第十八話 離れ 其の弍

 武士を社務所しゃむしょへと連れて行かれてたから、あおは離れで一人でいた。
 する事がないので、今日のうちに出来るだけ勾玉に妖力を注いでおく。
 いつでも弓月ゆみづきが仮の姿で動き回れるように。
 共に戦えるように。
 飛駕山ひがやまで相手の力の一端いったんを目の当たりにした。
 武士を背負っていたとは言え、つちに捕まりそうになった。
 弓月が居なければ、土に飲み込まれていたに違いない。
 その後に何をされるかわからないにしても、武士と同じような事になっていたかもしない。
 
『そんなものは捨て置け! 其奴そやつが武士というやつじゃ。関わると痛い目を見る。放っておけば良い』
(助けようとしたのは間違いだったろうか……)

 弓月の言葉が思い起こされ、少し心がらいだ。

『連れて帰ろう。このままだと死ぬだろうし、見殺しにしたくない』

 助けられるのなら、助けたかった。
 だから、武士を背負って、危険ながらもなんとか逃げて帰って来れた。
 蒼一人では無事に帰って来れなかっただろう。

『もう好きにしろ』

 根負こんまけしてくれた弓月のおかげである。
 それにしみなく妖術と刀捌かたなさばきを見せてくれた。
 戻ってきた時には礼を言えなかったが、目を覚ましたらお礼を言おう。

(わがままを聞いてくれて、嬉しかったな)

 自然と尻尾が揺れる。
 弓月からすれば、無茶なわがままであったのは間違いない。
 ゆるしがたかっただろう。
 帰って来れた事や妖力の使いすぎのせいなのか、怒られはしなかった。
 次に起きた時には礼を言う前にしかられるだろうか。

(それは勘弁して欲しい)

 狼耳は垂れて、尻尾も動きを止めた。
 少し落ち込んでも勾玉へ妖力を込めるのはやめなかった。
 気持ちが落ち込み始めると、視線も自ずと下へ向く。

 ぐ〜〜〜。

 お腹が空腹をうったえてきた。
 山やら武士やらでそれどころではなかったせいで、お昼ご飯を食べられていない。
 流石というよりも食欲に忠実ちゅうじつな蒼にとって、勾玉に妖力を込めるのを止めるには十分な理由だった。

(お腹すいたな)

 腹が減っては戦はできぬ。
 腹の虫をなだめるかのように腹を撫でた。
 皆、武士の手当てに懸命けんめいなのだろう。
 蒼も少しは手伝おうとしたら、更子さらこから。

『飛駕山のことでお疲れでしょうから、離れで休んでいてください』

 と言われてしまったのだ。
 井戸の水をもうとした所を見つかって、修行僧しゅぎょうそうにも井戸の紐を取られてしまった。
 言われた通りに休もうとしたが、眠れるわけもなく、やることと言えば、勾玉に妖力を込めるのみ。
 土の対処法は弓月の動きで大体はつかめている。
 武士を背負っていたことで遅れを取ったが、次はそうはならない。
 問題があるとするなら、弓月が言っていた若藻にゃもという相手とどう戦うかだ。

「蒼さん、戻りました!」
「おかえり、遅かったな……それ」
「はい! 遅くなりましたけど、ご飯です!」
「おお!」

 離れの戸が開く音の後に椿の声が聞こえてきた。
 蒼が出迎えると椿の腕の中には、竹皮たけかわで包まれた物があった。

「武士さんの容態が安定した時に、みんなしてお腹が空いてしまっていてですね。それで急いで作ろうとしたら、村の人たちが食べ物を持って来てくれたんです。夕方や夜じゃないのに山に動きがあったから、本当になんとかしてくれてるんだって居ても立っても居られなかったみたいです」
「ほ〜なのか、ありがたいな」
「って、そんなにお腹空いてたんですね」

 椿が座敷に入ってくると、ひざをついて丁寧に竹皮の包みを座敷に置きながら事情を話した。
 蒼は置いてくれたものを取っては、包みを外して食べていた。
 行儀ぎょうぎが悪いと思う椿だったが、場をわきまえて我慢していたのを考えると仕方ないかとも思った。

「でも、私もお腹空いてるんですから全部食べようとしないでくださいね」
「そうだな、悪かった」
「一緒に食べましょう」
「ああ」

 ほとんどが五穀米ごこくまいであったが、山菜と一緒に炊き込まれていた。
 食べやすいようにおにぎりにして、包んでくれている。
 村の人達が持って来た量も多かったらしく、すぐに食べられるように竹皮で包まれているものもあれば、採れたての野菜だったり、米俵こめだわらまであった。
 蒼が食いしん坊である事を見透かしたような量だったのだ。

(ふもとやのご夫婦が見抜いたんだろうな、蒼さんの事)

「美味しいな」
「ふふ、そうですね」

 ふくみ笑いをしている椿を見た蒼は、美味しくて笑っていると思ったのだろう。
 的外れの事を言われて、椿はえられずに笑ってしまった。
 季喬ききょうの試練で見た蒼は考えながらにたたかえていた。
 そして、勝ってきた。
 けど、こういう事はからっきしで的が外れる。
 勘がいいのか、抜けているのか。
 掴みどころがないのか、あるのか。

「これならいくらでも食べられるな」
「私の分も残してください」
「なら、椿がお腹いっぱいになるまで妖力込めるとくか」

 蒼はおにぎりを食べ終えると、勾玉を左手で握り込んだ。
 
(ちょっと考えすぎかも)

 蒼が深く考えていないのを椿は思った。
 前よりは蒼の事をわかってきた気がした。
 椿は勾玉に妖力を込める蒼を見ながらにおにぎりを口にした。

「ん、あれ?」
「むぐ、どうひまひた?」
「いや、弓月が」

 蒼の胸元から紐のように出てきた。
 勾玉を通って、狼の頭の形になった。

『言い忘れておった。若藻と戦う事になるかもしれんから、抜魂術を自分のものにしておけ』
「あ、ああ」
『……扱いやすいように作り変えれば良いじゃろ。椿はいつでも旅に出られるように整えておれ』
「わ、わかりました」
『逃げる準備ではないから変に考えることもない。では、武士が物が言えるようになったら起こしてくれ』

 弓月は手短に伝えると、するすると蒼の胸元へと戻っていった。

「なんだか、寝言みたいでしたね」
「また寝たみたいだから、間違いないな」

 右手で胸元を触る蒼。
 少しホッとしたような顔をしていた。
 蒼にとって、弓月の存在は大きい。
 椿にとっても頼りになる存在だが、その比ではないだろう。

「弓月さんが起きるまでに準備を整えて、おどろかせましょうね」
「ああ。あの術もだが、勾玉にもしっかり込めておく」
「はい!」

 引き続き、ご飯を食べてから二人は武士の容態が良くなるまで準備を進める事にしたのだった。

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