を見て、頬を膨らませた。
ふと目についた木を見つめた。
立ち上がって、頬を膨らませていた息を吐いた。
「蒼さん、ちょっと見ててください」
「え、何を?」
草履を履いて、木へと近づいていく椿を蒼が見ている。
「ちょっと強めでやってみよっかな……えい!」
木に触れる距離まで近づくと椿は見よう見真似で構えて、木を殴りつけた。
ばきゃっ!
と大きな音と共に真っ直ぐに生えていた木が斜めに折れた。
めしめしめしと音を立て、どしゃりと倒れた。
その様子を見て、蒼は椿が弓月に言われるがままに木を折った時のことを思い出していた。
その時よりも太い木を殴り折って見せたのだ。
単純な力技、蒼にもできる事ではあるが……
今ここでするって事の意味を考えるに、流石の蒼も顔を青ざめさせた。
ついでに、その様子を少し遠くから見ていた猫達も青ざめさせていた。
「案外、すんなり折れましたね……あ、蒼さん見てくれてました〜?」
その問いかけに蒼はゆっくりと頷いた。
「また歯切れが悪かったら、これですからね?」
木を殴った拳を見せながら笑いかける椿に蒼は何度も頷くしかなかった。
このやり取りで椿の言う通り、弓月が寝ている間にも飛駕山へと向かう事になった。
荷物をまとめて、瓢の所へと向かった。
古寺に入ると、瓢を取り囲むように猫達が集まっていた。
「あの鬼の女が怖すぎる!」
「木を殴って、へし折ってた!」
「黒狼もビビってた!」
「早く追い出すべき!」
大きな声で瓢に抗議している猫達の声を聞きながらも、入ってきた蒼と椿へ視線を向けてきた。
「と猫達が言っておるが?」
その瓢の声で、二人に背を向けていた猫達は振り返り、他の猫達も軽く震えている。
「えっと〜」
「わぁー!」
「聞かれてた!」
「殺されるにゃ〜!」
椿が蒼の後ろからひょっこり顔を出すと、猫達は一目散に大仏の後ろへと逃げ隠れていった。
「何の音かと思えば、木を殴り折った音だったか。流石は鬼の子よ」
「それは、あの、ありがとうございます」
「おっと、女の子には複雑な褒め言葉であったな。失礼した」
「いえいえ、弓月さんにも言われた事があるので大丈夫です」
瓢が軽く頭を下げると、椿は慌てて両手を振った。
「昔は鬼の子にとっては褒め言葉であったからな。……して、もう行くのか?」
「ああ、飛駕山へ頼まれ事を片付けに行く」
「飛駕山……椿とやらの力はわかったが、蒼よ。お前の力はどんなもんじゃ?」
「いきなり、なんだ?」
「老耄の気まぐれ。若人が二人で旅をすると言うのは些か心配での。蒼の力量を見ておきたい」
「構わないが、誰か相手をしてくれるのか?」
「いやいや、相手は必要ない。老耄達に危害が加わらない程度に。体術でも妖術でも構わん。見せておくれ」
「……わかった。椿は俺に掴まっててくれ。瓢と猫達もどこかに掴まってくれ」
「し、失礼します」
椿は蒼の着物に両手で掴んだ。
猫達も仏像の裏に身を寄せ合った。
「瓢もどこかに掴まったほうがいいぞ?」
「老耄はこのままで構わん。蒼の力を見届けなくてはならんからな」
「そうか、なら、アンタを吹き飛ばす気でやるとしよう」
「しゃしゃしゃ、弓月に似て血の気の多い」
「それだと飛ばされるから抱きついててくれ」
「え!?」
蒼は有無を言わさずに椿を右手で抱き寄せた。
少し照れながらも抱きしめ直した椿を見てから、蒼は左足を軽く踏み出した。
踏み出した足の動きで生じた空気の流れを一気に強風へと転じさせた。
古寺の中で風が吹き荒れる。
蒼が起こした強風はぬりかべ達に当たる事で風向きが変わる。
風向きが変わった風さえも操り、大仏の裏へも強風を流す。
風同士をぶつける事なく操り続けて、椿の体が浮き始めた。
「わわわ!」
椿に関しては、蒼に抱きついている事で身体が浮き上がるだけである。
ただ、大仏の裏に隠れていた猫達は強風に飛ばされていた。
「にゃ〜!」
「飛ばされちゃったにゃ〜!」
「壁にぶつかる〜!」
古寺の中で強風に飛ばされてしまった猫達が鳴き声と共に喚いていた。
壁にぶつかりそうになる猫達は飛ばされながらも慌てふためき、目を固く瞑った。
だが、ぶつかることなく、別の強風に飛ばされた。
もはや、強風というよりも暴風と呼ぶべき風が暴れ狂っている。
「これはなかなか」
「何で飛ばせられない」
「しゃしゃしゃ、蒼には飛ばす事は出来まいて」
暴風が吹く中で飛ばされずにいるのは蒼と瓢だけ。
蒼は操っているのだから本人が飛ばされれば、本末転倒である。
しかし、瓢は胡座をかいたままに古寺の様子を眺めている。
自分は蚊帳の外であるように他人事のように、猫達が飛ばされる様を妖気で感じ取っている瓢。
蒼を見据えたまま、暴風が当たろうとも着物が揺れる事もない。
「力量は十分にわかった。もうやめていいぞ。猫達も限界じゃろうて」
「……飛ばせなかった」
蒼は軽く肩を落として、風を弱めて行く。
椿をゆっくりと下ろしながらに、飛ばされていた猫達もゆっくりと下ろしていく。
壁にぶつからなかったものの暴風に弄ばれたせいで、猫達は目を回していた。
「おっとと、浮かされてたので足が変な感じです」
「大丈夫か?」
「はい。あ、もう抱き付かなくてもいいですね、えへへ」
下ろされた椿は慌てて、蒼からほんの少し離れた。
すぐ横には居るが、少し手団扇で顔をあおいだ
「少し気分が……」
「う〜」
「うっぷ」
下ろされた猫達は呻き声をあげて、気持ち悪さを訴えていた。
「皆に怪我は無さそうだ。気分を悪くしておるのは、大目に見るとしよう。黒狼に恥じぬ力量はあるとわかったしな」
「瓢を飛ばせなかったのは悔しいが」
「しゃしゃしゃ、老耄を飛ばそうとは怖や怖や。まだまだ若造には負けんがな……おっと、飛駕山のことじゃったな」
瓢は長い頭をゆっくりと撫でながらに話し出した。
「中山道へ戻り、道通りに進むと良い。飛駕山の麓に久家神社がある。そこへ赴くと良いな。飛駕山について教えてくれるはずじゃ」
「わかった、行ってみる」
「瓢様は飛駕山に詳しいんですね」
「なに、長く生きておれば土地に詳しくもなる。さ、日が暮れる前に着きたければ、早く向かうと良い」
「ああ、世話になった」
「お世話になりました」
蒼が背を向け、椿は礼をしてから背を向けて、古寺から出ていった。
「また近いうちに会うでな、しゃしゃしゃ」
瓢の声は届くことはなかった。
気を取り直した猫達が立ち上がりながらにその言葉の意味に首を傾げるのだった。
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