「御三方とこれ以上、立ち話するのは失礼に当たりますね。ささ、こちらへどうぞ。離れがございますからご案内致します」
更子は半身で手を石畳の道へと差し出した。
「ありがとうございます」
椿は礼をして、蒼は頷いた。
二人はまだ更子に呆気にとられたままで歩き出した更子について行くだけである。
「そう言えば、どうして旅をなされているのでしょうか?」
二人が我に戻ったのはしばらく歩いての更子からの質問からであった。
「あ、蒼さん!」
「あ、ああ」
「ふふ、もしかしてですが、弓月様に何かしらの使命があって、お二人はそれを手伝っているという所でしょうか?」
「そ、そうです」
またしても、更子の察しの良さに狼狽える。
二人が驚くのが面白いようで、また袖で口元を隠した。
「すみません、あまりにもお二人が面白くて。そうですか、使命があるにしても旅ができるのは少し羨ましいですね」
「そうなのか」
「はい。私はここに嫁いできてからには神様に仕え、神社を綺麗にしなくてはなりませんから。そう気軽に旅には出掛けられません」
「そうなんですね〜」
「しかも! 夫は山の騒ぎを治めに行ったはずなのに二週間も帰って来ません! なんなら、今日で三週間になるんです! あの人、絶対この機会にってどこかをほっつき歩いてるんですよ! 妻という私が居ながらなんという当てつけ! 帰って来たら、しこたま怒鳴りつけて、居なかった分、私が旅に出てやるんですから!」
気の毒に思った椿の気持ちは杞憂と化し、ここぞとばかりに心の内を吐き散らかす更子。
背後からその姿を見ていた二人には、妖気とはまた違う恨み辛みの怨念が見て取れるようだった。
「あら、いけない。お客人の前ではしたない。ごめんなさいね」
「いえいえ、お気遣いなく。その心配だったりしませんか?」
「……ふふ、あの人、常日頃は飄々としてますが、ここの神主でありながら陰陽師なんです。易々と殺されるような事にはなりません。それに勝ち目がない相手とは戦わない質ですから大丈夫だと信じられるんです」
階段を降りながら話し終えると、二人が階段を降り終えた後にまた半身で手を離れへと差し出した。
離れには他にも三人の巫女がいた。
椿は礼をして、蒼も見習って遅れて礼をした。
「さ、お二人とも着きました。飛駕山の件を治めてくれます間はこちらを好きなようにお使いください」
「ありがとうございます」
「ありがとう」
「いえいえ。夫と違って、私たちは妖怪を退治できる術を知りませんからこれくらいのことしかできません。お食事も付けますからここではごゆるりとなさってくださいね」
「わかった」
「蒼さん! 食べ過ぎちゃダメですからね! 皆さんのご飯がなくなっちゃうかもしれませんから!」
「……わ、わかった」
「ふふ、お気遣いありがとうございます。まだ昼食には早いですから……お手数なんですが、お二人の荷物を離れに置いて来てくださいますか?」
「わかりました」
椿が返事をして、蒼は頷いた。
更子が離れの戸を開けてくれたので、二人は玄関に荷物を置いて、すぐに出た。
「どこかに行くんですか?」
「お二人とも、あの鳥居が気になってらっしゃいませんでした?」
蒼と椿が見ていた丘の上の鳥居。
その鳥居がここからでも見えていた。
「はい、京でお参りした神社にはあんなところに鳥居はありませんでしたので、蒼さんと見てました」
「この神社は他の神社とは違うものも信仰していますから無理はありません。実際に鳥居の近くまで行きましょうか」
更子は二人を連れて、歩き出した。
「なんだかすみません、来て頂いて早々に境内を歩き回らせてしまって」
「いえ」
「歩き通しの時が多いからこれくらいどうってことはない」
「なら、よかったです」
もと来た道を戻り、鳥居の方へと向かう。
「京でお参りしたと言っておりましたが、伏見九ノ峰大社にもお参りに?」
「はい」
「なら、季喬様にもお会いになられたのですか?」
「は、はい」
言い当てられるのも三度目ともなると二人も慣れてはきていた。
「やっぱり、黒狼妖怪と縁の強い方とお会いにならない訳にはいけませんものね! 話を聞く限りだと弓月様は義理堅い方のようですし、ご挨拶に向かうでしょうから」
「更子はなんで、そんなに俺たちの事がわかるんだ」
「え?」
「蒼さん! 呼び捨てはだめですよ!」
「そうなのか?」
「失礼ですし、婚姻なさっている女性の名前は気安く呼んでいいものではないです」
椿の言葉に蒼は首を傾げた。
その様子に更子は口元を隠して笑った。
「別に構いませんよ。今は夫もいませんし、椿さんも蒼さんも私よりも目上の方に違いありませんからお好きに呼んでくださいませ」
「わかった」
「私は更子さんと呼ばせてもらいますね」
「はい、どうぞ良しなに」
「更子は何歳なんだ?」
「蒼さん!」
不躾な蒼に椿が声を張り上げた。
更子はまた笑って、年齢を答えはしなかった。
丘の上にある鳥居への道の途中には鳥居が連なった階段がある。
九ノ峰大社にあった千本の鳥居とは数は少ないが、よく似ている。
更子を先頭に二人も階段を登る。
「私がなんで、黒狼妖怪について詳しいのかはここの書物庫に生骸大乱にまつわる書物があったからですよ」
ゆっくりと静かな足取りは階段の一段一段と登っていく。
「誰が書いたものかは知りませんが、丁寧に書かれた書物でした。特に黒狼妖怪の活躍には詳しくて、書いた方がどれだけ気になさっていたのかがわかるほどでした」
「それは読ませてもらえたりしないか?」
更子は思わず、足を止めて振り返った。
「え? 蒼さんならむしろ読む必要はないと思いますが……」
「俺は弓月の事を教えてもらわずに旅に出てるんだ。だから、知りたい」
「そうですか……」
更子の視線は蒼から椿へと流れ、椿はなぜ見られたのか分からずにきょとんとする。
「椿さんは鉄戒という赤鬼のご親戚ですか?」
「はい! 私の曽叔父です! よくわかりましたね」
「……椿さんも何も聞かされてないんですか?」
「はい、なにも」
「そう……でしたら、私からは教えられませんし、書物もお見せするわけにはいきませんね」
「なんでだ」
「ご本人様がいらっしゃるのにお話しされていないということは、話すのをためらってしまうことがあるのでしょう」
更子は向き直り、階段を登っていく。
「弓月様がお話になられることをお待ちになられた方がよろしいですよ」
更子は二人を置いて、階段を登り切った。
蒼は俯いて、胸に左手を添えた。
眠ってから四日が過ぎるのに弓月は起きてこない。
瓢と何かを話して、深く眠ってしまうことに気づいたのかもしれない。
それか、蒼にも椿にも話せないような後ろめたいことがあるのか。
「弓月」
声をかけても、目覚めることはなかった。
その代わり、背中をさすってくれるぬくもりを感じた。
後ろを振り返るといつの間にか後ろに回っていた椿が両手でさすってくれていた。
「弓月さんなら、きっと、話してくれます。ひいじいもそれを信じて話さないでいてくれたんです。きっと、大丈夫ですよ」
「ああ、ありがとう」
まさか、椿に励まされるとは思っていなかった蒼は胸に添えていた左手を握った。
里でも誰も教えてはくれなかった。
最年長の里長でさえも旅に出ればわかるとしか言わなかった。
弓月自身が言うことを信じて待っているんだろう。
「待つしかないな」
蒼がそうつぶやくと階段を登り始めた。
摩っていた椿は力をかけるところが無くたって、こけそうになったが何とか踏みとどまって、蒼の背中を見た。
「はい、私も待ちます」
歩いて登っていく蒼に並ぶように小走りで駆け上がり、最後の一段で。
「わわっ!」
「おっと」
椿がつまずき、転けそうになったのを蒼が受け止めた。
「あ、ありがとうございます」
「気をつけてくれよ、椿には怪我してほしくないからな」
「は、はい! 気をつけます」
椿は怪我をしても治るのだが、蒼は痛みが残ることを知っている。
大切にされているのが照れ臭くなって、赤髪の赤みが顔に映ったかのようだった。
椿はその顔を隠すために前を歩く、蒼はまた転けないか椿の足元を気にしながら歩き始めた。
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