翌日。
昨日の取り決めで浜太郎から事情を聞いてきた更子がやってきていた。
「まずは、お詫びをさせてくださいませ。配慮が至らず、申し訳ございませんでした」
粛々と離れに入ってきたかと思えば、すぐさま座敷に上がり正座した。
蒼と椿も座敷で座っていたのだが、何事かと更子へと座り直した。
巫女装束を正し、三つ指つけて頭を下げたのだ。
「そ、そこまで謝らなくとも! それに弓月さんからも謝っておくようにと言われてますから!」
「左様でございますか……それを聞けて安心いたしました。浜太郎様の粗相でございましたが、昨晩は、私としては気が気では有ませんでしたので」
頭を上げた更子は胸に手を当て、軽く深呼吸した。
蒼も頷いているのを見て、少し顔も綻んだ。
「浜太郎様からの謝罪もことつかっておりますよ。『恩人に向かって失礼いたした。申し訳ない』と。あと、『恩人とは言え、拙者達を愚弄するような事は見過ごせなかったでござる』とも言い訳していらっしゃいました」
「その言い訳は言わないほうが良かったんじゃあ?」
「私は構わないと思っておりますよ。こういうのは伝えあったほうがわかりやすいですし、落し所も探し合えますから。わからないまま睨み合うより良いと思います」
更子は椿と蒼へ視線を向けた後、誰かを探すように視線を泳がせている。
「俺の中から弓月も話を聞いてるから安心してくれ」
「そうですか、お姿が見えないと思って少し戸惑ってしまいました……いえ、最初に聞くべきでございましたね」
「構わない。俺たちが聞いていれば、弓月にも伝えられる。更子が居てくれて良かった」
「……ふふ、それを言うなら弓月さんを止めてくれた蒼さんにもお礼を申し上げます。本当にありがとうございました」
「いや、俺は弓月の妖気には慣れてたからであって」
「謙遜なさらず。十分にすごいことでございます」
少し照れくさそうに頭に手をやる蒼。
その二人のやり取りをみて、椿は蒼のことをじとりとした目で見ていた。
椿の視線に気づいた更子はまた口元に袖を添えた。
「ふふ、それに私へのお礼はまだ早いと思いますよ。本題に入ってすらないのですから」
「そうですよ、蒼さん! 飛駕山の話を聞かないと!」
「あ、ああ、すまない?」
なぜか、不機嫌になる椿に困惑する蒼。
その二人を見て、もう一笑いしてから更子は袖をおろした。
「さて、浜太郎様から聴いてきました飛駕山の一件についてお話しさせていただきますね。事は私の夫。久家神社神主である久家門晶が武蔵国にて『飛駕山の騒ぎを鎮めてほしい』とお頼み申し上げた事から始まったようでございます」
・――・――・
「飛駕山の騒ぎを鎮めて頂きたく申し上げまする」
武蔵国の武士を束える将軍家当主へと久家門晶は頭を下げ、お願いした。
将軍家当主である柳早実はしばらく沈黙し、口を開いた。
「そちらの問題を解決するために手を貸してほしいのならば、こちらの問題にも手を貸すべきではないか?」
そう問うてきた言葉に門晶は頷き、再び顔を伏せた。
「仰るとおりでございます。私も武蔵国のお力添えをさせて頂きたく存じます」
「わかった。ならば、手を貸そう」
早実は、手の空いている武士たちを十人ほど集めた。
その中にはもちろん、浜太郎も居た。
「飛駕山にて妖怪が悪さをし、久家神社神主である久家門晶殿が助けを乞うてきた。この一件が終えた暁には武蔵国の問題に尽力してくれるとのこと。心して事にあたれ」
武士たちは早実の声掛けに、息を合わせたかのように同時に頭を下げた。
「少し宜しいでしょうか?」
門晶が腰を低く、控えめに声をかけた。
すると、武士たちは頭を上げ、門晶へと視線を向けた。
早実が発言を促すと、お辞儀をした。
「飛駕山で悪さをしている妖怪は非常に手強いと思います。なので、宜しければ、武士の皆様の武器に陰陽術を施させてはもらえませんか?」
その言葉に武士たちはお互いを見合わせた。
そして、顎で差すようにお互いに譲り合うも、首を振る一方。
その様子に門晶は苦笑いをした。
門晶とて武士たちが妖怪を嫌う気合いがある事は知っていた。
だが、思ったよりも筋金入りのようである。
この反応を見る限り、陰陽師や陰陽術も嫌っている気合いすら感じる。
神社の神主である門晶を信じて、陰陽術を武器に施させてくれる者は居ないようである。
そう思った時であった。
「拙者の大太刀に、その陰陽術とやらは施せるでござるか?」
「……はい! どんな武器にも施せますとも」
「お前が」「いや、お前が」と言い合う武士たちの声を遮って、門晶へと声をかけたのが浜太郎であった。
陰陽術を施すのはいとも簡単なもので。
「これはこれは、大きな大太刀でございますな」
「佐々丸。全長十尺ある、拙者自慢の大太刀でござる」
「……であらば、誠心誠意。施させて頂きましょう」
正座で座る門晶の前に置かれた大太刀へ。
『臨・兵・闘・者』
一言ずつに分け唱え、一言ずつに複雑な手印を結んでいく。
左手の人差し指と中指を立て、ほかの指で輪をつくる刀印と呼ばれる手印。
人差し指と中指に白い光が集まっていく。
『邪念を斬り祓い給え』
そう唱えながらに白い光を大太刀の全体へとなぞっていく。
柄の頭から鞘の鐺まで。
なぞり終えると、左手を口元へと持っていき、息を吹きかけた。
白い光は消え、その代わりに大太刀が白く瞬いた。
「では、浜太郎殿。お手にとって、鞘を抜いてみてください」
「しょ、承知いたした」
活き勇んで声を上げたものの、陰陽術には不慣れな浜太郎は緊張したながらに大太刀を手に持った。
見た目からは何も変わらない大太刀だが、浜太郎には違って感じられたのだ。
半ば、言い表せない気持ちで門晶へと視線を向けると笑いかけてきた。
「声を上げて下さった礼も兼ねております。安心して、刀身をご覧くださいませ」
門晶の言葉に頷くと浜太郎は、ゆっくりと鞘から刀身を出していく。
刀身が見えた折、浜太郎は見間違えたかと思った。
いや、見違えたと言うべきだろう。
刃、刃文、鎬筋、鎬地と刀身の至る所は全て真っ白になっていたのだ。
あまりの白さ、美しさに鞘を取り落としてしまう浜太郎に他の武士や早実までもが大太刀の美しい刀身に目を奪われた。
だが、その美しさは鋒から徐々に失われていき、刃区に至るとただのどこにでもある刀身へと戻った。
「佐々丸も浜太郎殿に応えてくれたようで、何より。その大太刀で飛駕山の妖怪を斬ってくだされば、事は首尾よく治るはずでございます」
浜太郎と早実には聞こえていたが、九人の武士達には聞こえていないようだった。
浜太郎の佐々丸を見て、俺たちもやってもらうかと話し合っているようである。
だが、その相談は必要のない事であった。
「となれば、浜太郎の武勲次第で飛駕山の一件は終えられる。皆、力を合わせて事に当たれ!」
「ちなみに、佐々丸に施した陰陽術は浜太郎殿にしか扱えませぬ。飛駕山の妖怪は夕刻の頃合に山の土を操り、暴れ始めますので、この二つは肝に銘じて置いてくださると幸いでございます」
と。
飛駕山へは、浜太郎と他の武士達が騒ぎの解決へと向かう事となった。
道中は何事もなく、数日かけて飛駕山へと辿り着いた。
「俺もやって貰えば良かったなぁ」
「何言ってやがんだ、武士に二言はねぇだろうが」
そう話す者もいれば、
「にしても、山の土を操るって言ってたよな? 本当なのか?」
「もしかすると、寝ぼけ眼で見たかもしれねぇぜ?」
「だったら、楽だな。出向かせた詫びにあれをやって貰えりゃ儲けもんだ」
意地の悪い話をする者もいた。
(であらば、拙者の大太刀にあれだけのことをしてくれるでござろうか……恩に報いるためにもこの一件を納めてみせようぞ!)
浜太郎は門晶に恩義を感じていたのだ。
佐々丸を素晴らしい大太刀にしてくれた。
報いるにはもってこいの一件である。
事が急転したのは夕刻に差し掛かろうとした頃合。
飛駕山を登り、妖怪を探したが見つからずにいた。
宗司の助言の通り、浜太郎も武士たちも気を張り、妖怪の動きに注意していたのだが……
「本当に出るのか?」
「おい、気を張れ!」
「なんか揺れてない……か?」
突如として、蠢いた足元の地面に気を取られ、一気に土へと呑み込まれていった。
「ひぃ! 化けもんだ!!」
「皆、落ち着くでござる!」
浜太郎は佐々丸を抜いていたおかげで、襲ってくる土を切り伏せる事ができた。
「み、皆の者……くっ!」
たが、自分の身を守るのに精一杯で九人の武士たちはものの見事に姿を消した。
切り伏せる最中に土へと飲まれていくのを見た。
浜太郎の手は震え、佐々丸を震わせた。
口元も震えているのを食いしばって、止めていた。
それほどの恐怖を浜太郎に植え付けるには十分な出来事である。
「っ!! し、しまった……」
あまりの恐怖に動けずにいると、背後から伸びてきた土によって震える手から佐々丸を払い落とされた。
拾い直そうとしても土が行手を遮られた。
「やむおえん、鞘があっても仕方なしでござる!」
重いだけの鞘も放り出して、逃走を余儀なくされたのだった。
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