第七話 中山道

 ひょうの言う通りに古寺ふるでらまでの道を戻り、飛駕山ひがやまへの道である中山道なかやまどうへと出た。
 振り返って見ると、あお達が歩いてきた道は無くなっていた。

「結界の外に出たから見えなくなったんですかね」
「そうみたいだな」

 蒼が道があった辺りを手で探ってみたが、何も触れられはしなかった。
 そもそも同じ所に結界があるのかすらもわからない。
 瓢に会うためには弓月ゆみづきに頼むしかなさそうである。

「飛ばせなかったのは少ししゃくだが、言われた通りに歩いて行くしかないな」
「そっちじゃなくて、こっちですよ」
「……そっちか」

 椿つばさよりも歩み出した蒼は当然のように、京へ帰る方向へと歩み出していた。

「今のところ、私よりも先に歩き出すと確実に違う方向に行きますね」
「なんとなくで歩いてるからな」
「ちょっとは考えた方がいいかもしれませんね」
「なんかさっきから言葉にとげを感じるな」
「気のせいですよ。さ、ついてきてくださいね」

 椿が少し笑うと、蒼は口をへの字に曲げた。
 瓢の言う通りに中山道を飛駕山方向へと歩き出した。
 相変わらず、すれ違う人の数は少ない。
 季喬ききょうからもらった地図にはこの道しか書いてなかったが、関ヶ森せきがもりを抜けてすぐに分かれ道があった。
 南東の海岸線をなぞるように伸びる道だ。
 その道よりもこの中山道の方が近道である事から地図に記したのだろう。
 椿と蒼はそう思っている。
 実のところはというと。

・――・――・

よろしかったのですか、黒狼一行を飛駕山へ向かわせて」
「なに? わらわの都合に付き合わせたらあかんのかえ?」
「どうも、弓月様のご様子がよろしくなかった。そんな状態で飛駕山の出来事に向かわせては万が一という事も」
「心配あらへん。最近、事情が変わってきとるし、弓月達を向かわせんでもなんとかなりそうな雲行きやったし」
「ならば、なぜ」
「それを言うたらおもろないやろ。ほれ、そないなことに気にせんと、あんたらのやらなあかん事をしぃ」
「御意」

 季喬のかく本殿ほんでん
 伊竹いたけは返事をすると、姿を消した。
 本殿から見える芒野原すすきのはらは変わらずに夕焼けをびて、金色こんじきに輝いている。

「アレばかりは、弓月の問題や。あの頃とは違う事はもうわかっとるはずや……」

 金色を写すひとみいをびて、ここには居ない。
 黒い尻尾しっぽを垂れ下げた姿をおもい浮かべていた。

・――・――・

 季喬の思惑おもわくあっての道中とは知らずに、蒼と椿は二度の宿に泊まった。
 事あるごとに飛駕山の件をお願いされ、三度目となると蒼もすこしうんざりそうに返事をしていた。
 そんな中でも弓月は起きなかった。
 蒼の身体に入ってから呼びかけたとしても返事はなかった。
 蒼は心配になるものの、椿と決めたからにはと歩みを止めずに旅を続けた。
 中山道と呼ばれることもあり、山を二個ほど越えた先には山に囲まれた村があった。

「きっと、この村に瓢様が言っていた久家神社があるはずです。あれとか」

 山から村を一望いちぼうできる山道で椿が広い土地を有する神社を指差した。
 緑青色ろくしょういろの屋根がよく映える神社で、伏見九ノ峰大社ふしみくのみねたいしゃに似た鳥居の連なりも見えている。

「道なりに来たし、あれで間違いなさそうだな」
「思ったより距離を歩いたので少し不安でしたが、着いてよかったです」
「そうだな。ひとまずは村に入って、宿を探すか」
「はい、流石に疲れました」

 二人は村に降りていき、「宿やど ふもとや」と看板が掛けられた宿屋やどやを見つけた。
 その前で掃除そうじをしている女将おかみであろう女性がいた。
 宿屋の戸は閉められており、のれんも掛けられてはいなかった。

「すみません、泊まりたいのですが」
「え? 泊まり?」
「は、はい、えっと……ここって宿屋ですよね?」
「はぁ……あ! ご、ご宿泊で!?」
「は、はい!」

 手から離れたほうきが、きゃしゃりと音を立てて横たわった。
 女将は急いで宿屋の戸を開けて、大声をあげた。
 
「お、お前さん! お客だよ! お客人!」
「何を言ってんだ、閑古鳥かんこどりの間違えだろ?」
「閑古鳥が泊まりたいなんて言わないよ! お客人が二人だよぉ!」
「あんな物騒ぶっそうな山のふもとにある宿屋に泊まりたいなんて酔狂すいきょうな客が居る訳、ないだろうが……」

 のれんをあわてて掛ける女将の横から、欠伸あくびをしながらに亭主ていしゅであろう男が戸口から顔を出した。
 欠伸あくびで開かれた口は閉まることなく、そのまま足元からふるえ出した。
 口をおののかせながらにか細い声で。

「間違いねぇ、お客人だ……」
「だからそう言ってるだろ、この馬鹿亭主! 早く支度をしなさいな!」

 くたびれた甚平じんぺいを着ていた亭主の頭を女将が叩いた。
 亭主は叩かれた事で我に戻った。

「お、おらぁ、飯の注文してくるからお客人をもてなしてくれ!」
「言われなくてもするよ! ささ、お二人ともふもとやへ、ようこそ。慌ただしい所を見せてすみませんね〜」
「いえ、私達も急にすみません」
「なんのなんの! 山の騒ぎで仕事にありつけなかったせいだから、謝る事はありませんよ」
「女将、箒だ」
「あらま、ご親切にどうも」

 椿と蒼は女将に連れられ、宿屋へと入った。
 中は掃除が行き届いているようで、仕事がなかったとは思えない綺麗きれいさである。

「暇すぎて、掃除しかすることが無くて恥ずかしい限りです」
「そんなにお客さんが来なかったんですか?」
「もう山の騒ぎが広まってからはからっきし。馬鹿亭主なんて腑抜ふぬけちまってあのていたらくよ」
「女将さんはいつも着物の着付けやお化粧に、掃除まで?」
「もちろん。いつ、お客人が来てもいいようにしておかないと商売あがったりですから」
「私も茶屋ちゃやをしてたのでお気持ちわかります!」
「どおりで! 言葉遣いがしっかりしてると思えば、そう言うことね〜! でも、なんで旅なんか」
「実は……」
 
 椿は茶屋が壊された経緯いきさつを話し、蒼と旅に出ることになったことを話した。

「それは大変だったねぇ〜。播磨はりまの方からこんな所まで大層疲れただろうに。うちで良ければ、ゆっくりしておくれよ。椿ちゃんと蒼さんには安くしとくから」
「ありがとうございます」
「そろそろ、上がっても良いか?」
「ありゃ、私ったら! さ、どこでもゆっくりしてちょうだい」

 長話にしびれを切らした蒼が二人に割って入った。
 宿屋に入って、草履を脱いだまでは良かったが、女性二人の話に花が咲いてしまえば、長くなるのは仕方なし。
 蒼が割って入らなければ、寝る前まで話し込んでいたかもしれないというのは過言ではなさそうであった。
 玄関で立ち話とは、旅に疲れた足が棒になってしまうだろうに。

「私もすみません」
「別に大丈夫だ。お腹は空いたが」
「あら、それなら亭主がそろそろ」
「話つけてきたぞ! おいおい、まだ通してなかったのか」
「話に花が咲いちゃってね。お通ししとくから、お前さんも着替えてきな」
「言われなくともしてくら〜な。お客人たち、ゆっくりしておくれよ」
「ありがとうございます」

 椿が礼をして、蒼はうなずいた。

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