第二十話 浜太郎

「ご馳走様ごちそうでござる」
 
 意外にも最後に食べ終えたのは、武士の浜太郎はまたろうであった。

「お粗末そまつさまでございます。身体の具合はいかがですか?」
幾分いくぶんか良くなってきた感じはするでござる」
「それは何よりでございます」

 入山にゅうざんしてからしばらくの間、山にとらわれていた浜太郎。
 弓月ゆみづきによれば、若藻にゃもという妖怪が飛駕山ひがやまで悪さをしているという憶測おくそくが立っている。
 浜太郎も若藻に良いようにもてあそばれ、なぶられていたのだろう。
 久家神社ひさけじんじゃ社務所しゃむしょで目覚めた後、すぐには身体が動かせなかったらしい。
 椿つばきが怪我を治しても、入山してから目覚めるまで絶食であったからだ。
 なんとか水にありつけたとしても、泥水を飲む他なく、やまいかからなかったのが不幸中の幸いであった。
 目覚めてからもしばらくは動けず、修行僧しゅぎょうそうに起こしてもらってから水を飲ませてもらっていた。
 用を出しに行くのも一人ではままならず、手助けが必要だった。
 ただ、驚くべきは回復力である。
 動けなかったのはたった一日。
 二日目には自力で起き上がり、徐々に身体も動かせるようになった。
 流石に食べ物は受け付けにくいものの、お粥ならばなんとか食べられるようになったのだった。
 そして、三日目には口もきけるようになった事で様子を見たおりに四日目の今日の夕方に離れへ赴いたのである。
 
「全員食べ終えたようじゃし、話を聞かせてもらおうかの。飛駕山でお前らは何をされたんじゃ?」
「お前ら?」
此奴こやつだけが若藻を退治しに来た訳ないじゃろ」

 あお頓狂とんきょうな質問に食い地味に弓月が答えた。
 
「他にも武士が居たはずじゃ。無事なのかは知ったこっちゃないがの」

 肩をすくめる弓月から浜太郎へと三人は視線を向ける。
 浜太郎は胡座あぐらの上に置いた拳に力を込めていた。
 目をかたく閉じている。
 つむった目の周りにしわができるほど堅く。

「察するに無事ではなさそうじゃな……細かく見回った訳ではないが、我らはお前しか見つけられなかった。他の者どもは生き埋めになっておるじゃろうな」

 弓月は言い終えるとゆっくりと息を吐いた。
 椿と更子さらこは悲しげに俯いた。
 蒼は浜太郎を見続けていた。
 堅く閉じた目から涙が溢れ始めていたのだ。

拙者せっしゃは……皆が土に呑み込まれていくのを見て……拙者達では敵わないと思い、逃げるしかなかった」

 その言葉で椿と更子はゆっくりと浜太郎へと視線を向けた。
 浜太郎のくやし涙はゆっくりと胡座の上の拳に落ちた。
 
「じゃから、お前一人だけだったと言うことか」

 浜太郎は涙ながらにゆっくり頷いた。

武士如ぶしごときが思い上がったことをするからこうなるんじゃ。大乱の頃もよく尻拭しりぬぐいをさせられた。血の気ばかり多いだけの烏合うごうしゅう。相変わらずのようじゃな」
「くっ! そんな事はござらん!!」
「浜太郎様っ!」

 動かない身体を無理やりに動かし、弓月の前へと躍り出た。
 目の前にあった御膳ごぜんを押しけたせいで乗っていたものが散らばった。
 更子が抑えようとするが、浜太郎の口は止まらなかった。

「拙者達はここの神主かんぬしに頼まれ、退治するべくここまで来た!! 通りすがっただけの疑わしい妖怪風情ようかいふぜいにとやかく言われる筋合いはござらん!!」

 弓月の罵声に浜太郎は激情のままに涙しながら、言い返した。
 仲間の事を馬鹿にされえられる程、浜太郎は冷静ではいられなかったのだ。
 だが、浜太郎は言い切った後にしでかした事を痛感した。
 
「ほう? 命の恩人たる我に疑わしい妖怪風情?」

 弓月からおびただしい妖気が一気に吹き出した。
 浜太郎が来てからというもの、刺々しく話していた。
 本当ならば、離れに来てから否。
 山で出会ってから常に妖力を垂れ流し、距離をとっていたかったのだ。

「敵視されてはと思い、仕方なく抑えてやっていたが、もう始末をつけてやろうか」

 弓月はすっくと立ち上がり、ゆっくりと浜太郎へと歩み寄って行く。

「弓月さんっ!」
「弓月様、おやめください!」

 弓月の妖気の奔流ほんりゅうに押されて、椿も更子も身動きが取れない。
 声をかけて止めようにも弓月は歩みを止める事はなかった。
 浜太郎はあまりの恐怖に尻餅をつき、後退あとずさりをするしかなかった。

「お前も土に呑み込まれた者どもの下に送ってやるんじゃ。喜ぶが良い」

 弓月の右手には黒焔こくえんが宿りはじめている。
 
「せっ、拙者が悪かった……約束を絶やしたのは謝る故、命だけはっ!」
「絶やした。じゃから当然の報いであろう。灰も残らず、焼き尽くして……」

 右手が黒焔に包まれ、振りかぶった。
 浜太郎は倒れながらに両腕を自身の前へと出し、構えた。

「うくっ! くっ…………はっ!!」

 一向に弓月の右手がこない事をおかしく思い、恐る恐るに見返した。
 そこには、蒼の背中があった。

「弓月、言い過ぎだし、やりすぎだ」
「……」

 弓月の振り上げた右手首を掴み、浜太郎への攻撃を止めていた。
 蒼は睨んでくる弓月の目をしっかりと見ながらに対峙していたのだ。

「浜太郎もだ」
「……」

 浜太郎へと視線を向け、静かに言い放った。
 蒼と目が合い、居た堪れなかったようで目を逸らした。

「離せ」

 弓月の右手にはもう黒い焔は灯っていない。
 夥しい妖気も潜めている。
 何より殺気も腕の力も抜けていた。
 蒼はゆっくりと弓月から手を離した。
 弓月は狼耳も尻尾も垂れ下げ、俯いている。
 場が静まり返り、更子は胸を撫で下ろしていた。
 椿はわたわたと四人をそれぞれ見やってから、なんとか口を開いた。

「あ! あの! 今日はやめておきませんか!? 心を落ち着かせた方がいいと思うんですっ!」
「そうですね。話せるようになったと言っても、心の整理がついていない状態では話せるものも話せないでしょう」
「で、ですよね!」

 椿と更子のやり取りと浜太郎の御膳の片付けの音が響く。

「こういうのはどうでしょう? 直接、話すのは難しい状況ですから、私が浜太郎様と弓月様御一行の橋渡しになるというのは」
「名案だと思います! でも、それだと更子さんが大変ではありませんか?」
「構いません。元を正せば、私たちが解決すべき事を他所様に頼んでしまっている事。何もせずに居ては、久家神社の名が廃ってしまいますから。御三方も構いませんね」

 蒼はすぐに頷いてからまだ二人の動きを交互に見た。
 意気消沈の浜太郎はころんでいたのを改め。

「よろしくお願いしまする」

 と頭を下げた。
 弓月は背を向けて、尻尾をぱたりと動かした。

「では、明日からそうさせて頂きます。さ、浜太郎様。お手数ですが、御膳を運んでくださいませ」
「承知いたした」

 御膳を四つ重ねて、軽々と浜太郎が持ち上げると更子は玄関へと回れ右させた。
 ついでに背中まで押す始末だ。

「なにも押さなくとも」
「では、お騒がせして申し訳ありませんでした。ごゆっくりとおやすみくださいませ」
「せめて、草履を」
「失礼致します」

 更子は矢継ぎ早に言い終えると、そのまま浜太郎を離れから押し出した。
 自身の草履と浜太郎の草履を小脇に抱えて、足袋のままに出ていった。
 ちなみに浜太郎は裸足である。

「と、とりあえず、今日の所は休みましょう」
「ああ」
「二人に迷惑をかけてしもうたな、すまなんだ」
「だ、大丈夫ですよ! 驚きましたけど」
「更子と彼奴きゃつにも謝っておいてくれ。しばらく、我も休む」
「……わかった」
「話は蒼の中から聞いておるから案ずるな。あと、折を見て、二人にも話がある」

 蒼と椿は顔を見合わせた。
 ここまでの弓月の不調に関わる話だろう。
 二人はそう思い、頷いた。

「わかりました」
「先に眠らせてもらうとする」

 弓月は人魂になると蒼の胸の中へと入っていった。

「私たちも寝ましょう」
「ああ、今日はちょっと疲れたな」
「……蒼さん、止めてくれてありがとございます」
「弓月にも浜太郎にも思う所があったからな」
「なんとかなるといいですね」
「ああ」

 蒼は胸をさすった。

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