第二十六話 乗り越えるために

 あお背負せおっていた荷物を下ろして、中身をあらためた。
 目当てはもちろん、持たされた大きな葉に包まれたおにぎりと竹の水筒である。
 椿つばきが早起きをしてにぎってくれたおにぎりで、荷物に入れてくれていたのだ。
 中の具は梅干しだと椿から教えてもらった。

浜太郎はまたろうは食べないのか?」
「食欲がないんでござる」
「戦いの前だ。それでも食べておかないと動けなくなる。それにまたわれそうになりたいのか?」
「……食べておくでござる」

 浜太郎は佐々丸さざまるを先に背から下ろして、横倒しに置いていた。
 背負った荷物には手をつけずにいたのだ。
 渋々しぶしぶ、荷をほどいて、蒼と同様に葉の包みと竹の水筒を出した。

「俺のは椿が握ってくれてる。浜太郎は更子さらこが握ったそうだ」
「知ってるでござるよ。更子殿から聞いてるでござるからな」
「ほうか」

 蒼はすでにおにぎりへかぶりついていた。
 海苔のりの巻かれていないおにぎり。
 五穀米ごこくまいなのはもはや、言うまでもないが、塩をふんだんに混ぜ込まれているのか、しょっぱく感じる。
 梅干がほんのり甘く感じられるくらいだ。
 浜太郎も一口目をと、口を開いた時である。

「なんで、あんなにおびえてたんだ?」
「うぐっ」

 蒼は容赦ようしゃなく、率直そっちょくに問いかけた。
 浜太郎は開いた口をゆっくり閉じて、おにぎりを目の前に持ったまま視線を下げていった。
 返事がなく、蒼は一個目のおにぎりを食べ終えた。
 二個目へと手が伸ばしながらに。

「俺も狼の姿のみんなと戦う修業の時は大変だったが、あそこまで怯えたことはなかったな」

 蒼が言うと、浜太郎はゆっくりと顔を上げて、蒼の顔を見た。

「妖怪も修業しゅぎょうをするのでござるか?」

 蒼は何をそんなにおどろいているのかを疑問に思いつつ。

「そりゃ、するだろう。妖怪だからって最初から強いのも居るが、俺は弱かったから修業したな」
「なんと、妖怪は妖術があるのだから鍛えるという事がないと思っていたでござるが、そうでない。もしや、弓月ゆみづき殿も修業をしたのだろうか?」
「どうかは知らないが、したんじゃないか? じゃなければ、俺とか里のみんなにも修業はさせないだろうしな」
「他にも蒼殿や弓月殿のような強い妖怪がおるのか!?」
「居るに決まってる」
「となれば、あの狼の姿にもなれる者が居るのでござるか……恐ろしいでござる」

(それが本当の姿なのだから、なれないわけがないだろ)
 と蒼は内心思ったが、黙っておく事にした。
 
「そんなに怖かったのか?」
「蒼殿とわかっておれば、慣れることが出来た。ただ、死に目を見せられた相手となると話は違うでござるな」

 そう言っている浜太郎を横目に蒼は最後の一口をめて飲み込んだ。
 言い終わるとおにぎりを食べようとした浜太郎。
 
「けど、それって修業した意味がないだろ?」
「……」

 またも食べようとした口は止まった。
 次はうつむく事なく、はっとしたような心持ちだったようでしばらく動けずにいた。

かたちばかり気にするから駄目なんだ。なんでそうするのかを考えろ』
『お前は何のため稽古けいこを受けとる! 俺が何の為に指導をしていると思ってるんだ!』
『この稽古の意味を考えておかないと、いざという時に身体が動いてはくれない。お前が理解してないのに身体が動くわけないだろ? 身体はカラクリじゃないんだぞ』
『全然駄目だ! 何度言ったらわかるんだ!』

 修業、稽古の時に師範からよく言われた言葉が頭をよぎっていた。

「稽古の意味……」
「?」

 ぼそっと言った言葉に蒼は不思議に思ったが、浜太郎は心ここに在らずな様子を見ているしかなかった。

『もし、敵と対峙した時にお前がその場に合わない太刀を振るってみろ。どうなるか、わかるだろ?』

「待ってるのは死でござるな」

 蒼は竹水筒から水を飲みながらに耳をかたむけていた。

「この一件、拙者せっしゃは死んでいてもおかしくなかったでござる。運が良かった。それだけで生かされているでござる。拙者は何もできてござらん。蒼殿の言う通り、これまで稽古をした意味がないでござるな」

 浜太郎はおにぎりを見つめながら言った。
 その直後、すぐさまおにぎりにかぶりついた。
 咀嚼そしゃくしている間にもう一つのおにぎりを左手にも持ち、飲み込んだ後にすぐに搔っ食らう。
 両手にあったおにぎりはものの見事に浜太郎の腹に入り、竹水筒の水も飲み干す勢いで飲んだ。
 そして、竹水筒が割れんばかりの勢いで地面に置いた。

「目が覚めたような心地でござる! 蒼殿、話してくださり、感謝にござる!」

 浜太郎は胡座をかいたままに蒼へ向き直り、両拳りょうこぶしついて頭を下げた。
 
「頭を下げられるような事はしてない。むしろ、弓月が少し言い過ぎていたのが気になるくらいだ」

 頭を上げた浜太郎は苦笑いを浮かべた。
 
「確かにあれも効いたでござるが、言い返せぬ程に拙者が未熟であるのが悪い。弓月殿にも認めてもらえるように精進あるのみですな、だははは!」
「それは俺もだ、強くなっていこう」
「蒼殿でもまだとなれば、拙者は死ぬまでに認めてもらえなさそうでござるな……いや、だからこそ、乗り越え甲斐のある壁でござる! 共に強くなりましょうぞ!」

 浜太郎は大太刀おおだちを手に持つと、さやから大太刀を少し抜き、つばと鞘をぶつけて音を立てた。

 カチンッ。

金打きんちょうと言って、武士にとっての約束の儀にござる。蒼殿達とした約束事も全部ひっくるめての金打でござる。拙者は蒼殿、椿殿、弓月殿、空太くうた殿を断じて切らぬ。この一件も無事に治めてやりますぞ!」
飛駕山ひがやまの事は俺たちにも頼まれた事でもあるから、協力してやり遂げよう」
委細承知いさいしょうち! で、蒼殿を見込んで頼みがあるでござるが……」

 と少し周りの様子をうかがってから浜太郎はひかえめに話し始めた。

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