「鳥居はあれじゃな」
曲がりくねった山道を登っていくと、鳥居が見えた。
大きさのおかげもあり少し遠くとも見える。
「ここまでの山道が崩れているのに壊れてないんだな」
「移動するためにも建てられたものらしいしの、これきしのことで壊れるようには建てておらんという事じゃな」
山の形が変わる様子は畏怖の念を抱いてもおかしくはない有様である。
椿がそのせいで倒れ、朝まで寝込んでいた。
それ程に衝撃があるのだが、弓月は「これきし」と言う。
蒼にとっても驚くほどの事であったのに。
大乱を生き延びた弓月からすれば、驚くべきことではなく、若藻ならできて当然だろうと思っていそうだ。
「あれだけの事があったんだ。持ち堪えてる鳥居がすごいんじゃないのか?」
「……そうとも言えるが、じゃったら山道も持ち堪えられるように作らねば、意味はないじゃろ。こうして、登らねば繋げ直すこともままならなくなる。我らじゃから容易いが、塞がれとったり、崩れておる所は少なくなかった。人間であれば、登っては来れんじゃろ」
「確かに」
「頭の足りん人間には困ったもんじゃ」
きっと、その当時の人々にはここまでのことが起こるとは思っていなかったのだろう。
鳥居だけ無事であれば、何とかなると思っていたのかもしれない。
それを頭が足りないと嘆く弓月の考えは正しいのか、蒼には結論づけることができなかった。
「さて、着いたぞ。早く札を貼ってしまえ」
「わかった」
鳥居にはお札が幾重にも貼られていた。
どれも破けていたり、剥がれ落ちていたりとさまざまあった。
「適当で良いのか?」
「こういうのは上から下まで満遍なく貼っておけば良いじゃろ。ちゃんと全部貼るんじゃ」
蒼は頷くと、風を体に纏わせて、意図も容易く飛んだ。
鳥居が大きいせいで、飛ばずに満遍なく貼るのは難しいのだ。
「全く。これだけ大きなものを作りよって、人間では梯子が無くては何もできんではないか」
弓月は飛んで貼っていく蒼を見てぼやいた。
眺めているのも仕方なく感じたのか、辺りを見回すと土砂崩れの痕跡を見つけた。
近寄れば、土砂の下には建物の残骸と思える木材が埋まっている。
「山小屋くらいは作っておったか。ここに梯子やら道具はあったんじゃろう。ま、土砂に埋もれては使い物にならんがな」
山小屋を押し潰した土砂には雑草が芽吹いていた。
昨日の山の変化で壊されたものではないようだ。
もしかすれば、更子の夫が来た時には土砂崩れで壊れていたのかもしれない。
であれば、鳥居の札を貼り直すことはままならなかっただろう。
この時点で山の騒ぎを諦めて、武蔵国の武士達に助けを求めに行ったのかもしれない。
馬鹿でなければ、一人で敵を懲らしめようとは考えつかないはず。
「まだ若藻が悪さをしておるということは、上手くいってはなさそうじゃな……昨日のは誰かと戦っておったからというのも考えられるが、無事ではおるまい」
もし、武蔵の武士が若藻を退治しようとしても、大抵が生き埋めにされてしまうのが関の山。
人間にどうこうできるものではない。
「我らで何とか若藻を宥めてやらねばな」
と腕を組んで考えてみるが、そもそもなぜにこんなことをしているのかが見当がつかない。
変わり者には違いないが、ここまで暴れるような奴でもなかった。
(また奴らの仕業か……しかし、遅れを取るような奴ではないはずじゃ。見つけ次第、問いただすしかないか)
「弓月、鳥居に札を貼り終えたぞ」
「ご苦労じゃったな。登ったついでに少し辺りを探ってみるとしよう。運が良ければ、若藻に会えるやもしれん」
「わかった。でも、会えるのか?」
「運が良ければじゃ。なんせ、かなりの気分屋じゃからな。アテになるかはわからんが、山道も続いておるようじゃし、行くぞ」
弓月は蒼の返事を待たずに山道を進みだした。
嫌々ではないが、強引さに少し戸惑いながらも蒼は弓月の後ろを歩きだした。
上へ登っていける石畳の階段があった。
崩れ落ちてしまって歩けたものではない。
崩れ落ちた先に階段が見えていても土砂の断面は何かの弾みがあれば崩れ落ちそうに見えた。
二人が歩きだした山道は石畳では舗装されていない。
あれだけ山が形を変えた後で作られた道はどうも疑いをかけたくなるが、弓月は迷わずに進む。
「こっちであってるのか? なにか、罠でもあるんじゃないか?」
「あやつはそんな小癪な事はせん。踏み入られたくなければ、荒らしておけば良いものをわざわざ、道を作っておる。何か意図があるはずじゃ」
「若藻ってのはそういう奴なのか」
「さっきの石畳の階段が良い例えじゃ。あっち側にはまだ行ってほしくはないのじゃろうな。乱心の割にわかりやすい……分かれ道か」
作られた道を進んでいると右前に緩い下り坂、左前に山道が続いてる。
どちらも木々のせいで先は見えそうになかった。
「どっちに行くんだ?」
「手分けに進めば良いじゃろ。我は右に行く、蒼は左に行け」
「俺から離れて大丈夫なのか?」
蒼は胸元を指先で叩く。
弓月の仮の身体を作っている勾玉のことを指しているのだろう。
「多少、離れても大丈夫なように作られとるそうじゃからこの機に試しておこう。何かあれば、こちらに飛び降りて来れば良いじゃろう」
「わかった」
そう言いながら弓月は右の緩い下り坂を下り始めた。
蒼も返事をしてから左の山道へと歩いていく。
少し立ち止まって、上から下っていく弓月の様子を眺めた。
今は飛駕山の件、とりわけ、若藻に意識が向いているおかげか。
いつも通りの弓月に見える。
離れにいた時や山に入った時よりも暗い雰囲気を感じない。
(今の弓月なら、離れても大丈夫……か?)
ここ最近の弓月は蒼が見たことのない不安定さが見てとれただけにかなり心配なのだ。
離れて大丈夫かどうかなんて事は、いつもなら考えない蒼でも危うさを感じる程である。
内心、どうするか決断しきれずにいると。
「何を突っ立っとる〜。はよ行け」
弓月に音か気配で勘付かれたのか、遠くから声をかけられた。
それに思わず、狼耳をピクリと動かしてから慌てるように山道を急足で進む。
(大丈夫そうだ。良かった)
軽く怒られたようなものであるが、蒼は安心感を持てた。
分かれ道もなく足取り軽く道なりに歩くこと数分。
道端に波のような刃文のある大太刀が落ちていた。
少し離れた場所に大太刀のものであろう鞘まで落ちている。
「なんでこんな所に……」
辺りを見回しても、持ち主は居そうにない。
波のような刃文のある刀身は六尺ほどあるように見てとれた
現代の長さで言えば、181センチほどの長さだ。
鞘の長さからしてもやはり、この大太刀のものだろう。
柄の部分が、ーー柄の長い場合は茎長というのだがーー、三尺で91センチほどある。
全長約十尺、272センチの大太刀が落ちている。
「俺よりも大きいな。どんな奴が使うんだ、っ!!」
茎長の柄を両手で持ち上げようと掴むと、いきなり痛みが走った。
大太刀に触れた瞬間に強烈な痛みを感じた事で手を引っ込めた。
触れた手は赤らんでいて、今もジワリと痛みを感じる。
大太刀を見ると掴んだ所が白んでいた。
「何なんだ、これ」
ただの大太刀ではない。
よくよく見れば、大太刀の周りの土だけ乾いている。
他の土は掘り起こされたような湿り気があるのにも関わらず。
蒼は適当に木の枝を拾って、白んだ部分を突いた。
だが、木の枝には何の反応を示さない。
なんなら、白くなった所は時間経過で薄くなり、消えていった。
「引き返して、弓月にも見てもらうか」
木の枝を放り投げ、来た道を引き返そうとしたのだが。
「? どっちから来たんだっけ?」
大太刀は行き止まりに落ちていたわけではない。
どっちに行けば良いと考えれば、もちろん、来た道を戻れば良い。
二者択一にすらならない事が方向音痴の蒼にはなってしまうのだ。
しかも、木の枝を探したせいで来た道すらもわからなくなってしまっていた。
大太刀の程近くで道の真ん中に立ち、右左に首を振る。
そのせいで、さらにわからなくなって行く。
「仕方ない、飛ぼう」
そうして、考えるのをやめた蒼は空から弓月を探すことにしたのだった。
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