第三十二話 宴

 社務所しゃむしょの大部屋へと通された四人は、更子さらこすすめられるままに各々座布団へと座った。
 浜太郎はまたろうは訳あって特段汚とくだんきたないが、話が先だと風呂は見送られた。
 山に入ってから解決までを蒼や浜太郎が話した。

「そうでしたか。お二人ともに、今は寝てらっしゃる弓月ゆみづき様にも感謝申し上げます。事を納めて頂きありがとうございます」

 一通り話を聞いた更子は三つ指ついて、頭を下げた。
 頭を上げて続けた。
 
「では、若藻にゃも様がなぜ、ご乱心になられていたのかを聞かせて頂いてよろしいですか?」
「にゃもが暴れるようになったのは、黒い大蛇だいじゃを喰らってからみゃ。あれはぬえの残党の怨念おんねんおかされていたみゃ。放っておくこともできずに腹に収めるしかないって思ったみゃ。でも、こんなことになるなら、ここを頼れば良かったみゃ」

 弓月の読み通り、若藻も怨念に侵されてしまっていた。
 頼る宛がなく、自身でどうにかするしかないと思っての行動が裏目に出てしまったのだ。
 若藻自身、久家神社ひさけじんじゃの存在は知っていた。
 だが、知り合ってはいなかったためにどうにも頼ることができなかったらしい。

「起こったことは悔やんでも仕方ございません。次がないに越した事はございませんが、久家神社にお声かけ頂ければお力になります。私達も山の異変に対応できるように日頃から気をつけるように致します」
「ありがとうみゃ。何か困り事があれば、にゃも自身が顔を出すようにするみゃ。日頃は山のみんなに降りてもらって、村の事をお手伝いするようにするみゃ。こういうのは持ちつ持たれつで居る方が関係も良くなるからみゃ」
「そう言ってもらえて嬉しいです。村の皆さんも喜ぶと思います」
「それなら良いんみゃけど、もう迷惑かけちゃってるからみゃ〜」

 事を起こしてしまった張本人なだけに申し訳なさが出てしまうのだろう。
 若藻は身を縮こませた。
 他の三人はどう言葉をかければ良いのかと躊躇ためらっていると。

「ここの村の人たちは気の優しい方々なので、事情を話せばわかってくれると思いますよ。それに悪さをさせてたのは怨念ですし、若藻さんも被害を受けた側です。少し思う事はあってもうらんだりはしないんじゃぁ……」

 椿つばきがつらつらとしゃべり出したのを他の四人が見つめていると、最後の方は自信がなくなってきたのか尻すぼみに声が小さくなっていった。

「そ、そうです。村に立ち寄る旅人や飛脚ひきゃく行商人ぎょうしょうにんが少なくなっただけで、死人は出ておりません。それは若藻様が怨念の被害を受けながらに抑えられたからにございましょう。若藻様が飛駕山を治めておられなければ、黒い大蛇は村に降りてきて、村人を喰らっていた可能性もございます。きっと村人もわかってくれるはずです」
「……それなら、若藻もありがたいみゃ」

 椿と更子が言葉を尽くしても、あくまで憶測でしかないので若藻は浮かない顔だった。
 今度こそ、かける言葉がなくなった四人に廊下から足音が聞こえてきて、襖越ふすまごしに巫女が声をかけてきた。

『更子様、お忙しいところにすみません。お客様がお越しになられました』
「……どなたですか?」
『わしじゃ、若藻の気が治ったのを感じて戻ったぞい』

 蒼と椿にとっては、聞き覚えのある声。
 更子にしてみれば、失礼な事をしたとあわてるほどの声の主であった。
 
「その声は! 今、襖を」
「構わん構わん、入らせてもらうぞ。おお、おお、これはまた面白いことになっておるな」

 襖を開けたのはぬらりひょんのひょうである。
 巫女は会釈して、さがっていった。
 部屋に入って、それぞれの方へと顔を向けた。

「更子に、蒼と椿、若藻に武士ときた。それに若藻は武士を気に入っておるのだな。ほほほ、愉快愉快ゆかいゆかい

 若藻は瓢が苦手なのか、浜太郎の後ろに隠れながらに瓢を見ていた。
 
「瓢様、先ほどはご無礼を。こちらの座布団にどうぞ」
「いやいや、腰を上げるのは皆の方だ」
「それはどういう?」
「絵に描いたもちを眺めるような事をせず、村の者たちと話すと良い。耳を澄ませてみよ」

 どこからか、太鼓たいこふえの音が聞こえる。
 時折、大きな笑い声が聞こえてきた。

「今日はまつりか、何かなのか?」

 蒼の狼耳にはよく聞こえているのか。
 静かだった村から祭りのようににぎやかな音が聞こえている事に気がついた。

「ほほほ。ならば、天岩戸あまのいわとのようにもっと騒がしくすれば良かったか」
「それはつまり……」
「わしから村の者たちに飛駕山の一件が治った事を伝えたんじゃよ。気を感じ取れるわしからすれば、話を聞かずともわかる。若藻が悪さをさせられた事ももちろん話しておる。何も憂う事はない。今日は無礼講ぶれいこうとしようぞい」

 と瓢が部屋を出ていくと、五人はにわかに信じられなかったのか、動けずにいた。

「ほれほれ、何しとる。行くぞい」
「は、はい。皆様、行ってみましょう」
 
 瓢が再び、ひょこりと顔を出すと更子が声をかけた。
 他の四人も頷くと、瓢を先頭に村へと向かっていく。
 聞こえていた太鼓や笛の音が大きくなっていき、笑い声はもちろん、人の話し声も聞こえてきた。
 向かう最中に蒼は瓢の横へと駆け寄った。

「瓢、いつの間にこっち来たんだ?」
「ついさっきだが?」
「気を感じ取ってからじゃ、あまりにも早すぎるだろ。なんでわかったんだ?」
「今朝、蒼と弓月の強い妖気が飛駕山に向かうのを感じた。なら、今日中には事が治ると思ってな。古寺を発ったわけじゃ。猫たちは喜んでおったから思いの外早く着いてしまったが、何もうれう事はなかった。よくやったではないか」
「俺は浜太郎が戦いやすいようにやっただけだ」
「それでも、事が治って終えば良い。それで村が人が喜ぶならば、胸を張って感謝を受け取れば良いぞい。これだけ騒がしいのは喜んでいる事に変わりはないのだからな」
「なら、そうしよう」

 蒼と瓢が話している後ろで。

「更子さんは瓢さんの事を知ってたんですね」
「はい。瓢さんはこの村の村長をしておられますから」
「そうだったんですか!? あれ? でも、村長はお年を召した方がいらっしゃいましたが?」
「村長代理の方ですね。村長の瓢さんが居ないわけですから」
「なるほど。じゃあ、なんで離れた古寺に?」
「なんでも懐かしい妖気がこっちに向かっているとおっしゃっていたので、避難してきた飛駕山ひがやまの猫たちと一緒に京にできるだけ近いところへ移ってらしたのです」
「そういう事だったんですね……でも、瓢さんも大乱を生き延びた方なら強いのでは? 飛駕山の事もなんとかできたんじゃあ?」
「ここだけの話、瓢様は一人で戦うのは苦手のようでして……が悪い戦いはさらに嫌うんです」
「なるほど、なら、仕方なかったんですね」
「そういう事です」

 椿と更子がひそひそと話している後ろには。

「なんでそんなに後ろにくっついてるでござるか?」
「若藻は瓢が苦手なんみゃ……何考えてるかわからないくせに、なんでもかんでも言い当ててくるみゃ。だから、目にも止まりたくないみゃ」
「左様か……にしても、ここいらの人々は妖怪に寛容かんようでござるな。まるで、普通のことのように接しているでござる」
「みゃあ? 普通なことみゃよ?」
「そ、そうなんでござるか?」
「みゃぁ〜、武蔵国むさしのくにではこうはいかないみゃよね。ここだけじゃなく、他のところでも妖怪も人もうろうろしてるし、関わり合ってるみゃ。こうやって、問題も起こるみゃけど、人同士が喧嘩けんかするのと同じみゃ」
「う〜む……やはり、武蔵国に戻ると決めずに出てきて良かったでござるな」
「みゃみゃぁ〜ん、さては、若藻と仲良くなりたくて残ってくれたみゃね? 嬉しいみゃ!」
「こ、こら! べたべたとくっつくでないでござるよ!」

 瓢のことなどよそに、若藻は浜太郎の腕へと体をすり寄せた。
 六人が村に着けば、騒がしい事この上ない。
 酒にご馳走ちそう
 苦労話をさかなに酒を飲みかわす人々。
 酔っ払いに笑い声。
 やいのやいの、わいのわいのと。
 太鼓の音に笛の音色。
 祭りにしては妖怪も人間も入り乱れて騒いでいた。

「おー!! みんな!! やっと、騒ぎを治めてくれた方々が降りてきたぞ!!」
「おそいって〜! こっちはもうできあがっちまってるぜ!!」
「ちょっとアンタたち! 礼の言葉が先だろうさ! 本当にありがとうございました! こうやって馬鹿騒ぎできるのも皆さんのおかげです!」
「さ、みんな! 祭りの主役たちを大いに楽しませようぜぇ〜!!」
「「「「おおおお〜〜〜〜!!!!!」」」」

 そうして祭りに加わった一同は村の人々と一夜を騒がしく楽しんだのだった。

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