第二十二話 大太刀

「そんな事があったんですね」
「はい、語られる浜太郎はまたろう様もお辛そうでした」
「……ん?」
あお様、どうかして……」

 蒼の胸から勾玉まがたまを経由して、弓月ゆみづきが出てきた。
 出てきて早々に胡座あぐらをかいた。
 蒼と椿つばきはどういう風の吹き回しかと顔を見合わせた。

「弓月様はそうやって出ていらっしゃるのですね! 見られて嬉しい限り」
特段とくだん、騒ぐことではないじゃろ」
「いえいえ、騒ぐべき事でございますよ……ですが、今日は出てこないおつもりだったのでは?」
「話を聴いて、気が変わった。彼奴きゃつの体調はどうなんじゃ?」
「昨日よりは良くなってますよ。今朝は竹刀しないのような棒切れはないかと訊かれたので、竹箒たけぼうきをお貸しすると竹刀に見立てて振っておいででした」
「……他の武士よりかはマシという事か。ならば、明日の早朝に飛駕山ひがやまの一件を片付けるとしよう」
「え、明日でございますか?」
「話を聴けば、その大太刀おおたちを使わせれば、若藻にゃもらしめられる訳じゃろ? それに手立てが分かれば、早い方が良い」
「しかし、浜太郎様も万全では」
「それは俺が手助けすればいい」
「蒼様」
「そうじゃな……椿はこの神社に残れ、土の対処が出来ぬ者では場が悪い」
「私も他の武士みたいに土に飲み込まれそうですもんね」
「うむ、土に飲み込まれた者がどうなっておるのかもわからん。最悪の場合、死んでおろう。まぁ、若藻に限って、そんなことはないとは思うがの」
「そうなのか?」
「若藻様は弓月様や過去に名をせた妖怪よりも人間に好意的だったとか……このお話は正しいのですか?」
「我らには理解できなんだが、本当じゃ。そんな奴が今になって、人間を襲っておる事が気になっておったが、十中八九じゅっちゅうはっくぬえ残党ざんとうに何かされたんじゃろう」

 少し弓月が俯きながらに考え込んだが、すぐに顔を上げた。

「それも事を治めれば、わかる事じゃろう。更子さらこよ、彼奴に明日の日が登ると同時に飛駕山へと登る事を伝えよ」
「承知いたしました。他のご準備もいたしますね」
「宜しく頼む」

 更子は弓月の返事を聞くと、頭を下げてから立ち上がり、すぐに離れから出ていった。
 
「蒼も準備しておけ」
「ああ」
「椿、支度したくを手伝ってやってくれ」
「はい!」
「話はこの一件が終われば、必ず話す。気にせず事にあたるんじゃ」

 先ほどまでの威勢の良さは形を潜め、優しい声色で話す弓月に二人は目を丸くした。
 だが、二人とも頷いた。
 それを見て、弓月はまた蒼の胸の中へと戻っていった。

「弓月さんの話も気になりますが、飛駕山の事に集中しましょう」
「ああ……」
「どうかしたんですか?」
「山で見つけた大太刀は浜太郎のだったんだなって」
「え! 見つけてたんですか!?」
「話してた通りなら、あの大太刀も俺が触ろうとした時に白くなった。それに大太刀の周りだけ土が乾いてたんだ。他は掘り返されたように少し柔らかかったのに」
「それ、絶対に佐々丸さざまるですよ! 話を聞きにいきましょう!」
「今からか、山への支度は?」
「こんなこともあろうかと、いつでも山に行けるように準備はしておきました!」

 椿が指差した先には何かを包んだ風呂敷があった。

「あとは山で食べるかもしれないご飯を準備してもらうだけです! さ、確認しにいきましょう!」
「あ、ああ」

 いつになく、蒼は行動的な椿に驚きながらも一緒に社務所しゃむしょへと向かった。
 社務所は離れからも近く、階段を上がってすぐにある建物だ。
 大きな玄関と大きな踏み石があり、戸はあるにはあるが、かなり重そうな見た目をしている。
 小走りに近寄っていくと足音に気づいてか、社務所に上がったばかりの更子と出会した。

「あら? どうかなされたのですか?」
「蒼さんが飛駕山で大太刀を見つけたらしいんで、間違いないか確認しようと思いまして」
「それはそれは。なら、私が言付ことづかりましょう。どんな大太刀でしたか?」
「更子の話に出てきたみたいな大きな大太刀だった。波のような刃文のある大太刀だ。俺が触ると白くなったんだ、少し痛かった」
「もしかするかもしれませんね、すぐに伝えますので少々お待ちくださいませ」
 
 二人は社務所に上がることなく、踏み石の前で待つ事になった。
 
「なんで、直接話したらダメなんだ?」
「またお互いに失礼な事をしあったらいけないからですよ」
「それもそうか」

 などと話していると。

「なんと!! それはまことかっ!」

 と社務所から聞こえてきた。
 二人して、声のした方へと向いた。
 次に聞こえてきたのは足音だ。
 徐々に足音が近づいて、いや、浜太郎が近づいてきていた。
 玄関で目が合うや否や。

「蒼殿! その大太刀、佐々丸に違いござらん!」

 裸足はだしなのもお構いなしに、蒼の目の前まで勇足いさみあしで出てきた。

「そ、そうか。なら、良かった」
「で、場所は覚えてござるか?」
「あ」
「……え、蒼さん?」
「……。……わからん」

 しばらく、考えた蒼だったが、ついぞ思い出せずに椿へと顔を向けた。

「そ、その! 蒼さんは方向音痴ほうこうおんちなんで場所を覚えるのが多分と言うか、かなり苦手で!」
「すまない」

 蒼が素直にお辞儀をすると、浜太郎は肩をらした。
 椿は怒っていると身構えた。

「だはははっ!! そうか! わからんでござるかっ!! だはははっ!!」

 大声で笑い始めた。
 肩を揺らしていたのは笑うのを堪えていたからのようであった。

「いや、笑ってすまんでござる。拙者せっしゃが思っていたより妖怪も人間地味にんげんじみておるのだなと思った故、身構えておったのが馬鹿馬鹿しくなってしまったでござる! 方向音痴な妖怪もいるでござるか、だはははっ!」
 
 あまりにも可笑おかしかったのか、浜太郎はまた笑ってしまった。
 蒼が笑う浜太郎をぽかんと見ていると、椿は玄関に立つ更子を見た。
 更子は安堵あんどしたように胸に手を置いて、ため息をついていた。

「とりあえず、浜太郎さんの大太刀は山にあるって事でいいんですかね?」
「ゔゔん! そうでござるな。波のような刃文がある大太刀は紛れもなく佐々丸の事でござろう。それに妖怪が触ったら痛みをともなって白んだのもきっと門晶かどあき殿の陰陽術のせいでござるな」
「かなり痛く感じたぞ」
「それはかたじけない。拙者が遅れをとってしまったばかりに……皆も今どうなっている事か」

 浜太郎は強くしばり、手も硬く握り込んでいた。
 
「弓月殿の言う通り、拙者達は妖怪を甘く見てしまっていた。更子殿に話しながらに思い知る事が多かったでござる」

 浜太郎がうつむいたと思うと、すぐさまひざをついて頭を下げてきた。
 土下座という奴である。
 おでこも地面に打ちつける勢いがあった。

「恩人に頼むことではござらんのは百も承知! 武士をみ嫌われてもごもっともな話でござる! ただ、拙者の力だけでは飛駕山の妖怪には歯がたちませぬ! どうか! どうか、力を貸して下され!」

 またしても二人は顔を見合わせた。
 少し返事をしにくそうにしていると、更子がやっと玄関から出てきた。

「浜太郎様、お話は最後まで聞いてくださいませ」

 頭を上げた浜太郎の額についた土がはらりと落ちた。
 更子の方へと顔を向けた。

「先ほど、弓月様から明日の早朝に飛駕山へ向かうと浜太郎様に伝えてくれと頼まれたのです」

 浜太郎はすぐさま立ち上がった。
 更子を見る目には期待に満ちていた。
 
「……という事はっ!」
「浜太郎様が土下座せずとも弓月様は話を聴いて、浜太郎様と大太刀が必要とお考えになられたのです。浜太郎様は他の武士とは違うのやもしれんともおっしゃってましたよ」
「……拙者はまだまだ未熟でござるな。無論! お供させて頂く! 今度こそ、この手で飛駕山の妖怪を懲らしめてやりましょうぞ!」
「意気込むのは宜しいですが、支度をしなくてはなりませんから」

 浜太郎は更子にうなずいてから蒼たちへと向き直った。

「ですな! お二人ともまた明日の明朝はよろしくお願いいたしまする! あと、昨日は申し訳ござらん。弓月殿にもあやまっていたとお伝えくだされ。足を引っ張らぬようにつとめを果たすでござる」
「わかった」
「では!」

 浜太郎ははにかんでニカっと笑った。

「あ、裸足なんでちゃんと拭いてくださいね」
「お、そうでござった。更子殿、拭きものをくだされ」
「もう準備してございますよ。お二人ともまたご飯をお持ちいたしますね」
「頼む」

 蒼が食い気味に返事をすると、椿は苦笑いを浮かべた。
 二人は社務所から離れへ戻った。
 更子の言う通り、すぐに御膳が運ばれたのですぐに済ませた。
 明日は早いこともあり、すぐに眠る事にしたのだ。

「明日、気をつけてくださいね」
「任せてくれ」
「私は行けないので、怪我したらすぐに治せませんから本当に気をつけてください」
「ああ、わかってる。椿も追いかけて来ないようにな」
「追いかけませんよ! 私が行っても足手纏あしでまといですから」
「椿に何かあったら、いけないからな。飛駕山の事は俺たちに任せてくれ」
「はい」
「待っててくれているだけで俺も頑張れる」
「……なら、帰ってくるのを待ってます」
「頼む……帰ってきたら、一緒に弓月の話も聴かないとだからな」
なおのこと、ちゃんと帰って来ないとですね」
「ああ」

 二人はそれぞれの布団に入り、話ながらにどちらが早いかわからないままに眠りについた。

← 前のページ蓮木ましろの書庫 次のページ →

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました